第11話
きりが悪く、いつもより長くなってしまいました。
「話、おしまい?よっし、ミナト上行こーよ」
ミナトが了承するより先に、カイはミナトを立たせると引っ張っていった。
「アキ――――っ」
「おいおい…」
二人の姿が部屋の外へ消えた。
帽子が落ちさえしなければ大丈夫だろうが、もうそうなってしまった場合はかなり不味いことになる。カイはケモノを狩る父に憧れているのだ。
とりあえず、部屋まで行こうと立ち上がったアキを母が呼び止めた。
「何…母さん」
「ミナト君って、アキのことが好きなのね」
突拍子もない母の発言に、一瞬だけぽかんとする。
「だって、すぐアキにくっついて」
それは俺以外を信用していないからで…とは言えず、アキは曖昧に返事をしてダイニングを出た。
「ぶへっ」
部屋に入った瞬間、いきなり何かが飛んできて、顔に直撃した。
「あっ、ごめんね、アキ」
どうやら飛んできたのは“アキの枕”でカイが投げたものらしい。
それを拾ってベッドに戻す。ミナトはアキのベッドにちょこんと座っていた。
「アキ!遅いぞ!」
「そんなに遅くはないと思うけど」
アキも自分のベッドに腰掛ける。
「すげーな、ここ!ふわふわしてる!アキはいっつもこんなとこで寝てんのか?」
「まあ…いちおう」
ベッドをべしべし叩いてはしゃいでいるミナトを見て、つれてきてよかったと思うと同時に、こう考えずにいられなかった。
もし今日、俺がミナトに会っていなかったら。ミナトはずっとあの洞窟にいたのだろうか。帰ってくるはずのない両親を想いながら。
ミナトも楽しんでいるようだし、やっぱり街につれてきたのは正解だった。
「おかえしだ!」
枕投げが再開される。
枕は見事にカイに命中して、ベッドから落とすことに成功した。
「やったなぁ?」
再び枕をかまえるカイをミナトは片手で制す。
「オレ、ちょっとアキと話すことあるから。ひとりでやってて?」
「えー?」
それでもカイは諦めて絵本寄りの本を読み始めた。
それを確認してから、ミナトはアキに向き直る。
「…で、何?」
「オレ、本当にここにいてもいいのか?」
カイに聞かれないように部屋の隅、アキの机へと移動し、小声で話しているが、カイはすでに自分の世界のようだ。
「なんで?父さんも母さんもいいって言っただろ?」
「でも、もしばれたら…。オレはまたあの洞窟に戻るのか?あの場所は父さん達と暮らした大切な場所だけど…」
残りは言われなくてもわかった。
洞窟と比べれば、こっちのほうが何倍もいいに決まっている。ふわふわのベッドは初めてだと言ったミナト。アキとしてもあの森へ帰したくはなかった。
「それに、カイだっけ?あいつとも…なんとなくだけど…上手くやっていける気がしない」
アキは鼻歌まじりに本を読んでいるカイを見た。
「カイと?さっきまで普通に遊んでただろ?」
「なんとなく…。亜人の勘」
確かにカイは父のせいもありケモノは悪だと信じている。だが、ミナトにその話はしていないはずだ。
本当に亜人の勘とやらが存在するのならば、このままカイとミナトを同じ部屋で生活させるのは危険かもしれない。寝るときまで帽子をかぶって寝るわけにもいかないだろうし。
「明日にでも何とかするか…」
「何とかって?」
「隣の部屋見たか?本当はあっちがカイの部屋になるはずだったんだよ。結局ベッド動かすのが面倒で一緒の部屋で寝てるから、今は物置になってる」
ミナトはこの部屋に来るまでを思い返す。確かに隣にもうひとつドアがあった気もする。
「じゃあ…」
「ミナトはそっちの部屋で……なんでそんなに不満げだ」
「アキは」
「オレはこっちの部屋でいいだろ」
帽子があっても、耳がしゅんとしたのがわかった。
アキはため息をついて負けを認める。
「はいはい。俺もむこうに引っ越します」
今度は耳がぴくっとはねた。
「やった!」
と、急にミナトは頭を下げた。
その直後、明日は忙しくなるな…とぼんやり考えていたアキの顔にまた枕が直撃した。
「ってぇー…」
「ははっ、ばーか」
「あれー?なんで避けれたの?」
犯人はまたもやカイ。こっちに枕を投げた格好のまま疑問符を飛ばしている。
アキに当たったのは気にしていない様子。
「なんでだろーな」
今、ミナトはカイに背を向けていたのに飛んでくる枕を避けた。
カイが再び本に目をおとしてからミナトはにやりと笑った。
「オレ、耳いいから。ウサギだし」
「なるほど。でも、俺にも教えてくれればいいのに」
何故かアキのベッドまで飛んできていたクッションをつかむ。
そして、投げた。
「ぐぇっ」
いくら耳がよくてもこれは避けられず、ミナトは腹で受けた。
「くっそぉ~っ」
今度はミナトの反撃だ。
アキの枕とカイの代用枕のクッションをひとつずつ両手に持つ。
「ミナト爆弾!!」
「おいおいっ」
とっさに横へ跳んで避ける。
その拍子にペン立てが倒れ、机の上に文房具がぶちまけられたのは気にしない。
「なになに?僕もやる!」
カイも参戦し、徐々にヒートアップする枕投げ。
結局、その戦いは母によるお説教をもって終結したのだった。
次の日。
ジリリリリリ…
激しい目覚ましの音でアキは目を覚ました。
「あー…」
眠い目を擦りながら目覚ましを止め、そこでようやく気づいた。
「…お前、何してんの」
あれだけ大きな音がしたのにまだ寝ているカイの隣で、ミナトが帽子越しにウサギの耳を押さえてうずくまっていた。帽子は起きてすぐ被ったらしい。
「ぐああぁぁぁ」
「だから何してんだ」
涙目で今や沈黙した目覚まし時計を指差す。
「あれ!あのうるさいの捨てろ!耳が壊れる!」
「ああ、目覚まし。ミナトの耳にはきつかったか」
捨てるわけにはいかないので、枕元から棚の上に移動して、それで我慢してもらう。
そうしてるうちにカイが起きた。
下の階からお呼びがかかる。
「ふたりともー…じゃなくて、さんにんともー、早く下りてきなさーい」
起きたばかりにもかかわらず、真っ先にカイが部屋を飛び出していった。
それを見送ってからミナトは何のことか理解する。
「朝飯か!」
そうして、ぴょーんと一度高く跳ねた。天井にタッチして身軽に着地。
「アキ!オレここ好きだ!知らないことばっかだし、怖いやつもいるけどな、洞窟なんかより絶対暮らしやすい!父さん母さんにもこんなとこに住んでもらいたかったなー」
「…ミナ」
声をかける前にミナトは部屋を出て行ってしまった。
アキはため息混じりに笑ってそれを追う。
朝ごはんのいいにおいが漂ってきた。
ウサギ跳ねたその朝に。
ふたりの運命はまだ動き始めたばかり。
第一章 了
第一章終了です。ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
さて、次の章では新しい亜人さんが登場する予定です。
なるべく早く更新したいなと思ってます。