駅のホームで君を見た時、夢中で…feat.あれから二人/浜田省吾
我々はいつも恋人を持っている。
彼女の名前はノスタルジーだ。
若き日の恋は、いずれ必ず行き止まりにぶち当たり、二つの道のいずれかを辿ることになる。
一つは、行き止まりでぶち当たったまま、その場で立ち消えてしまう道。
そしてもう一つは、ノスタルジーとなって、いずれまた燃え上がる日を待ち望み、くすぶり続ける道。
駅のホームで君を見た時、心の奥底で、音も立てずにくすぶっていた君の記憶の欠片が、寄り集まっていくのを感じた。欠片を組み合わせ、出来上がったあの頃の君の面影が、電車を待つ君の横顔に、重なっていく。寸分違わずに。
声が出ない・・・
俺は、すぐそこにいる君の名を呼ぼうとするが、声がでない。あの頃、何度も口にしたはずの君の名前が、胸の高まりで喉につかえたまま、声帯を震わせることなく、喉元で渋滞している。
電車がホームに滑り込んでくる。
俺の中で、ここから始まる二つの未来が交錯する。
ここで何もしないまま、再び日常に埋もれていく未来。カレンダーと時刻表、手帳に書かれたスケジュール、誰かに会い、何かを話し、それほど思いあぐねることもなく、淡々と過ぎていく未来。
あるいはここで君に声をかけ、見えない可能性の中に生きる未来。曜日も時間も、明日の予定も、いっさいが脇に追いやられ、それでも生きている実感だけは、嫌というほど味わう未来。
電車のドアが開き、君は人混みに紛れ、電車の中に吸い込まれていく。人と人の隙間に揺れている、君の後ろ姿。
俺は電車に乗ることなく、ホームに立ち尽くしたまま、電車の窓ガラスに映る、無力な自分を、眺める。
ふと、電車に乗り込んだ君と、目が合う。
窓で隔てられたた君がいる車内が、まるで次元が違う世界のように思えてしまう。今、君がいる空間が、なぜか、遠い昔の、あの頃と地続きになっていて、触れようにも触れられない世界のように、思えてしまう。
足が動かない・・・
電車の窓に、普段は見ることができない、時の顔を、俺は見た。可能性を連れ去る時の無慈悲で残酷な顔。
俺は過去に一度、時の顔を見たことがある。
あれは16歳の夏、俺は校舎の窓にもたれて、君を見ていた。グランドを一人歩く君の視界に、おそらく俺は映っていないだろう。
俺の中で、ここから始まる二つの未来が交錯する。
ここで何もしないまま、再び明日もこの時この場所で、君の視界の外側で、無力な自分にさいなまれる未来
ここで君に声を掛け、喜怒哀楽のルーレットに身を委ねる未来
君は一歩一歩、確実に俺から遠のいていく。俺は振り返り、校舎の窓に映った自分を見る。俺はそこに、初めて時の無慈悲な顔を、俺の未来の一方を飲み込む時の残酷な顔を見た。
あの、16歳の夏、俺は時の顔から自らの眼をそむけたのだ。
そして今、電車の窓に映る時の顔と対峙している。
意識の端に浮かんだ過去の思い出は、今、この場にある現実の絵具で着色されている。
あの、16歳の夏の思い出。あの思い出から気だるい切なさを取り払い、跡形もなく消し去りたい過去になったとしてもいい。
そして俺は、夢中で・・・君の名を呼んだ。




