パンダの街
ーーーあ、パンダ。
奇妙な光景と言えた。
会社員の半田洋平は、外回り中に中野区の住宅地で、突然パンダを見かけた。
四ツ足でゆっくり歩くものの、時折胸ポケットからスマホを出して何かを確認しているようにも見える。
何かの撮影か?辺りを見回すも、スタッフらしき影もない。
まあ、いい。
変な奴がいたものだ。ただ襲ってくるわけでなければこちらに害もない。
ーー翌日、
ーーその翌日も、
今度は何だ?普通に二足歩行してるやつもいる。
なんだってんだ一体?
その日の昼下がりの喫煙所で、
同期の松本が、火をつけながら教えてくれた。
「ーーああ、あれな」
フーッ。
「なんか、パンダの着ぐるみを着てプレゼントを届けるみたいなサービスが流行ってるらしいぞ」
「着ぐるみか…」
(そりゃそうか、いくら精巧ったって本物なわけないわな)
ー翌週のある一日。
パンダは4匹に増えた。
4度見かけた、と言った方が正しいか。
(よほど流行っていると見えるな、世の中何が儲かるかわからないとは言うが…)
ブゥン!
そう思った洋平の横を、原付がすり抜けて行く。
「なっ…」
パンダ。
パンダが原付で過ぎ去ってゆく。
(あれはありなのか…?)
さすがにやりすぎではないか、
あそこまでしないと間に合わないほど現場が立て込んでるというのか。
昼どきの定食屋で、洋平は蕎麦をすすりながらテレビを眺めていた。
ちょうどニュース番組で、パンダの話題が取り上げられている。
「パンダサービスの人気は、いま急速に広がっています」
「政府はこの度、パンダの着ぐるみが原付の積載量を超えてしまうとして、
パンダに限り過積載を認める法案を、今国会で可決しました」
――なんだって、馬鹿げている。
パンダ便乗でやりたい放題は増え続けた。
パンダ過積載OK。
パンダスピード違反OK。
パンダ駐車違反OK。
パンダには寛容であれ、の号令のもと
法はいつの間にか白と黒に塗り替えられていた。
洋平だけでなくこの状況を危惧する者は少なからずいたものの、声をあげるほどのことはなく、状況はエスカレートしていった。
パンダの真似で、ギャグで済ますというのも流行し始めた。
苦手な先輩への謝罪に「パンダでごめんなさい!」
母の日のプレゼント「笹の葉でありがとう」
小学生たちの間でも大人に怒られた時は「パンダの真似をして許してもらおう」という誤った態度が流行し始めた。
そのうち、社内にもパンダで来る人間がちらほらと出始めた。
もはやスーツよりパンダ。パンダこそこの街の主流になり始めた。
洋平も、何かとイライラする事はありはしたが、自分に直接危害が加えられているわけではないので如何ともしがたく、ただストレスの対象としてその現象は放置していた。
だが、そうも言ってられない事態が起きた。
最愛の人との愛を誓う日。その披露宴において。
洋平は10年愛を温めた相手、千紗と、その大事な日を迎えた。
ところが、集結した招待客のうち3分の1はパンダだった。
恐れていたことが起きた。
その日の夜、二人で恐る恐る封筒を確認する。
ーーやられた。
ご祝儀袋の中に笹をねじ込ませている人間が何人かいた。
ーーこのやろう。
高級な和紙に包まれた笹が、洋平には「ま、これで許してくれや」みたいな意味が込められているように感じた。
落ち着け…。ここで怒りに身をまかせると世間的には子供とみなされる。
それから数日後の夜ー、
それでもパンダが許せない洋平は、自室のパソコンでネットサーフィンをしていた折、とんでもないサイトを見つけてしまった。
《パンダ撲滅団体DEATHパンダ》
なんだ、これは。
《我々は、パンダによる悪辣な言い逃れ、ずる、悪ふざけを許しません》
《みんなでこの世からパンダを駆逐しましょう》
なんだかやばい匂いがプンプンする。
だが、洋平は不思議とその文言に熱い滾りを隠すことができない。
彼の足は、そのサイトに書いてある住所の先へと向いていた。
ーーーーーーーー
杉並区にある古びた雑居ビルの一室。
月に1回の集会において、DEATHパンダの活動報告会が行われていた。
洋平はまだキラーパンダ見習いとして下っ端の業務を仰せ使っていた。
やる事は、ビラ配り、街頭演説の手伝いのみ。
普段の仕事以外に手間を取られるのは嫌なことではあったが、それよりもパンダを確実に駆除に追いやっているという自分自身の達成感や仲間との熱いつながりが不思議と活動に向かう足を軽くしていた。
いつか一人前のキラーパンダ、そしていずれは幹部となり、この地球をパンダから守るために戦いたい。
そう熱く信じながら、その日も仕事の後にいそいそとビラ配りをしていた。
ーーその時。
「おい、半田じゃないか」
声をかけてきた相手は松本だった。
「何してんだよ、それってもしかして」
おもむろに洋平の手から紙を1枚奪う松本。
「お前、まだこんなことやってたのか」
「え、どういうこと?」
「いやだって、街にはもうそんなにパンダ見かけないだろう」
言われてみれば、街からはパンダがずいぶんと減っているような気がした。
そうか。我々は勝ったんだ。
パンダとの戦いに見事勝利した。そんな気持ちで洋平は浮かれながら帰路についた。
ーーー翌日。
「よ、戦闘員1号」
「松本、おはよう
昨日は変なとこ見られちまったな
でも、確かに社内にももうパンダはほとんどいない
何とか俺たちの活動も実を結んだようだよ、ありがとう」
「そうだな、まあ優秀な人間からパンダを辞めていったしな
やっぱさ、エリートは違うよ
田辺を見ろよ、あいつなんて今」
「え、田辺がどうしたんだ?」
田辺はわが社1のエリート社員だ。
いち早くパンダを取り入れたのも田辺。だが、パンダの着ぐるみを最初に捨てたのも田辺だった。
「田辺、戻りました」
洋平はふとドアを見やった。
ーーカワウソだ。
巨大なカワウソがドアに立っている。
「これからは、カワウソだそうだ」




