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【短編小説】学校文化保存委員会

掲載日:2025/12/19

 威勢の良かった夕陽は、あっという間に分厚い入道雲の向こうに隠れてしまった。

 ひと雨きそうな気配である。

 土砂降りになって気温が下がるくらいの夕立ちなら歓迎したいところだ。暑すぎる。

 校庭の水たまりが心配だが、暑いよりはマシだ。


 煙草を吸いに行こうか迷っているとドアが開いて、お歴々が入ってきた。わたしがコの字型に並べた机とパイプ椅子がどんどん埋まっていく。

 カーテンを引いてはみたものの、安カーテンは光りをあまり遮らなかったが、急速に色を濃くした雲がその代わりを務めてくれるだろう。

 ──しかし。

 並んだ面々を見て思わずため息をこぼしそうになるが何とか堪えて、わたしは始めた。



「それではこれより、学校文化保存委員会を開始します。さっそくですが、お手元の資料をご覧ください」

 薄暗い室内で紙をめくる音がバラバラと聞こえる。

 授業みたいに一斉に、とはいかない。

 ここに並んだ顔の中には乾いた指を舐めて必死に紙を捲ろうとしている顔もある。


 かくいう自分も手元のプリントに焦点が合わず、腕を伸ばして遠ざけた。全く、やれやれ……である。

「まず、昨今の子どもたちが母校の学校文化に興味を失っていると言う問題点があります」

 どうにかこうにかプリントを見ていた面々が頷く。わたしはひと呼吸置いてから続ける。

「当面の課題として、その学校文化の復興を長期的な目標に設定して我々は活動していかなければならないと考えています」



 そこまで言うと手を挙げる者があった。

「はい、なんでしょうか」

 質問は後で、とすると質疑応答を始める頃には忘れてしまうのだから仕方ない。

 手を挙げた老人はおずおずと言った。

「あの、私はこの委員会で二ノ宮さんをやらせていただいているんですが……」

「はい、存じております」

「そろそろ次の世代に交代はできませんかね、もう足腰が辛くて、特に冬場は」

 老人は膝をさすりながら申し訳なさそうな顔をしていた。



 ひとりが始めると、堰を切ったように文句が続いて出る。

 ファーストペンギンに続け!

 レミングスはお前らだ。全く、やれやれ……である。


 その文句はこうだ。

 曰く

「もう夜中の学校に忍び込んでピアノを弾くのは厳しい、巡回の警備会社が手ごわい」

 曰く

「工作室のトルソーは日中に確認される。動いたりする物と入れ替えが必要できつい」

 曰く

「この前はトイレの隠しマイクが見つけられた、赤い紙も時間の問題である」

 曰く

「体育館にも定点カメラを仕掛ける子どもがいる、気をつけないとボールを跳ねさせる姿が見つかってしまう」

 曰く

「大鏡は校舎の改修以降、単なる鏡になってしまったから役割が無い、暇だ」

「だけど走ったりしたくない」

「人体模型を動かすのも厭だ」

 と次々に文句が出た。



 よくもまぁ、これだけ文句を言えたものだ。全く、時代錯誤も甚だしい。

 わたしは思い切り手を叩いてその場を静めた。

「確かに最近の子どもたちはすぐに近代的な道具で秘密や不思議を解明しようとします。

 その勤勉な姿勢は褒めるべき点です。

 しかしどうにも我々とは噛み合わないのもまた事実です。

 夜中に学校まで来ては、我々の活動する様子を動画サイトやSNSに投稿しようとしたりするので、我々は姿を捉えられずに逃げ切るのが大変です。

 体力的に劣る我々が根を上げるのも仕方がないことでしょう」


 ぐるり、と会議室を見回す。

「それでも、皆様がいなければ学校の文化は保存できません。

 それとも今からパソコン教室に通ってデジタル文化に移行しますか?デジタルマッピングやドローンを活用していただく手もございますが?」

 そう訊くと、お歴々は首を横に振ったり手を広げたりして

「それは温かみが無い」

「我々は世代交代を」

 などともごもご言い始めた。



 恐らく暴走族などもこうやって高齢化していったのだろう。あらゆる文化がそうなのかも知れない。

 だが存続できている地方の伝統芸能はどうやっているのだろうか?

 出張に行きたい。しかし、ひとりでは予算が出ない。かと言って何人か連れていくとなると、その選別もさることながらすぐに休憩だの飲み会だのと始めようとするお歴々をコントロールするのが面倒だ。

 やれやれ……である。


 わたしは再びパンと手を叩いて

「それではみなさまの知人、後輩で有能な方々がいらっしゃればぜひともスカウトをお願いしているんですがね……」

 ここでわざとらしくため息をつくと、さすがに全員気まずそうな顔になって俯いてしまい

「そもそも若者が街を出て行ってしまうから……」

 などと始める。

 いつまでも自分は現役気分でいる癖に、現実は残酷である。

 後進の育成をしなかったのも、自分の立場を守護る為なので何とも言えないが。


 結局、会議はいつもと同じ流れを辿り始めた。

 地方創生だか何だかと大袈裟な話になってしまい、段々と高揚してきたお歴々は大言壮語を吐いて怪気炎を上げるとその場では何かした気になって満足して終わる。

 冗談じゃない!

 そんな会議は今日でお終いにするのだ。



 パンパンパン、と手を叩いて弛緩した空気を引き締める。

「はい、じゃあまずブレインストーミングをしましょう。意見を出し合う、なんでもいいですよ。私がメモを取りますのでガンガン意見を出してください」

 わたしは矢継ぎ早に聞こえてくる意見を片っ端からメモしていく。



 責任の無い意見ならお歴々だっていくらでも出せる。

 若い世帯の誘致!

 学費無料!

 地域文化の参加を強制しない!……だけどその子どもたちにはいずれ、などなど好き勝手に盛り上がっている。

 ひとしきり意見が出たところで、ちょうど学校のチャイムが鳴った。



 わたしがノートをまとめ終えたと同時に、背後のドアががらりと開いた。

「あ、先生。いたんですね」

 用務員のおじさんがびっくりした顔で立っていた。

 わたしが挨拶をすると用務員のおじさんはこう云った。

「先生もひとが悪いなぁ、残業なら職員室でやればいいのに、こんな会議室をひとりで使う事ないでしょうよ」

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