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境界奇譚  作者: otomo2gou
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『ご自由にお入りください(ただし、招待された方に限ります)』

【1. 見えなかった店】


大学の近くの、古い商店街。

通学路の途中にあるその細い路地には、

長いこと「工事中」のバリケードが立っていた。


「……あれ? こんな店、あったっけ」


ある日の午後、

結城ゆうき 晴斗はると」はふとその路地に視線を向けた。


バリケードが消えていた。

代わりに、小さな木造の商店が建っている。

看板は古びているけれど、文字ははっきりと読めた。


【雑貨 おばな】

ご自由にお入りください(ただし、招待された方に限ります)


誘われるように、彼は足を向けた。

けれど、一歩、足を踏み入れようとしたとき――


ガラス戸にぶつかった。


まるで透明な壁のように、扉が開かない。

中には明かりがついていて、

奥のほうで誰かがこちらを見ていた。


【2. 招待状】


その晩、晴斗の机の上に、

一枚の小さな紙片が置かれていた。


見覚えのない便箋に、墨のような筆跡で、こう書かれていた。


【ご招待】

結城 晴斗 様

雑貨「おばな」へようこそ

ご用の際は、日が落ちてからお越しください。


(……誰が、これを?)


家族は誰も心当たりがないという。

けれど次の日の夕方、

もう一度あの店に行ってみると――


扉は、音もなく、すうっと開いた。


【3. 店の中】


店内は狭くて、けれど奥行きがある。

棚には、昭和レトロな日用品、

見たことのない薬瓶、古い玩具、どこか懐かしい紙袋など――


何の規則性もないものが雑多に並んでいる。


店の奥には、小柄なおばあさんがいた。


着物姿で、白髪をきっちりとまとめ、

目元のしわが柔らかく笑っている。


「あら、晴斗くん。来てくれたのねえ」


名前を呼ばれて、彼はぎょっとした。


「……僕、名乗ってませんよね?」


「ええ、でもあなた、“忘れてた頃に来ると思ってた” から」


【4. 商品と記憶】


おばあさんは、言葉少なめに説明を始めた。


「ここにある品物はね、みんな“人の記憶”なのよ」

「あなたが小さい頃に失くした鍵。

お母さんが隠してた手紙。

はじめて買ったゲームソフトの箱。

そういう、“あなたが覚えてないもの”が、ここに並ぶの」


確かに、棚のひとつに――

昔住んでいたアパートの鍵とそっくりなものがあった。


誰も返却していないはずの鍵。

合鍵すら作っていなかったのに。


「なぜ、ここに……」


「**“来るべき人が来た時にだけ、道が開く”**のよ。

あなたは今、“自分が何を忘れてきたか”を知ろうとしているでしょう?」


【5. 時間の落とし物】


棚の奥に、不自然に“空白”のスペースがあった。


「そこに置かれていたのは、あなたの“なくした時間”。」


そう言って、おばあさんは奥から古びた目覚まし時計を差し出した。


秒針は止まっていて、

でもなぜか、ほんのり温かい。


「これ、覚えてる? 事故の前に、あなたの部屋にあったものでしょう?」


(事故……?)


頭の奥で、どこかで聞いたような、でも思い出せない記憶がざわついた。


目を逸らそうとしたとき――

鏡のように反射するガラス棚に、

**“自分じゃない表情をした自分”**が映っていた。


【6. 招かれなかった人】


ふと、店の外に目をやると、

誰かが戸の前で立ち尽くしていた。


その人物は、何度も扉を開けようとしている。

でも、ガラスはぴくりとも動かない。


そして、おばあさんがぽつりと言った。


「あの人は、まだ“呼ばれていない”のね。

思い出したい過去がない人は、ここには入れないの」


晴斗は問うた。


「じゃあ、呼ばれた僕は……?」


「あなたは、“思い出さなくてはいけない記憶”を、ひとつ忘れてるのよ」


おばあさんの目が、少しだけ寂しげに細められた。


【7. 忘れたはずのもの】


最後に渡されたのは、

手のひらに収まる、使い込まれた革のペンケースだった。


開けると、昔の友人が貸してくれたペンが1本入っていた。

彼とは、ある事件をきっかけに疎遠になっていた。


(……あのとき、返せなかったんだ)


自分が忘れていたのではなく、

忘れることで、自分を守っていたこと。


でも、それを思い出した今――

晴斗はようやく、「ここから出なきゃいけない」と思った。


【8. 出口と入口】


扉を出るとき、おばあさんがこう言った。


「またいつか、違う記憶があなたを連れてくるかもしれないわね」

「でも...その時はもう、“この店”じゃないかもしれないけれど」


扉のガラスが閉まった瞬間、

振り返ったときには、

もうそこにはただの塀と空き地が広がっていた。


けれどポケットの中には、

あのペンケースが確かに残っていた。


誰にでも、思い出したくない記憶や、

忘れてしまったことがある。


けれど、それらがどこかに“集められている”としたら――

それを探しに来る人のために、

ひっそりと“雑貨屋”という形で、

記憶を預かっている場所があるのかもしれない。


でもそこには、誰でも入れるわけじゃない。


入れたとき、あなたはたぶん、

「自分が何を忘れてしまったか」を

そろそろ思い出すタイミングなのかもしれない。

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