『ショッピングモールの忘れ物』
【1. 消えた出口】
日曜の夕方、
「新堂 瑞樹」は地元の大型ショッピングモールで時間を潰していた。
三階建ての巨大モール「サンリバー・オアシスモール」は、
数年前にリニューアルされ、フードコートや映画館も併設されている。
瑞樹は気まぐれに映画を観て、その後ゆっくりとフロアを歩いた。
気がつくと、館内アナウンスが流れる。
「本日はご来館ありがとうございました。まもなく閉店となります」
時計を見ると、すでに21時を過ぎていた。
慌てて出口へ向かおうとしたその時――
エスカレーターがすべて停止していた。
「……早くね?」
非常階段を使おうとしたが、なぜかドアが開かない。
戻ろうとしても、来たはずの道が見つからない。
そして、少し歩いただけで、
周囲のテナント名がすべて違うことに気づいた。
「…こんな雑貨屋、さっきあったか?」
「この服屋、ずっとシャッター閉まってたはず……」
どこか違う。
似ているのに、確実に“さっきまでのモールではない”。
【2. フロアマップにないフロア】
インフォメーションカウンターに向かうと、そこには誰もいなかった。
だが、受付の下に貼られたモールフロア図が目に入る。
A館・B館・C館の3つの棟。
しかし、その地図には――
**「D館:リターンフロア(RETURN FLOOR)」**
と書かれた区画が描かれていた。
聞いたことがない。
リニューアル後も、D館など存在しなかったはずだ。
ふと、案内板の矢印に従って足を運ぶと、
壁の一部がスライドし、奥に進むためのエレベーターが現れた。
ボタンにはこう書かれていた。
「RF(Return Floor)」
【3. リターンフロア】
エレベーターが開くと、目の前に広がったのは――
無人のモール空間だった。
だが、すべてがどこか古い。
・使われていないブランドのロゴ
・時代遅れのファッション
・“平成初期”を思わせる内装デザイン
歩いていくと、そこにあったのは――
自分が小学生の頃に訪れていた“かつてのサンリバー・オアシス”そのものだった。
「……ここ、昔の……モール……?」
懐かしさと不安が入り混じる中、ふと見上げると、
吹き抜けの上階に、自分の幼い姿が立っていた。
こちらを見下ろして、微笑んでいる。
【4. モールに残された記憶】
歩くうちに、瑞樹は気づく。
このモールには自分の過去の記憶が“展示”されている。
小さな頃、母親と買った赤い靴がショーケースに飾られていた。
高校の頃、友達と寄ったゲーセンが再現されていた。
大学時代、別れた恋人と最後に入ったカフェが、
同じ席、同じテーブルで“そのまま”あった。
まるで、モール全体が自分の人生を“再演”しているようだった。
だが、不思議なのは――どの店舗にも、客がひとりもいないこと。
人の気配はない。
それなのに、会計済みの商品が袋に入っていたり、
ストローの刺さった飲みかけのカップがある。
まるで、誰かが「ついさっきまでここにいた」かのように。
【5. モールからの案内人】
フードコートで、瑞樹はひとりの女性と出会う。
制服姿のその女性は、まるでモールの従業員のような格好をしていた。
だが、彼女の名札には名前がなかった。
「長く迷っていましたね、瑞樹さん」
「……どうして名前を?」
「あなたが“思い出した”からです。
ここは、“戻れなくなった人”が来る場所なんです。
モールは記憶を集めます。思い出と、存在の端っこを」
彼女は続けた。
「でも、“出口”はまだ残っています。
本当に“戻りたい”のなら――“過去に置いてきたもの”を手放さなければ」
【6. フロアの奥、消える記憶】
RFフロアの最奥には、最後のショップがあった。
「LOST & FOUND - 忘れ物カウンター」
ガラスの中には無数の私物が並んでいる。
・なくした財布
・落とした日記帳
・壊れたキーホルダー
・そして、赤い靴
瑞樹はその中に、ある一枚の写真を見つけた。
それは、自分が10歳の頃、母親とこのモールで撮ったものだった。
すでに亡くなった母が、優しく微笑んでいる。
「戻るなら、この写真を“渡して”ください。
忘れる代わりに、帰れます」
従業員の女がそう告げる。
瑞樹は迷いながらも、写真を手放した。
【7. 現実への出口】
気づけば、モールの非常口の前に立っていた。
ドアの向こうから、明るい昼の光が差している。
背後を振り返ると、もうあのRFフロアは消えていた。
出口を抜けたその瞬間――
瑞樹は涙が止まらなくなった。
なぜ泣いているのか分からない。
何を忘れたのかも、思い出せない。
ただ、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚だけが残っていた。
ショッピングモールは、日常の中にある非日常。
人の記憶が交差し、買われたものと買われなかったものが同居する場所。
もしかしたら、今あなたが訪れているモールにも、
「RF」ボタンのついたエレベーターが、どこかにあるかもしれない。
でももし、それを見つけても――
中に入る前に、“本当に戻りたい過去”を思い出してからにしよう。




