『六組の教室』
【1. 旧校舎の記憶】
会社員の「伊吹 智也」は、夏季休暇を利用して地元へ戻った。
実家は郊外の住宅街にあり、かつて通っていた中学校もそのすぐ近くにある。
ふと、思い立って――
彼は卒業以来、十数年ぶりに母校を訪ねてみることにした。
校舎は建て替えの準備中で、敷地の一角には
「旧校舎の取り壊し予定地」と書かれた看板が立っていた。
見覚えのある昇降口、砂ぼこりの舞う校庭、夏の蝉の声。
だが、校舎を眺めるうちに、ひとつ気づくことがあった。
「……あれ? 六組なんてあったっけ?」
自分の学年は、A〜E組までの5クラスだったはず。
それなのに、校舎の最上階の端に、古びたプレートが取り残されていた。
「3年F組」
ふざけて「F組」とか言っていた記憶はある。
だが、実際にそんなクラスはなかったはずだ。
なのに、どうしてか――「自分はそこにいた気がする」。
【2. 忘れられた名簿】
数日後、伊吹は図書館でたまたま見つけた「卒業アルバム原本」を開いた。
懐かしい顔ぶれに混じって、クラスごとの名簿が載っている。
1組から5組までは見覚えのある担任と同級生たち。
しかし、その下に、明らかに“隠されたように小さなフォント”で書かれていた。
「3年6組 担任:????」
生徒の名前も半分が読み取れないほど掠れていた。
だが、その中に――
「伊吹 智也」
自分の名前が確かに記されていた。
記憶では3年4組だったはずだ。
なのに、この名簿は、まるで“別の時系列”の自分を証明しているようだった。
【3. 六組への入り口】
気になった伊吹は、夜中にこっそり旧校舎へ足を運んだ。
フェンスを越え、懐中電灯を片手に階段を上がる。
3階の廊下は埃まみれで、床もギシギシと軋んだ。
だが、六組の前だけ、なぜか異様に綺麗だった。
ドアには錆もなく、窓ガラスも割れていない。
まるで、今でも誰かがここで授業をしているかのよう。
躊躇しつつも、伊吹はドアを開けた。
その瞬間、チャイムが鳴った。
カランコロンカラン……と、懐かしい鐘の音。
次の瞬間、目の前に広がっていたのは――
当時そのままの教室だった。
夏の日差しが入り込み、制服姿の生徒たちが席についている。
そして、自分もまた――学生服を着て、そこに立っていた。
【4. いないはずの先生】
担任が入ってくる。
だが、その顔がどうしても思い出せない。
目の部分だけが霞んでおり、表情が分からない。
それなのに、どこか懐かしい声でこう言った。
「伊吹くん、また戻ってきたんだね。
これで、“25人目”だね」
25人?
伊吹の代のクラスは、確か30人いたはず。
だが、教室には25席しかなく、全てが埋まっていた。
前を向くと、黒板に文字が浮かび上がっている。
『 思い出すまで、帰れません 』
隣の席の女子生徒が、にこりと笑って囁いた。
「テスト、全部解けたら帰れるんだよ。ね、伊吹くん?」
彼女の名前も、思い出せない。
だが確かに――昔、こんな子と一緒にいた気がする。
【5. 消えた学籍】
朝になり、伊吹は校舎の前で倒れていたところを警備員に見つけられた。
無断侵入のため警察が呼ばれ、軽く事情聴取を受けたが、釈放された。
だがその後、自宅に戻った伊吹は異変に気づく。
学生時代の自分に関する資料が、すべて“空白”になっていた。
・卒業アルバムに、自分の写真がない
・卒業証書がない
・家族に聞いても、「あんた、高校から転校してきたんじゃなかった?」と記憶が曖昧
さらに、スマホには一本の着信履歴。
「3年6組担任」
電話を取ると、ザザッというノイズの奥から声がした。
「次は“26人目”を待っています。
彼、まだ思い出せてないから……」
【6. 黒板の中の名簿】
夜、伊吹は夢を見る。
六組の教室の黒板に、生徒たちの名前がひとつずつ増えていく。
その下には、「記憶を保っていられる日数」が数字で並んでいた。
伊吹の名前の隣には――
「残り:3日」
目が覚めたとき、部屋の壁にチョークでこう書かれていた。
「出席番号26番、君の席はもうすぐ空く」
人は、覚えていないものを「なかったこと」にする。
だが、なかったことにされた記憶が、“自分の一部”だったとしたら?
あなたの卒業アルバムに、見知らぬクラスが写っていなかったか?
その写真の隅に、目を細めないと見えない席に、
今も、誰かがじっとこっちを見ているかもしれない。




