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境界奇譚  作者: otomo2gou
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『潮の引いたあと』

【1. 誰もいない海】


海沿いの小さな町に、「沙織さおり」はひとりで旅に来ていた。

都会の喧騒に疲れ、何か“無になれるような場所”を探して

ネットを彷徨い見つけた、名前も聞いたことのない海辺の民宿。


季節外れの海には人の気配がない。海水浴の客もおらず、店も閉まり、

波音だけが静かに聞こえていた。


夕方、沙織は海岸沿いをひとりで歩いていた。

潮が大きく引いていて、海の中にあったはずの岩場がむき出しになっている。


そこには古びた石段があり、海の方向へと続いていた。


「……こんなとこ、地図に載ってたっけ?」


好奇心に駆られ、彼女はその石段を降りていく。

潮の香りと海藻の匂いが濃くなり、波はまるで止まっているようだった。


石段の先には、砂ではなく石畳の道が続いていた。

まるで、海の中に沈んでいた街が、一瞬だけ姿を見せたかのような

――そんな不気味さがあった。


【2. 消えた風景】


しばらく歩いていると、周囲に不自然な“静けさ”が満ちていることに気づく。

波の音がしない。風もない。鳥の声も、足音すら、どこかくぐもっている。


ふと振り返ると、海岸が見えない。


「……あれ?」


来た道が、なくなっていた。


いや、正確には――“そこにあったはずの景色が、消えていた”。


後ろにあるはずの海岸線は見えず、ただただ、石畳がどこまでも続いている。

空は灰色。水平線は遠く、歪んで見え、まるで世界の端のようだった。


【3. 海底の町】


やがて、沙織は奇妙な建物群にたどり着いた。


石造りの家々、錆びた電灯、看板の文字は読めず、

街全体が静止しているように見えた。

窓から覗いても、人の気配はない。ただ、生活感だけが残されている。

テーブルの上のコップ、水の入ったままの洗面器。止まった時計。


まるで、誰かが時間ごと消えたような街。


そして沙織は、その町の一角に立つ、

**「海辺の写真館」**という小さな店に入る。


【4. 写真の中の違和感】


店内はひんやりとしていて、壁一面に白黒写真が飾られていた。

海辺、家族連れ、灯台、潮干狩り。昭和の頃の風景写真のようだ。


だが、沙織は奇妙なことに気づく。


どの写真にも、“ひとりだけ顔が潰れている人物”が写っている。


目の部分だけが黒く塗りつぶされていたり、

顔が異様に歪んでいたり、光がそこだけ焼けていたり。


そしてその中に、見覚えのある写真があった。


「……これ、私じゃない?」


中学生くらいの自分が、家族で海に行ったときの写真。

覚えている。これは、もう無くなったはずの町で撮った一枚だ。


なのに、その写真の中――自分の顔が、ぐしゃりと塗りつぶされていた。


【5. 呼び声】


背後から、かすれた声が聞こえた。


「――かえして」


振り向いても誰もいない。だが、その声は何度も何度も繰り返す。


「かえして……」


「かえして……」


沙織は怖くなって、店を飛び出した。

だが、そこにはもう町はなかった。足元の石畳がぐにゃりと歪み、

建物が泡のように崩れていく。


視界の端に、海から何かが立ち上がってくるのが見えた。


人のような、でもそうではない。

まるで溶けた人間のような形をした、影の塊が、波の中から歩いてくる。


「かえして……わたしの場所を……」


【6. 境界の渚】


沙織は逃げる。

だが、どこへ逃げても、波音はない。

ただ、ひとつだけ聞こえてくるのは自分の足音と、追いかけてくる“それ”の気配。


「かえして……そこは、わたしの場所……」


次の瞬間、彼女の視界が真っ白に染まった。


――気がつくと、沙織は民宿の布団の上にいた。

汗でびっしょりと濡れていた。夢……だったのか?


起き上がり、時計を見ると朝の5時。窓の外に波音が聞こえる。


だが、部屋の机の上に、**見覚えのない“白黒写真”**が置かれていた。


それは、自分が昨日見た“写真館の中の1枚”だった。

中学生の自分、消えた町の浜辺。そして、その横に――


今の自分が、立っていた。

潮が引いたあとに現れるのは、ただの砂地とは限らない。

それは、時間の隙間であり、忘れられた記憶が沈んでいた場所。


あなたがふと行ってみたくなる「誰もいない海」には、

戻ってこられなかった“誰か”の居場所が、まだ残っているのかもしれない――。

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