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境界奇譚  作者: otomo2gou
15/16

『誰も住まなかった場所』

【1. 夏のはじまりと、空き地】


高校生の「一ノいちのせ ゆう」は、

通学路の途中にある空き地の前を、毎日通っていた。


古びた住宅街の一角、家と家の間に不自然な広さの空間がぽっかりとあって、

まるで家が一軒“抜けた”ような感覚を与える場所だった。


けれど、地元の人は口を揃えてこう言う。


「あそこは昔から、ずっとああなんだよ」

「なに建てても、すぐ壊されるの。不思議よねぇ」


悠もそれを不思議に思っていた。

でも、毎日通るだけで、特に気にすることもなくなっていた――あの日までは。


【2. 探し物】


ある日の放課後。

悠は雨宿りのために、空き地の前の庇で立ち止まっていた。


ふと、足元を見ると、自分の傘が見当たらない。


確かに手に持っていたはずなのに――。


立ち尽くしていると、

空き地の中から「こっち……」と、小さく誰かの声がした。


そちらを向いた瞬間、風に揺れた草の間に、

見覚えのある自分の傘が落ちていた。


「あれ……? なんで中に……」


迷いながらも、悠は空き地に足を踏み入れた。


【3. 踏み込んだ先】


空き地の中は思ったより深く、

草をかき分けて進むたびに、外の音が遠ざかっていく。


ほんの数歩のはずなのに、

地面の傾斜が妙に沈んでいるように感じられた。


気づけば、あたり一面が夕焼けに染まっている。

さっきまで降っていた雨の気配もない。


遠くに、白い古い家の輪郭が見えた。


「……あれ? 空き地だったんじゃ……」


引き返そうとしても、もう道が分からなかった。

草の向こうには、見慣れない塀や石段が見える。

まるで、誰かの記憶の中に迷い込んだような風景だった。


【4. 誰かの家】


その家は、表札も郵便受けもない。

でも、玄関の引き戸はほんの少し開いていて、

まるで**「入っていいよ」と言っている**みたいだった。


不安よりも、懐かしさのほうが強かった。


戸を開けて中に入ると、

湿った畳と、線香の匂いが漂っていた。


どこかで嗅いだことがある匂い。

けれど、その“どこか”が思い出せない。


廊下の奥に、誰かの声がした。


「ゆう……」

「戻ってきたの?」


誰の声か分からなかった。

でも、自分の名前を呼ばれたことだけは確かだった。


【5. 繰り返す空き地】


気づけば、悠はまた空き地の中にいた。


自分の傘を手に持っていた。

夕焼けが消えて、周囲は少し薄暗くなっている。


「……なんだったんだろう」


ふと後ろを振り返ると、

さっき見たはずの古い家は、もう跡形もなく消えていた。


でも足元には、靴跡が三つ。


自分のものより小さく、

片方は途中で消えていた。


【6. 次の日】


翌朝、学校に行くと、クラスで一人欠席がいた。

隣の席の子――名前がどうしても思い出せない。


先生も誰も、最初からその席が空いていたかのように振る舞っていた。


ただ、その机の中に、古びたメモ帳が残っていた。

表紙には小さく、手書きでこう書かれていた。


「空き地の中には、記憶が住んでる。

思い出した人から、帰れなくなる。」


悠はそれを、無意識に制服のポケットに入れた。


なぜか、「これは自分のものだ」と思ったから。


空き地は、都市の記憶の抜け殻。

誰かが住んで、誰かが離れて、

それでも誰かがそこに“居続けてしまった”場所。


もし、あなたの通り道に、

いつまでも更地のままの空き地があるなら――


ふと、その草の奥に、

あなたの傘や、あなたの記憶の一部が落ちていないか、

一度だけ確かめてみて。


でも、見つけても拾わないで。

持ち帰ると、あなたは“その場所の住人”になってしまうから。

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