『祈りの声』
【1. 教会の朝】
町の高台にある白い教会。
そこに勤める牧師、**大汐 藤人**は、
朝の祈りを終えると、いつものように子供たちを迎え入れた。
十人ほどの子供たちは、笑いながら聖歌を口ずさんでいる。
藤人はその光景を見るのが好きだった。
――昔、自分もこの教会に救われた。
孤独だった少年時代。
教会だけが居場所だった。
だからこそ、今は“与える側”でありたいと思っていた。
けれど最近、
その子供たちに、奇妙な違和感を感じていた。
【2. 同じ言葉】
日曜の朝。
聖堂に集まった子供たちが、口を揃えて同じ言葉を唱えた。
「――きょうも おいのり ありがとう」
誰が言い出したのか分からない。
いつの間にか全員が、まったく同じ調子で、同じ間で言う。
「誰が教えたんだ?」と藤人が尋ねても、
子供たちは微笑んで首を傾げるだけだった。
その笑顔は天使のようだった。
なのに――不思議と寒気がした。
午後になると、全員が同じタイミングで外を見た。
誰もいない裏庭を、じっと。
藤人がその視線の先を追っても、何もいない。
ただ、古びた鐘楼の影が地面に落ちているだけだった。
【3. 夜の教会】
深夜。
子供たちが帰ったあと、藤人は祭壇の掃除をしていた。
ふと、誰かの声が聞こえた。
――かすれた祈りの声。
「われらに、恵みを……」
教会には誰もいない。
声は、床下から聞こえる。
藤人は震える手で懐中電灯を取り、
祭壇裏の扉を開けた。
古い階段が、地下へと続いていた。
そこは昔、物資を保管する倉庫だったはずだ。
だが、埃まみれの棚の隅に、
古びた録音機が置かれていた。
【4. 録音機】
再生ボタンを押すと、
ざらついたノイズと共に声が流れた。
――「われらに恵みを」
――「われらに恵みを」
それは子供たちの声だった。
だが、少し違う。
低く、重なり合い、まるで別の何かが中から喋っているように聞こえる。
ノイズの合間に、聞き覚えのある声が混じっていた。
「……大汐 藤人……」
自分の名。
録音機から流れる祈りは、
次第に早口になり、
最後にはこう終わった。
「あなたの声は 神の声になる」
ノイズが途切れ、
沈黙。
次の瞬間、背後で小さな笑い声がした。
【5. 祈りの真似】
翌朝。
子供たちは何事もなかったように教会に集まった。
だが、藤人の言葉をすべて“同時に”繰り返した。
「おはよう」
「おはよう」
「神の愛を」
「神の愛を」
まるで、藤人の声を録音して再生しているようだった。
そして、一人の少女が言った。
「せんせいの声、もういらないよ」
その言葉に、
藤人の背筋が凍った。
見渡すと、子供たちは全員、無表情でこちらを見ていた。
黒い瞳が、光を吸い込むように濡れていた。
その奥で――
昨夜、録音機で聞いた“別の声”が、
微かに笑っている気がした。
【6. 教会の朝、再び】
それから一週間。
教会では何もなかったように祈りが続いていた。
だが、藤人の声はもう出なかった。
誰もその理由を知らない。
ただ、子供たちの合唱だけが響いている。
同じ声、同じ音程、同じ祈り。
「――われらに恵みを」
祭壇の下の古い録音機は、
今も赤いランプを灯したまま。
再生ボタンには、指紋が残っていた。
藤人の、ものだ。
祈りの声は、
誰のためのものだろう。
救いを求める声が重なれば、
やがてそれは、形を持ち始める。
純粋さは美しく、
しかし時に、それ以上に残酷だ。
もし、子供たちが
まったく同じ声で祈り出したら――
どうか、耳を塞いでほしい。
それは、あなたの声を写し取ろうとしているのだから。




