おしまい。
足元で広がっており、腰に向かうほどピッタリとしたリアに誂えられた純白のドレスは似合っていた。
「リア様。とてもお似合いです」
着替えを手伝った侍女の一人がそう言ったのだが、リアは、椅子に座った自身の姿を鏡越しにぼうっと見るだけ。
(とうとうこの日が来てしまったんだ……)
未だ会った事のない王との結婚を目の前に、リアは溢れだしそうな感情を抑え付けるように、手を顔に押さえ付けた。
侍女は何か言おうと口を開いたが、もう一人の侍女がそれを止めた。そんな侍女が、口を開く。
「リア様。もう少しで時間となりますが、何かご希望は御座いますでしょうか?」
希望だったら、王との結婚を中止にして。と言いたい所だったが、リアは「少しだけで良いので、一人にさせてください」と 頼むのが精一杯だった。
来客達が見守る中、恭しく宰相に手を取られ、今日は自分の為の道をリアは静々と歩く。
向かう先には、この国の《仮面の王》と皆に言われている目の部分を仮面で隠した王が、堂々とリアを待っていた。
《仮面の王》は見た目の如く変わり者と有名で、いつ何時、他国の王の前でも目を仮面で隠した格好でいるのだという。
他にも逸話あるのだが、そんな事、今のリアにはどうでもよかった。
噂でしか聞いた事のなかった自国の王が、目の前にいる。
とうとう今のこの時まで、会わなかった王。
いろんな噂も含め、どんな方だろうとリアは、王を見る。
白い真っ直ぐな道の先、感情のない仮面の目と目が合い、緊張なのか何なのかわからない何かが、リアの身体を小さく震わせた。
あの人と、結婚をしなければならない。
そして、この国をあの人を支えて行かなければならないのだ。と思うと、歩みを止めそうになる足をリアは懸命に動かす。
(ああ、駄目だ)
王に近づくにつれ、背格好が同じだからだろうか、忘れようとしていたディーが王と被る。
あの事件以降、会っていないディーは、この空間に居て、自分を見ているのだろうか。
ついに着き、宰相から王へ手を取られれば、リアは教えられた事を淡々とこなして行った。
(王様、ごめんなさい。ディーを愛してるのは、諦められない……)
ディーへの想いを残して、結婚する王へ罪悪感に駆られながら―――。
婚儀も終わり、《仮面の王》とその後会わないまま、軽く食事をし湯浴みを済まして寝るだけだと思っていたリアだが、 案内されたのは王の寝室。
首を傾げていたリアは、そこまで来てハッとした。
忘れていたのだ、リアは。
現実味がないが、妃になったのだからしなければならない務めを。
王の寝室で一人残されたリアは、力なく豪奢なベッドの端で座り、寝巻姿でこれ以上ないほど震えた。
(どうしようどうしよう!!)
婚儀後の夜に夫婦になった二人が何をするのか、リアは知っている。
だが、言葉や少し先の事は知っていても、奥深くまで何をするのかはわからないリアは、 《新しい国の王子様》の様な事を《仮面の王》がするのかと恐怖に襲われた。
(ディー。ディー!!)
胸元の布を握りしめ、心の中で愛しい人の名前を呼んでしまえば、視界がぼやける。
(泣いても、何も起こらないのに……。本当、私って馬鹿だ)
せめて、自分のディーへの気持ちを言っていれば良かったと思った。
(でも、もう遅い。バカだ私。こんな時でさえ愛してるのに、王と結婚してしまうなんて)
ディーが救ってくれたあの時、言っていれば何か変わっていたのかもしれない、と。
(だけど、お願い。お願いだから、今は言わせて……)
大きい作りの窓越しから、部屋を照らしている月を見上げる。
「ディー。愛しています」
「リア」
リアはビクリと肩を揺らした後、声の聞こえた出入り口へ向く。
ああ、聞かれてしまった。とリアは頭の端で思った。そこには、こちらへ近づいてくる《仮面の王》が居たからだ。
「私を愛してくれるか?」
王以外の者を愛しているとばれてしまった事、自国の王が自身に話掛けてきた事にリアは口が動かずに答えられない。
手前まで来た《仮面の王》の大きな手が、リアの涙に濡れた頬に触れる。
無表情の仮面が悲しそうに見えたのは、リアの幻覚だろうか。
「仮面を付けた私も……」
リアが怯えているように見えたのだろう《仮面の王》の王とは思えないほど弱々しく問うて、 リアの目元に一つ口付け離れていく。
リアは覚えのある声と動作に、目を見開いた。
「ディー?」
非常に小さな問い掛けだったが、《仮面の王》はそれに「今は」と顔を横に振る。
「“今は”誰もが《仮面の王》と呼ぶ、この国の王だ」
どう言う事なのかと目で問うリアに、《仮面の王》は言う。
「皆に変わり者と噂され《仮面の王》と呼ばれ、仮面を外せば、愛している者をも騙したディーと言う男を 愛してくれるか?」
《仮面の王》の言葉の真意に気付きリアはハッとして、その次には《仮面の王》に抱きついた。
(この人は、すごく不安だったんだ。騙した自分を、《仮面の王》呼ばれる自分を愛してくれるのか、 国を支える覚悟があるだろうかって……)
顔を上げ、仮面へと笑みを向ける。
「どんな貴方でも。貴方が《仮面の王》あろうと、庭師と偽り私を騙したディーであろうと、目の前の貴方は変わらない。守ってくれた、大好きで大切な人に変わりない。関係ない。 どんな時も一緒にいて、支えたい。私は、貴方を愛しています。 貴方は、私を愛してくれますか?」
「当たり前だ。私は、前からリアを愛している」
《仮面の王》は仮面を取り床に捨て、露わになった整った顔をリアに近づける。
目を瞑ったリアは、しかし、すぐに目を開く。
「まって」
両手で口を塞がれ、口付を阻止されたディーは、何故だと眉を顰める。
「ディーが庭師って嘘ついて、今さっきまで王だって黙ってた理由は絶対に聞くから!」
ならば今、話してもらおう。と睨み上げていると、ディーに微笑まれる。
「ああ、わかった。後でな」
「わっ!?」
リアは、ディーに口付けられた。
おしまい。