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新しい国の王子の重みと姿が消えた。


咄嗟に起き上がれば、緑色の瞳とかち合い、リアは目を更に開く。


(これは、幻……?)


呆然と見ていた目の前の人物が自分を抱きしめた所で、ようやっと現実だと知ったリアは「何で、ここに」と目を瞬た。


「お前を助けに来た」と耳元で聞きなれた声が鼓膜を震わせれば、リアの目から涙がいくつもいくつも恐怖に冷めた頬へこぼれる。


そんな時、可笑しそうに笑う王子の声が、部屋に響いた。


「おやおや。本当にここの王は愚かなようだね。ははっ、城の庭師が先に来るとは!」


泣きだしたリアの頭を撫でていた庭師――ディーは、抱き締めている自分より小さな身体を離し、後ろへ振り返り眉根を寄せた。


無表情の冷めた緑色の瞳が、口から垂れた血を拭う王子へと向けられる。


ディーに吹き飛ばされ床に叩きつけられていた王子は、その場に座ったまま余裕そうに笑む。


「だけどね、庭師。お前一人で、その娘を助けられるのか?」


王子の言葉に、ハッとしたようにリアはディーを見上げ、無意識に目の前の服の裾を握る。


(私の所為で、ディーが……どうしよう!)


怯えるリアに気付いたディーは、後ろ手で服の裾からリアの手を外させて、冷めた手を温めるように優しく大きな片手で包む。


そして、勝ち誇ったような王子に、嘲笑を浮かべ、ディーは底冷えするような声で言う。


「哀れだな。愚かな王が統べるこの国を知ろうと思えば―――いや。“新しい国の王子”として挨拶の一つでもしておけば、 分かったろうに」


「こちらの館にいらした皆様は、拘束させていただきました。あとは、貴方だけですよ。哀れな“新しい国の王子”」


そう毒を吐きながら、また新たに部屋に入ってきたのは、この国の宰相だった。

宰相の横を数人の兵士が通り抜け、いまだに口をあんぐりと開けている王子を拘束する。


ハッと王子は、我に返り叫ぶ。


「いつも、いつもそうだ!! 僕が何で悪者になる! 新しい国が出来て何が悪い! 略奪しようとして何が悪い!」


この国――最古四つ国だって昔はそうだったんだろう! と自由だった足をばたつかせ喚く王子は、 それを無表情に見詰めるディーの横から顔をのぞかせたリアを睨む。


射殺さんばかりの鋭い視線に、リアは青ざめて震えながらも見詰める。


王子が向けたリアへ視線を己の身体で遮ろうとしたディーを止め、リアは恐る恐る少し前へ出た。


ディーや宰相などの困惑顔を尻目に、リアは「あの……」と小さく頼りなく声を発した。


「最古四つ国は、神様が他国を侵略しないって言う約束で人間に与えてくれたから、侵略した歴史は無いです」

「そんな事があるものか!」

「リアの言う通り。侵略は許されない。もし他国に刃を向けるのだとしたら、民が虐げられようとした時だけだ」


顔を赤くしてリアを否定した王子に、その反対に冷静なディーが事実なのだと告げた。


すると王子以外の皆は、そうなのだと頷く。


「お、お父様は、最古四つ国は侵略からはじまった国だと。だから、僕達もそれに倣い国をつくろうと!」

「本当に、哀れだ。……連れて行け」

「は!」


同情しているような表情のディーに命じられた兵達は、王子を連れて行った。


王子の寂しい後姿が、扉の向こうへ消えると、リアはその前に居たはずのグランディスの姿が無いのに気付き慌てる。


「グランディスはどこ!?」


何で少しの間でも忘れていたんだろう。


背中には傷を負って、王子には蹴られて、気を失ってしまったグランディス。


もしかして、いざこざがあった時、王子の味方が連れて行ってしまったんじゃないだろうか。


最悪の光景を想像してしまい、居ても立っても居られなくなったリアは、出入り口に向かって走り出そうとした。


しかし、ディーの手が両肩に置かれ、それは出来なかった。


「待て、リア。お前の侍女なら、医師に見させている」


とディーの言葉に宰相が、深刻な表情で付け足す。


「まだ油断できませんが……王子に荷担し、お妃様に選ばれたリア様を誘拐した罪は、重いでしょうね」


リアは、自身の両手を固く祈るように組む。


(王子に荷担したのは、本当だけど……)


少し前、王子にベッドへ引っ張られて行く時、自分へしがみ付いて絶対に離すまいとして必死だったグランディスの顔がちらつく。


自惚れでなかったら、自分を助けようとしていた。そして、いつも辛い時に勇気づけてくれたのはディーを抜かせば、グランディスだけなのだ。


(はい。そうですか。なんて、頷けない)


あの時のグランディスには、嘘偽りは無いと信じている。だから、とリアは口を開く。


「グランディスは……私を助けようとしてくれました」


罰さないで欲しいと顔に乗せて宰相を見たが、硬い表情にリアは焦る。


「あ、あの。私が陛下との婚姻を破棄すれば……」

「だから、お前は!」

「っ!?」


王との婚姻を破棄し、自分は平民に戻れば、グランディスは罪に問われない。と言い切る前に遮られ、強い力に後ろにあったベッドへ押し倒された。


宰相は、息を飲む。


「でぃ、ディー?」


リアは、目の前の光景に目をパチクリさせた。


ディーに押さえ付けられ、倒されているリアの頬に、温かな雨が降る。


「私が……どれだけ心配したと!」


不安を拭い去ろうとしているような、ディーの怒鳴り声とにはらはらと落ちてくる雫。


「いつも他者の事ばかりだ、お前は!」


こんな時だというのに、綺麗だとリアは思った。


思ったからこそ、ディーの目元で今にも降って来そうな粒に、指先で触れた。


「ディー。ごめんね。心配掛けて」


謝れば、先ほどまでの王子にされそうになった行為を思い出し、リアの指先は震えた。


するとディーは、黙ってリアの手を掴む。


もう。涙は止まっていた。


それにリアは、もう少し見ていたかったな。などと思ってしまった。


「すまない。リア。お前が一番、怖い思いをしたと言うのに……」


情けない顔をしたディーが、リアを優しく抱きしめた。


恐怖で冷たくなった身体が、ほんわかと温かくなって行く。


ほうっと安堵のため息をついたリアは、緊張で身体が強張っていた事に気付いた。


目まぐるしい変化に追いつけなかった頭が、やっとのこと助かったのだと、今更ながらに認識する。


(私、助かったんだ)


怖かった気持ちがぶわっと迫上がり、ひしとディーにしがみ付く。


リアは、失敗したと直後に悟る。


「ふぇ……」


じゅわりと涙が溢れだし、膜を張って決壊。


後から後から涙が止まらず、嗚咽を漏らす。


ディーにぎゅっと優しく更に抱き締められて、涙を吸い取られるように目元に口づけられる。


何回も、何回も繰り返されるその行為に、王子ではなくディーが目の前に居ると言う事に、幸せが身体を満たしていく。


そして、唐突にリアは気付いてしまった。




私は、ディーが好きなんだ。愛しているんだ。と。




口で伝えようと一度開いたが、閉ざし引き結ぶ。


(言えない。もう。私は、王様のお妃様になる事が決まっているから……)


ディーに言ってしまえば迷惑になるだけだと、リアはきつく口を閉ざした。


今にも飛びだしそうな“愛している”と言う言葉を閉じ込めるよう。


堅く。


堅く。


リアは、一生誰にも言うまいと、そう強く誓って―――。


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