7
ドアが閉まり施錠の音が響いた後、弱々しくけれど可笑しそうな笑い声が響いた。
リアは、笑い声の主である腕の中のグランディスを見る。
「グランディス?」
「あなた、可笑しな子ね」
「え?」
「そうか、器が違うのね」
独りでに話を進め納得したようなグランディスは、困惑顔のリアを映している目を細め、 泣く寸前で止めた様な歪んだ顔をした。
そして、綺麗な苦労のした事のない綺麗な手が震えているのも構わずに、リアの頬に添える。
リアは、その手に自分の手を重ねた。
何故か、そうしなければいけないとリアは思ったのだ。
「私はね、リア様」
グランディスは、震える声でリアに話し出だした。
それは、グランディスの生立ちの事だった。
グランディスがこの世に生を受けたその日、両親は喜んだ。
喜んだ理由はこの時期、この国の現王である王子が誕生し、多くの貴族は我が子を妃にと期待を掛けるようになった。
領主貴族の次いで権力があった貴族である両親も例外に漏れず、疑わずグランディスが妃に選ばれるのだとそのように育てられた。
占の選出。グランディスの住んでいる場所も選ばれた。
両親が言った事は、本当だったのだ。
占任せなのだから、ここは選ばれないかもしれないと半信半疑だったグランディスは、運命的な何かを感じた。
そして、グランディスは自分が選ばれると疑う事を忘れた。
だがしかし、いざ選ばれたのは、豪商のお嬢様だった。
選ばれるのは、自分だと疑わなかったグランディスは、憤り、お妃候補を恨んだ。
特に許せなかったのは、リアだった。
辺鄙な村の娘――。
出せる年ごろの娘がいなかったのだと、断るのでなく凡庸な娘を候補として出したのは謝礼金目当てなのだろう。と周りの噂の娘に、痛い目を見せてやろうと思った。
辺鄙な村の貴族でも豪商でもない少年の為の侍女となる、才量ある女性を捜していると聞いたグランディスは、 侍女になるべく王都へ赴き勝ち取った。
そして、リアがお妃に選ばれたと知った時、豪商のお嬢様に扮する、今日、勢力を上げて来た『新しい国の王子様』が グランディスに話を持ちかけた。
納得がいかない。リアを誘拐し、少し困らせてやろうと。
「私……愚かだわ」
消え入りそうなグランディスの声と表情に、リアは「もうしゃべらない方が良い」と呟く。
だが、グランディスは首を横に振る。
「いいえ。いいえ。リア様に聞いて欲しいのよ」
リアの膝を枕にして腹部をみるような体制をとっているグランディスは、 既に床へと落ちていた手を目の前の服に縋るよう掴む。
「私、わかっていたの……」
背中が痛むのか小さく呻きながら、尚も話し掛ける小さなグランディスの声を聞こうとリアは耳を傾ける。
夜ひっそりと泣いていたリア。
けれど翌朝、侍女である自分に心配を掛けまいと「おはよう」と笑顔で言ったリア。
有利でないからと「貴方、可哀そうに」と他の候補の侍女の皮肉、 それを向けられた自分に申し訳なく悲しそうに見ていたリア。
虐められて苦労しているのに、胃を痛めながらも貧しい村の為にと言い聞かせて耐えていたリア。
「皆思いで優しくて、でも度胸もあるあなたが――リア様が王妃に相応しいってわかっていたの!」
リアを恨むのはお門違いで、自分の傲慢な考えでしかないとわかっていた。
グランディスの目から、ポロリと綺麗な雫が二、三粒落ちた。
「だけれど、止められなかった。ごめんなさい。ごめんなさいっ」とグランディスは、 苦しそうに息を荒くしながら啜り泣きはじめる。
「グランディス」
綺麗な長髪の頭をそっとリアは抱き締めた。
「私があの広いお城で一人だと思ってた時、側にいてくれたのはあなたよ」
リアは「救われていたんだよ。ありがとう」と泣く寸前の掠れた声で囁いた。
すると、グランディスはクスリと笑う。
「あなた、可笑しい子じゃなくって馬鹿な子なんだわ……」
「えっ、ひどい」
間抜けなリアの声に、クスクスと小さく笑って目の前の腰に腕を回し抱き付く。
リアの応急処置のおかげか、背中は痛いが、グランディスは動けるようにはなっていた。
こんなときだと言うのに、少し穏やかな空気が流れはじめる。
だが、すぐにそれも終いになった。
二人の前にあったドアが開いたのだ。
部屋へ入ってきたのはリアを誘拐した王子で、床で抱き締め合う二人を鼻で笑う。
「っ!?」
「ぃ……リアッ!!」
王子は、いきなりグランディスから剥がしたリアを引きずっていく。
追い掛けてくるグランディスの手に舌打ちし、王子は必死にリアに向けているグランディスの顔を蹴った。
「うぐッ!」
勢い良く飛んだグランディスは、頭をドアに打って気を失った。
気を失っただけのグランディスに、運の良い奴と一瞥して、腕の中で暴れるリアをまた引きずって行った。
「あっ?!」
ベッドに押し倒され目を白黒させているリアに、王子はその上に覆い被さった。
「な、にを……」
リアは混乱しながら問うと王子は、ニヤリと口端を上げる。
「ねえ、リア。知ってる? この国の妃になる者は、無垢で穢れ無き事。もう選ばれた君が穢れれば、 この国の王の顔に泥を塗ったようなもの」
賢君と誉れ高いこの国の王が、お笑い種だね!
迫ってくる王子の手を拒みながら、リアは憤り怒鳴った。
「そんな小さい事を……他のお妃様候補に替えれば良いでしょ!」
しかも、誰でも良かったのだ、王様は。
そう。会わずに自分を妃として向かい入れると決めた王は、きっと婚姻など興味がなく、 下手な権力や矜持がある娘より、辺鄙な地の平凡な女の方が扱いやすいだろうと決めたに違いない。
だから自分が穢れてしまっても、多少、面倒くさくても他の候補から妃を選んでしまえば良いのだ。
そう思いながら睨めば、王子は目を少し見開くが、すぐに細めリアの頬を押さえた。
「それはないね。だって、ここの王様お前以外はいらないと豪語してたから」
信じられないとリアは、目を見開く。
「何で……」
「何でだろうね。知らない」
「んんっ?!」
視界が暗くなり、唇に柔らかなものが当たったると次に温かな何かが這う。
(嫌だっ、気持ち悪い!!)
それは顎から首筋へ移動しようとして、リアは嫌悪感に身体を震わせ嫌々と首を振った。
「ッ!」
腕や足をジタバタとさせればリアの視界が開け、王子が自分に口付て舐めたのだとわかった。
何をするのだとリアは、睨む。
すると、王子はまた顔を近づけてくる。
「いやっ、ディー!!」
助けて! と咄嗟にリアは叫んでいた。
「そうかそうか。君は、ディーとかいう庭師と恋仲ともっぱら噂になっていたし ……何かに興味でも惹かれたのかな?」
振り回そうとした手を掴まれ余裕に問う王子の瞳は獣を思わせて、リアは声にならない悲鳴を上げた。
抵抗をしているのだが、びくともしない。
(私より低くて、弱そうな王子なのに、逃げられないッ)
王子の力強さに、絶望を覚えた。
「そうだったら、愚かな王だね」
恐怖と絶望の色を見せたリアに、加虐心が芽を出し、その状態にしているのは自分だと言うように王子は、 今ここにはいないこの国の王を嘲笑ったその時――。
「ほう。愚かか……まさに、この国の王にぴったりの言葉だな」
低く竦み上がるような声が、部屋に響いた。