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「おとこ……?」
「ああ、そうだよ。僕は男」
驚いているリアの顔を見て、お嬢様だった少年はニヤリと肯定した。
辺鄙な地であったけれども、旅人が訪れた時、見せてもらった絵と少年の姿かたちが同じで、リアはポツリと呟く。
「新しい国の王子様?」
「あーもう。新しい国のとかって、よしてくれる?」
また忌々しげな顔で言われ、リアはビクリと肩を震わせた。
だが、『新しい国の王子様』を否定していない事は肯定につながり、リアは必死にその人物の情報を引き出す。
この大陸には、大きく分けて四つの国が古くからあり、その国から見れば半分年の離れた国が少数存在して成り立っていた。
だが、その一つの国――リアの国の隣のそのまた隣――が崩壊したとの話が大陸中に駆け巡ったのは、六年前。
それから、最古四つの国は避け、次々と隣国を狩り大きくなってきた極めて『新しい国』は、 『最古四つ国』と呼ばれるこの国にも、とうとう喧嘩を売ってきたのかとリアは考えに至る。
「君が選ばれるなんて、盲点だった!」
少年――王子様の不機嫌な声に、ハッと我に返ったリアだが、すぐに視界が次々と変わり、王子様と天井が視界に入った。
衝撃はベッドに吸収されたが、リアが目を見開き固まる姿が、王子様の目に映し出された。
そんな王子様の目が細められる。
「ここの王は会いに来ないし、挙句に、君みたいの選ぶし――どうなってるのこの国?」
低く問うてくる声に、言い知れぬ恐怖を感じ、リアはわからないと一心不乱に首を横に振る。
すると何を思ったのか、王子様はリアに乗り掛かった。
「おもたっ」
「僕を良くも嘗めてくれたものだよ。本当に腹が立つ」
「っぁ……」
働いた事のないと言うような綺麗な両手が、リアの首を絞める。
リアの見開かれた目から、じゅわりと涙が溢れた。
苦しさに顔を歪め、王子様の手にリアの手が触れようとした時、グランディスが王子様を呼ぶ声で、 首を締めあげる圧迫感と苦しさから解放された。
リアは、新鮮な空気を肺に入れながらも咳き込む。
それを尻目に、グランディスは困惑気味に王子様に問う。
「何をする気ですか」
「何って、見ればわかるでしょ?」
お前には、何に見えるの? と愉快そうに王子様が言えば、グランディスは首を横に振る。
「私には、判り兼ねますが」
投げかけた質問の返答に、王子様は馬鹿にしたような表情でグランディスを鼻で笑った。
「お前、馬鹿だね」
「ぐっ、あ゛!」
息が整い、グランディスと王子様のやり取りを見ていたリアだったが、今、何が起きているのか把握できなかった。
グランディスが立つ背に開け放たれたドアからキラリと鈍く光る物を見て、その次にはグランディスが驚愕の顔をさせ床に倒れた。
グランディスが居た場所には、甲冑を身に纏った大男が立っている。
――床に広がる赤い液体は、何だろう?
鈍りそうになった思考をグランディスの唸り声で、我に返る。
リアは、次の瞬間、弾かれたようにグランディスに駆け寄った。
「グランディス!!」
げほっと言う咳で返事をしたグランディスの背を見る。
目の前の背中の状態にクラリとリアの身体が少し傾いたが、すぐに立て直し、ベッドへ駆け込みシーツを乱暴に掴むと引き返す。
本当は、清潔な布が良いけれどと思いながらも、いまだに血の流れる背にシーツを強く当てた。
「い゛ぁッ!」
痛みに暴れるグランディスを抱きしめ、リアは泣きながらも言葉を投げかける。
「グランディス、グランディス。ごめ、ごめん。だけど、我慢してっ!」
その一連を見ていた王子様は、その横を通り過ぎリア達へ振り返る。
「お前も馬鹿。人の心配するより、自分の心配でもしたらどう?」
どちらに投げかけたのか、わからない言葉を告げた王子様をリアはキッ睨み上げ、グランディスを抱きしめた。
リアの睨みに一瞬怯んだ王子様は、嫌な笑みをし部屋を出て行った。
重そうなドアが閉められても、リアはそれを止めなかった。