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青白く痩せこけてしまった身体に、生気のない目――。
「ああ、ああ……リア」
宰相に案内され、ベッドに横になっているリアの姿を見た村長は、覚束ない足取りで近づいて行った。
「リア、リア、こんなに痩せてしまって……顔色も悪い」
今にも泣き出しそうな村長に、リアは大丈夫なのだと起き上がろうとしたが、クラリと眩暈がして失敗に終わってしまった。
「ああ、無理しなくて良いんだよ、リア」
頭の中が回る様な感覚に襲われながら、必死に起き上ろうとするリアを抱締めた村長の声は掠れている。
「血を吐いたそうじゃないか」
村長は、ベッドに寝かせ、上掛けをしっかりとリアの肩まで掛けた。
「宰相様から連絡が来た時は、私は生きた心地がしなかったよ」
痩せ細った片手を村長は、震える両手で包みこんだ。
「よかった……リアが生きててくれていて良かった!」
涙を流し始めた村長に、リアは健気にも微笑んで、掴まれている方と反対の手で涙を一生懸命拭う。
その光景を扉の前で見ていた宰相は目頭を押さえ、侍女は既に静かに泣いていた。
村長は、涙を拭ってくれているリアの手を取って、優しく微笑む。
「私が、断っていればこんな事にはならなかった―――帰ろう。リア」
リアをお妃様候補へ出したことへの後悔が見え隠れする優しい村長の目に、リアは泣きそうになった。
リアが、胃に激痛が走ってから二週間と少し経っていた。
気を失う前に、リア達に話しかけてきたのは宰相だった。
意識を取り戻すと、何故か、外に出るのが恐くなっていた。
部屋に閉じ籠ったリアだったが、ディーがどうなったか気になって、 様子を見に来た宰相に聞いた。
すると罰で、ディーはいつもより多い量を働いている。と聞き、まだ恐かったがリアは会いたくなった。
一週間、朝から夕方まで東屋で待っても来ないディーに、薄々感じていた―――信じたくなかっただけだが、 ディーに申し訳ない事をしたという現実に、胃がとても痛くなり咳をした所、吐血。
気付いたら、またリアは、ベッドの上に寝ていた。
そして今に至るのだが、自分の限界に、村長の申し出に頷こうとしたリアを止めたのは、宰相だった。
「待って下さい。それには、王の許可が必要です」
「では、許可をいただけるよう。謁見を願い出来ますか?」
居住いを直して、村長は宰相に向かい申し出た。
「かしこまりました。では、少し客間の方でお待ちいただく事になります」
「リア、もう少し待っておくれ」
宰相は頷き、客間へ行くように促したが、村長は振り返ってリアの青白い頬を一つ撫でそう言った。
「さあ、行きましょう」
「はい」
今度こそ、村長と宰相が出て行くのを見届け、酷く疲れたリアは眠りに落ちた。
◆ ◆ ◆
ディーに頭を撫でられ、ベッドに横たわっているリアは幸せだった。
これが、夢だとリアは知っている。
だけど、それでもディーにどうしても言いたいことがあった。
自分の我儘のせいで、咎められるようなことになってごめんなさい。
お妃候補の自覚が足りなかった。
リアは、夢の中のディーに気付いたら言っていた。
ディーの目が揺れる。
リアの頭から手を離し、立ち去ろうとするディーの手を咄嗟に掴む。
それでも、ディーはリアの手を剥がして出て行こうとする。
「待って、ディー」
何故か、これを逃してしまうとディーに会えない。とリアは思えて必死に掴むが、 力の差でディーはリアの手から逃れた。
背を向け、今度こそ立ち去ろうとしているディーにリアは叫んでいた。
「ディー! ディー! 行かない……あっ!?」
起き上がったリアの視界は床になり、次に肩に痛みが走る。
ベッドから落ちたのだとリアはわかって、それでも這う姿勢でディーを見た。
ディーは、リアがベッドから落ちた音に驚いたのか、リアの方を向いて目を見開いている。
リアは、そんなディーに手を差伸べがら言う。
「私を一人にしないで……。――ディーの事が大好きなのに一人にしないで!」
そこまで言って、リアは床に突っ伏した。
「ふぅ……っ」
本当は、夢でもこんな弱々しい様な引き止め方―――卑怯なやり方をしたい訳じゃなかったのに ……そう思ったらリアは泣いてしまった。
脇に手を添えられたと思うと、リアは抱締められる。
誰が自分を抱締めてくれたか、すぐにリアはわかった。
いつもリアが辛い時、悲しい時、抱締めて慰めてくれた逞しい腕を忘れるわけがない。
(夢なのに、温かい……)
リアは、夢でも良いと温かい身体へ擦り寄った。
「リア……」
優しい声にリアが顔を上げると、想像していた通りディーの微笑む顔。
「私も好きだ――リア」
家族にも村の人にもいっぱい言われた言葉なのに、リアはディーに言われた『好き』は特別な様な気がした。
リアは安堵の為か、夢なのに眠くなって目を瞑る。
「眠いのか、リア?」
上から降り注ぐ優しい声に、リアは頷くと頭を撫でられる。
その気持ち良さに、意識を持って行かれた。
ディーが何か言っていたようだが、リアは眠りについてしまって聞いていなかった。
ただリアは、唇に何か柔らかい物が当たったような気がした。