アタシの世界とキミの世界
「ねえキミ、名前なんだっけ?」
「えっと……キラ。真澄星瑠」
「……それ、ヤバくない? アタシなんか、田中恵なんだけど。漫画とかアニメの主人公じゃん! いいなー、かっこいい名前で」
「そうかな? たまにからかわれたりするし、いい思い出とかないけど……」
「からかわれるって、例えば?」
「いや……『やっべえ! こいつ怒らせたらノートに書かれちまう!』、的な」
「……ノーコメントで。ノートだけに、なんちゃって」
「やかましいわ」
「あははっ、いいね! そういうノリも出来るじゃん!」
アタシと真澄クンの初めての会話は、そんな感じだった。
たまたま同じ図書委員で、真面目そうな見た目だったから。つい、仕事もほとんど押しつけちゃってた。
だけど、話してみたら──
ぽわっとした雰囲気の中に、どこか冷めた空気もあって、それでもまったりと会話が出来てしまう。
真澄クンって、意外と面白い。
いや、かなり面白いクラスメイトだ。
(そういう人って、憧れちゃう。私は名前も性格も、フツーだからなあ)
そんな事があってからは、真面目に図書委員の仕事をやるようになった。
……まあ、ちょっとだけね。
「ねえ~真澄クン。……現代文の課題、手伝ってくれない? ね、ね♥」
「……田中さんが図書室に来るのって、だいたいそんな感じだよね」
そう言いながらも、真澄クンは読んでいた本を静かに閉じてくれた。
くくくっ、なかなか愛いやつよのう。
「まあ確かに、詩を考えてこいっていうのはダルいと思った。たかが学校の課題で、たかだか17年間しか生きてないショボい感性を消費させるなって感じ」
「oh……けっこう辛口だね~。あれ? ていうかそれ、私に言ってる?」
「それで、どのくらいやってるの? 全くやってない感じ?」
「ふっふっふ……。実は一応、出来てます! 提出する前に、ちょっと見てくれないかなーって」
アタシは鞄からノートを取り出して、渾身の作品を見せた。
ヤバい、どうしよう。ここから『詩人・田中恵』の伝説が始まっちゃうかも!?
真澄クンは私の芸術作品をチラリと確認したあと、ノートをぺいっと机に放り投げてしまった。
「ちょっ!? そ、そこまで!? 芸術の道は、やはり厳しかったか……」
「まあ、僕も書いてみたけど、とりあえず見てみる?」
真澄クンも鞄からノートを取り出して、課題の詩を見せてくれた。
な、なにこれ……!? レベルが違うんだけど!?
詩についてはよく分からないけど、『美しい』っていう言葉がぴったりだった。
等身大の高校生の悩みが、読む人の心にどどどーって、入り込んでくるみたい。
言葉の力って、こんなに凄いんだ!
「いや、これヤバいでしょ! 真澄クン、アナタ何者ですか!?」
「別に、これくらいはちょっと慣れれば出来るようになるよ」
それからアタシは真澄クンに手伝ってもらって、それなりの詩を完成させた。
アタシならこういうの書くよね、みたいなヤツ。
(アタシの空っぽな世界と違って、真澄クンの世界は凄いなあ……)
フツーな自分と誰かを比べて、しょんぼりしてしまう事の繰り返しだ。
だからアタシはSNSとかも頑張って、自分の世界を広げようとしている。
でも……それでアタシの世界は、ホントに大きくなってるのかな?
それからまた、図書室で。
前に真澄クンに詩を手伝ってもらってから、ちょっと考えたことがあって、聞いてみた。
「なるほど……。僕と一緒に、SNSでバズる投稿を考えて欲しいって事か」
「そうなの! ああいうトコって、やっぱり文章の上手さも大事でしょ? 何かコツとか、教えていただけないでしょうかっ!?」
アタシは両手を合わせて、真澄クンに土下座する勢いで頼み込んだ。
「……はあ」
真澄クンは図書室に誰かいないか確認してから、小声で囁いた。
「……絶対、誰にも言わないでね」
そう言って、自分のスマホ画面をアタシに見せた。
……えっ!? ええ!? マジで!? これ、ホントに……!?
「うわー!! 『聖★アルマジロ大帝』って、真澄クンだったの!?」
小声でだけど、めちゃくちゃ驚いてしまった。
聖★アルマジロ大帝は、チョイッターでフォロワー50万人の超有名インフルエンサー。時事ネタにツッコミ入れたり、お悩み相談にセンス全開で答えたり。まさかその中の人が、真澄クンだったなんて……!
そんなSNSの大御所から、いろんなアドバイスをもらった。
よーし、これでアタシも今日から人気者だ!!
「じゃあちょっと、僕が普段どんな感じで投稿してるかやってみるよ」
真澄クンは少し考えた後、図書室の中で写真を撮って、ちょっとしたコメントを添えて投稿した。
あっという間に素晴らしいね! が付いて、拡散されていく。
……あっ!? ちょっとそれ、マズいかも!!
「真澄クン、その写真! 制服の袖のボタン、写っちゃってる!」
「やばっ!! ……はあ。田中さん、ありがとう。一応すぐ消したけど、大丈夫かな?」
「うーん……どうだろう? ごめんね、アタシのせいで……」
「別に、気にしなくていいよ。僕がミスっちゃったってだけ」
真澄クンはアタシを責めたりしなかった。
でも、しばらくしてから騒ぎになった。
学校の掲示板に、こんな怪文書が貼られてた。
『【拡散希望】“聖★アルマジロ大帝”の正体は、○年○組・真澄星瑠。
一部女子生徒に不適切なDMを送りつけているとの情報あり』
真澄クンはそれから、学校に来なくなった。
クラスメイトがそんなデタラメを信じて、酷い事言ってる。
騒ぎのきっかけは、私が真澄クンに相談したせいだ──。
だから私が、絶対に真澄クンを助けないと!!
……結局、怪文書の犯人はすぐに分かった。
アタシが自分のフォロワーに協力してもらって、チョイッターのアカウントを特定する事が出来たからだ。
犯人は同じ学校の上級生で、聖★アルマジロ大帝のガチ恋勢。
真澄クンが削除した投稿で、彼女は聖★アルマジロ大帝が同じ学校にいると知ってしまった。写真が図書室で撮ったものだと分かった彼女は、真澄クンにその事を内緒にするから付き合ってと迫ったみたい。
でも真澄クンは断って、そしたら逆恨みで怪文書という流れ。
その事についてまとめたプリントを先生に渡したら、あっという間だった。
事実が広がって、真澄クンはまた学校に来るようになった。
アタシの気持ちなんか知りもしない感じで、真澄クンはいつも通りだった。
別に、アタシが勝手にやっただけだけどさ! それでもなんか……なんかさ!!
「そういえば、ちゃんとお礼言ってなかったね」
図書室の席で、真澄クンが本を閉じながら言った。
「田中さん、あの件は本当にありがとう」
「……べ、別に~? ちょっと気まぐれで、世直し? てヤツをしただけだし!」
いつもの場所で、いつもと変わらない時間。
ああ、やっぱりこの雰囲気。安心するなあ。
「まあ……僕は田中さんに助けられたから。何かして欲しい事とか、ある?」
「な、何でもしてくれるの?」
「そこまでは言ってない」
じゃあ、それじゃあ──。
「アタシの事、メグミって呼んでよ。もうアタシたち、トモダチっしょ? アタシも名前で呼ぶからさ」
真澄クンは、ちょっとだけ黙って。
視線を落として、小さな声で。
「よ、よろしく……メグミ」
「……ハイ」
アレ? ナニ、コノキモチ。
ト、トモダチ……ダヨネ。ウン、タブン──。