表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

パフェと白球

 俺が野球を始めたのは、小学校低学年の頃だった。

 キャッチボールで俺が上手くボールを取ると、親が喜んでくれた。それがきっかけだったと思う。


「……ま、今年はここが優勝かな。流石に強すぎる」


 自宅のテレビで、春の甲子園を適当に眺めていた。

 少し前までは熱心に見ていたが、今はその気持ちも薄れつつある。


「はあー。もういいか」


 テレビを消して、ソファに寝転がる。すっかり良くなった右足の怪我。

 少し前にギプスは外れたけど、まだ何かまとわりついているような感覚。


『あいつがいればなあ』


 リビングは静か。なのに頭の中で、その言葉が反響する。

 久し振りに顔を出そうとしたその日。部室の前で聞こえてきた、チームメイトのぼやき。

 ショックだった。仲間だと思ってたのに、裏切られた気がした。


(確かに、怪我をした俺も悪い。でもお前らは俺より……俺と同じくらい努力してたか?)


 あれから俺は、グラウンドに顔を出していない。

 声をかけてきたのは、幼なじみの光里(ひかり)だけ。


「行けばよくない? みんな、拓真(たくま)のこと待ってるよ」


「はあ? 待ってるなら、陰口みたいなこと言わねえだろ」


 それ以来、光里とは微妙な距離感が続いている。


(別に謝って欲しいとか、そういう訳じゃない)


 じゃあなんでと言われると、言葉にするのが難しかった。

 四番バッターでサードを守っている俺がいないとなると、チームは勝つのが難しい。


(あれか? お前がいないと駄目なんだ! って言われたいのか? 俺)


 自分の胸に聞いてみる。少しだけ、そういう気持ちもあるかもしれない。

 野球ばかりの人生だったから、情緒面が未熟のままなのだろうか。


「ガキか、俺。でもまあ、チームもかなり俺に依存してたとこあるからなあ」


 これは事実、そうだった。そもそも俺だけ頑張ったところで、勝てるスポーツじゃない。

 なら、お互いに少し距離を取るのもありだ。

 俺は自分の未熟さと向き合い、みんなはチームの在り方について。


(とりあえず、しばらくは遊ぼう。……彼女とか出来たら、楽しいだろうけど)




 なんて思ってたら、本当に彼女が出来た。一年の後輩で、名前は三浦。


「あの、先輩。怪我、もう大丈夫なんですか?」


「んー? まあ、平気かな。っていうかごめん。君、だれ?」


「三浦です。入学したばかりの頃、移動教室の時に助けてくれました」


「……確かに、そんな事もあった気がする」


 そんな俺に三浦は困ったように笑った後、真面目な顔で言った。


「好きです、付き合って下さい」


 それが切っ掛けだった。




(ヤバい、めちゃめちゃ楽しいぞ) 


 休日の昼、駅前にあるカフェで一緒にパフェを食べた。


「美味しいですか?」


「うん。今まで、甘い物あまり食べなかったからなあ」


「ふふっ。よかった」


 控えめで、優しい笑顔。そんな三浦を見て、俺も穏やかな気持ちになれた。


(普通の高校生は、こんな日常を送ってたりするのか)


 勿論俺も普通の高校生だけど、こんな日常とは縁が無かった。

 まだどこかぎこちないけど、こんな時間も悪くない。



 そして別の日は、図書室で一緒に試験勉強をしてみたり。

 グラウンドの方からは、他の部活に混じって野球部のかけ声。


「気になりますか?」

 三浦が俺に、さりげない感じで聞いてきた。


「いや、別に。今は勉強だろ」


「……そう、ですね」


 それから、二人とも静かに過ごした。



 また、数日後。リビングのテレビで、親父がメジャーリーガーの特集を見ていた。

 最近のお気に入りは、日本人のピッチャーだ。

 エグい変化量のスライダーで三振を取っている映像。ありゃ本物の天才だ。


「……なあ、親父。チャンネル変えていいか?」


「あん? ……別に良いけど、お前まだ練習行ってないのか?」


「ああ。悪いか?」


「別にぃ? 海の向こうの王子様も大変だろうけど、我が家の王子様も大変だねえ」


「うっせぇ」


 腹は立ったけど、俺がダサいのは自分でも分かってた。



 そんな俺に訪れたバラ色の高校生活は、唐突に終わった。

 ある日の放課後、三浦に別れ話をされた。


「ごめんなさい。今の先輩、違う人みたい」


「……そっか」


 多分、三浦は俺に寄り添ってくれていたんだと思う。

 でも俺は、彼女の差し伸べた手に気づけなかった。


 しばらくして、光里と話す機会があった。


「そろそろ、部活戻ってきたら?」


「今さら戻っても、気まずいだけだろ」


「みんな、拓真に謝りたいってさ。監督も、お前が必要だって言ってた」


「……なんか、変わるかな」


「いやいや、変わるでしょ。だってあんた、四番バッターだし」


 俺は光里の言葉に、黙って頷いた。



 

 結局、秋の大会は準々決勝で敗退した。

 さんざん練習をサボっていた俺も、あまり打てなかった。

 でも、悪くない気分だった。やっぱり自分は、野球が好きなんだって思えたから。


 試合帰り、光里と一緒に公園のベンチに座っていた。

 ここは子供の頃、近所の奴らとよく遊び場所として使っていた。


「どう? 戻って良かったっしょ?」


「だな。ありがとう、光里。お前のおかげだ」


「はーあ、まったく。世話のかかる幼なじみだなあ」


「ははっ、悪いな」


 俺の幼なじみは意地悪そうに笑った後、正面を向いた。


「……それで? あんたはいつ、私に告白してくれんの?」


「は?」


 予想外の言葉だった。

 ただそういえば、こいつの浮いた話は聞いたことが無かった。

 ずっと待ってたって事か?


「いくら何でも鈍感すぎない? じゃないと、子供の頃とかキャッチボール付き合わないでしょ」


「……じゃあ、とりあえずお友達からで」


 照れ隠しの俺の言葉に、光里はずっこけるようなそぶりをした。


「ほんっと、なんでこんなやつ好きになったんだか」


 呆れながら笑う光里を見て、俺も笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ