お願いだから、嫌いって言って
(おっ。今年の新人君は結構かっこいいぞ)
新年度の時期が来ると共に、早生まれの私は一足早く27歳になった。私が勤める会社は、都内の化粧品メーカー『コルセラ』。商品開発の仕事をやっていて、試作品のテストや改良案をまとめたりと、地味な仕事。
「佐伯 渉です、今日からお世話になります。慣れないことばかりで至らない点があるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
開発部に配属された彼は、姿勢も声も丁寧で、まさに好青年という感じ。ここは私が先輩として、迷える新入社員を導いてあげないと。……早く仕事覚えて、楽させてね。
そして昼休み。社内の休憩スペースで彼が話しかけてきた。うむ。積極的に先輩とコミュニケーションを取りに行く姿勢、素晴らしい。
「小野寺さんって、もしかして南川第二中学とかでした?」
「お? なんだなんだ、もしかして君もなの?」
「やっぱり! 俺、ふたつ下です。……覚えてないですかね?」
「……覚えてないや」
そりゃそうだよ、中学時代は塾と部活で余裕なんてなかった。そもそも、後輩の男子と話すようなキャラでもないし。
「ははっ。みんな、そんなもんですよ。先輩って昔から綺麗で、変わらないですよね」
彼と同じように、周りの人達は私の内面がひび割れていることを知らない。それは私自身の問題だし、誰かに悩みを打ち明けたことも無いのだから、知らなくて当たり前。
「へー。どうもありがとー」
「いやっ、ホントなんで」
私の頭の中にふと、あの力のことがよぎる。子供の頃から、私は人の嘘が分かった。正確には、「YES」「NO」で答えられる質問に限っての場合。相手の答えが本当かどうかが、感覚的に分かってしまう。
幸い、この力は使おうと思わなければ特に何も起こらない。うんざりしていた私は、ずいぶんとこの力を使っていなかった。でも、彼に対し何故か——ちょっとくらい、使ってみようと思ったのだ。どうせ傷つくのは分かっているのに。
「佐伯くん。ちょっと聞いてもいい?」
「何ですか?」
「私のこと、好きだよね?」
「……いいえ」
少し固まった彼は、瞬きを一つしてからそう答えた。なので私は、ふふっと笑って返した。ただの冗談として流したみたいに。
だけど心の奥では──とても動揺していた。
(嘘だった)
彼の返事は「いいえ」。でも、その「いいえ」は嘘。つまり「はい」、本当は「好き」だということ。
この力に助けられた事もある。面接でも、恋人選びにも(あんまり経験ないけど)、親戚の子供の機嫌を直すのにも。人の本音を知ることは強みになる。だけど、こうしてあっさりと知らされてしまうと、なんだかずるをしたような、そんな気持ちになる。
「ありがと。答えてくれて」
「い、いえ! なんか、変な質問でしたね」
佐伯くんは、耳まで赤くして俯いていた。
そもそも、力なんか必要ないくらい分かりやすい。そんな彼に対し、私がした事。尊厳を踏みにじる行為に他ならないし、そんな私は誰にも本音を見せない。
自分で力を使っておいて、強い自己嫌悪に襲われた。これからも、私はそうやって生きていくのかな。
それから数日、私は彼から少し距離をとってしまった。勿論、仕事中はなるべく普通に接するようにしていた。でも、向こうはたぶん気づいていたと思う。距離を測るように、寂しそうな目をしていたから。
そんなある日のことだった。よくある話で、試作品の納期が遅れたせいで残業が確定した日。夕方の時間に私と佐伯くんの二人だけが、まだ開発室に残っていた。
……き、気まずい。
そもそも、こんな関係になったのは私が悪い。甘んじて受け入れて、まずは仕事に集中しないと。
「あの、小野寺先輩」
「お、おお。 どしたの? 何か分からないとこある?」
「仕事中に、すみません。その、ちゃんと、伝えたほうがいいかなと思って」
臆病な私が逃げ出したくなるような、とても綺麗で真剣な眼差し。
「最初から、狙ってました。先輩がこの会社にいるって知って、必死に就活して、ようやく受かった時は本当に嬉しかったんです」
「……ええと。それって、SNSとか……?」
「偶然、見つけました。綺麗だなって思ってた人が、そのまま大人になってて。もう一度会えるならって、そればっか考えてました」
私はスマホを取り出し、ロックを外すふりをした。そういう人じゃないのは分かるから、ホントに通報するつもりは無かった。そう、ただの照れ隠し。
「あの! 気持ち悪いですよね!? ごめんなさい! ……でも、好きでした。ずっと、ずっと」
アラサーになった私の中で、甘酸っぱい気持ちが溢れてくる。ずっと? 中学のときから? 私なんか、あの頃は誰にも関心なんて持てなかったよ。自分の事だけ。
「じゃあ、さ。佐伯くん」
私はもう一度、彼に聞いてみた。今度は、力を使わずに。
「今でも、私のこと好き?」
彼は少しぽかんとした後、照れくさそうに答えた。
「はい」
そして、その「はい」は──まぎれもない本当の気持ちだった。
ああ、そうなんだ。力なんかなくても、こんな簡単に伝えられるし、伝わるんだ。
「……ふふっ。バカじゃないの?」
彼に対してなのか、それとも私自身に対してなのか。
「……はい。そうなんです」
少し潤んだ目をして、彼は笑った。
残業を終えた私達は、二人で夜道を歩いていた。
私の気持ちのせいなのか、春の風のせいなのか。なんとなく、暖かい気がした。
「佐伯くん。言って欲しい言葉があるんだけど」
「なんですか?」
「お願いだから、嫌いって言って」
「……?」
彼は、何を言っているのか分からないという顔をしていた。
「じゃないと、私、離れられなくなるから」
そんな私に、彼はからかうように言った。
「それじゃあ、ずっと好きって言い続けますね」
「……このやろー」
少し距離をつめて、そのまま彼の隣を歩いた。
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。