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episode 1

「県立第二中学校から来ました、趣味はスポーツ観戦です。週末は兄弟とよくサッカーをしています。この学校ではサッカー部に入りたいと思っています。よろしくお願いします。」

「趣味は読書です、この学校の図書館は県内でも大きな方と聞いたので、楽しみです。」

「将来は公務員になりたいと思っています。」

「数学が得意です。」


ありふれた自己紹介が続いている。

こういうのはだいたい最初の生徒が張り切ってながながと話すもので、それを見た後続の生徒たちは、

ーーあ、これはあまり長く話すと悪目立ちするんだな

と察して、どんどんと自己紹介のフォーマットが簡略化されていく。

40人もいるこのクラスで、出席番号が遅い生徒に至ってはもはや自分の名前だけで済ませるやつも出てくる。

これは別に悪目立ちをしているわけではなく、新しい環境への緊張と、自己紹介まで周到に準備してきていないという危機感が相まって誰も最初の自己紹介に反応する余裕がないだけなのだが。

なのでこのクラスの出席番号1番、名前は相田といったが、こいつがどの部活に入りたかったか覚えている生徒などおそらく数人だろう。かわいそうに。出席番号はだいたい20~30番が生きやすいのだ。

何も考えていない教師から答えを突然問われることもないし、各節目に行われる式での整列に先頭で歩かなくてもよい。

何事も真ん中、中くらい、ほどほどが良いのだ。


そんなことを考えていると、だんだんと自分の番が近づいてくる。

正直、最初に自己紹介をした相田以外の名前ははっきりとは憶えていない。

1人1人立って自己紹介をするわけだが、自分の席で立って話すだけなので、顔が見えない場合もあるのだ。

なのでこれは正直、教師に対しての顔見せである。

教師は写真を事前に持っているんだから、もう十分じゃないかと思う。

誰がどの中学校から来たのかも、どんな部活をやっていたのかも知っているだろう。

せめて教壇に立たればいいのにと思うが、俺だって知らない39人の前に急には立ちたくないし、入学式の日は意外といろいろとやることがあるのだ。


「じゃあ次、最後だな」


という教師の一言で俺の番がやってきた。

20~30番がいいとかぬかしておいて、思いっきり出席番号が最後だった。

もちろん教室の左後ろ端に座った時点で、というか入学式の時、右隣に誰もいないパイプ椅子に座った時点で気づいてはいたのだが、信じられなかったのだ。


「六尾です。僕が最後とは思わなくて、だいたい渡辺さんとか、後ろにいるもんだと思ってたので・・・よろしくお願いします。」


面白くもない、誰も反応しにくい自己紹介。だからこそ誰も強烈に覚えることのない自己紹介。

これでいい。

何が好きだとか、どこから来たとか、そんなのはこれから仲良くなった誰かに話せばいいことで、現時点で振りかざすのは切り札を最初から開示して戦うようなものだ。


しかしこの名字で出席番号が最後なんてことはあるのか?

俺が高校生だったころはだいたい一クラスに二人くらいはワタナベがいたし、ワダとか、ワタリとか、いただろうに。

確かに「わ」の前は「ろ」だが、「ろくお」で最後になるとは。

まあ、教師から一番遠くて日当たりのいい席に座れたんだから、いいか。


そういえば俺の初めての高校生活の時は、確か出席番号は32番だった。

ちょうど俺が今座っている席の右隣の位置に座っていた。

何年前だったかな、はじめての高校生活は。


改めて記しておくが、俺は以前30歳だったのだ。

高校生活はこれが1度目ではない。

だからだいたい分かる、こういう日の過ごし方ややるべきこと、やってはいけないこと。


やるべきことは、とにかく静観、観察、分析だ。


初日の緊張感で息をひそめているが、この40人の中には異常なまでの人気者がいたり、逆に不憫なほどの不人気者がいる。

ここからそれが明らかになっていくわけだが、ゆっくりとこの緊張の皮が剝がされていくのを待つより、とにかく全員をよく見ること。

自己紹介の内容になんて意味はない。上っ面の言葉に騙されずその後の挙動に注意することだ。


ありがたいことにこの座席からは全員の挙動がよく見える。顔は見えないが。


机の上に積まれたたくさんの教科書を早速開いて机を散らかす者がいれば、教師の方をじっと見て動かない者、貧乏ゆすりの止まらないもの、睡眠不足なのか知らないがすでに居眠りしかけている者。


勝負は一週間、よく観察して、よく分析する。


だれと仲良くすべきか、だれと距離を置くべきか。

仲良くすべき生徒の容姿と特徴を捉えたら、そこに絞って名前なんてのは憶えていけばいい。


「じゃあ、とりあえず今日は帰っていいぞ。親御さんが学校の前で待っている子も多いだろう。忘れ物の無いように気を付けて。明日はさらに詳しく学校を説明していくから、今日はその緊張をゆっくり休んで解いてくれ。では、さようなら。」


ということで今日は解散。大丈夫、何もおかしなことはしていない。そういえば生徒の自己紹介ばかり気にしていて、教師の名前を覚え忘れた。

41人いた教室の中で、覚えた名前が相田という男1人とは。さすがにもう少し覚えても良かったが、全員の自己紹介を熱心に聞いている姿なんて見られたら、教師の持つイイ子センサーに引っかかってしまう。


だらだらと今日の反省会を脳内で行いながら帰宅する。

登校時に見た桜も何故かもう目新しいものではなくなった。明日からまた平凡な生活が続く。


「六尾!」

俺の名前が呼ばれる。忘れ物はないはず、何もしていないはずの俺に、声がかかる。


「お前、ろくおって名前じゃなかったんだな、自己紹介でちゃんと言わないから、わからなかったよ。」

振り向くとサッカー男児、相田がそこにいた。右手にサッカーボールを持って。


「ああ、たまに間違えられる。」

これも、ありふれた回答。


「俺、全員の自己紹介見てたんだけど、全員すげえ緊張してたな。みんなどんどん口数少なくなってさ。」

「全員の・・・?」


気づかなかった。ほぼ対角線にいる相田の動きはほとんど見えなかったのだが、聞くとこいつは全員の自己紹介をわざわざ目を見て聞いていたらしい。

だからスポーツ系男子は苦手なんだ、急に声をかけてくるし。


「先生から言われたんだ、出席番号最初と最後だから、二人で明日の委員会決め、司会をやってくれってさ。これが委員会のリストと、一応全員の名簿。」

ーーあまりに不条理な司会の決め方ではないか。

まあ、教師ってのはそんなもんで生徒への頼みごとに対してどんなに小さくてもいいから理由が欲しいものなんだろうが。


「あ、相田はなんの委員会に入るんだ?」

司会をやるんだからさすがに好きな委員会に入らせてほしいものだ。渡されたリストをざっと見ながら聞くと

「俺は入らないかな、弟が2人いて、面倒を見なきゃなんだ。委員会って、入ったら帰りが遅くなるだろ?それに、サッカー部にも入りたいしな。」

ーーいや、部活の方が遅くなるんじゃないか、それもかなり遅く。


「そうか。まあ、言われたなら司会、やるしかないな。資料ありがとう、助かるよ。じゃあ

また明日。」


「おう、明日な。

 あ、あと六尾ってさ、なんかサラリーマンみたいだな!」


===

20XX年 4月1日 晴れ

入学式、オリエンテーション、自己紹介。

何もおかしなことはしなかった。おかしなことも起こらなかった。

明日、委員会決めの司会をしなきゃいけないのは想定外だけど。

あと、ワタナベがいないクラスだった。


すでに要注意人物は数人目を付けている。

そういうやつとは距離感を保って、好かれず、嫌われずに生きるべきだ。

だいたいそういうやつが卒業してちょっとしてから、新生活に耐えきれずに過去のクラスメイトに連絡をしてくるのだ。俺はそれをことごとく無視して、ざまあみろと思っていたタイプだ。


しかし相田が話しかけてくるとは思わなかった。

今まで相田が話しかけてきたのは入学してから2週間後の交流合宿の時だったのに。


書き忘れていたが俺は元30歳で、この高校での生活をすでに5回経験している。

要は累計45歳の、立派なおじさんである。

そして相田の言う通り、元サラリーマンである。

===




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