序章
わずかに開花の遅れた桜の木々が、もどかしそうに新入生の初登校を出迎えている。
いくつか早足に咲いてしまった花弁はその高さから落ちることのないよう必死にしがみつき、それに夢中で下からの視線に気づかない。
ぼんやりとその桜を見上げている男が一人、おろしたての着なれない制服に包まれ、春風にその前髪を吹かれていた。
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20XX年 4月1日 晴れ
待ちに待った高校生活一日目。
今日の身の振り方で今後の3年間すべてが決まると、数知れないアニメやドラマから学んできた。
大きく目立つことも、小さく委縮しすぎることもせず、中くらいの日々を過ごすため、いかに自分が平凡で無害な人間であるかを周囲に察してもらうことが重要だ。
そして十数年後に、あの頃は楽しかったなと、ふと思い出せるくらいの出来事を蓄えておく。
そのくらいの高校生活が最も安全で、安心できるはずだ。
新たな学校に目を輝かせている者、不安げにきょろきょろと辺りを見回している者、すでに3年間をあきらめたような目つきの者、それ以外にも多種多様な心持ちの新高校一年生があふれている。
1クラスおよそ40名、全10クラス、だいたい400人の新入生と、それを待ち受ける約800人の在校生。
これからの3年間、俺はごくありふれた高校に通っていく。
アニメのような超展開は起き得ないし、ドラマのようなお涙頂戴エピソードも生まれない。
それでもその中でちょっとだけ笑えるような、面白すぎない生活が3年間続く。
ここから俺が書き留めるのは、何の変哲もない高校生の話。
この話には、何一つおかしな点も、不可解な点もない。
ただ一つ、俺が昨日まで30歳だったということを除いて。
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