僕のカノジョはゴミ屋敷の住人
僕のカノジョはゴミ屋敷の住人だ。
彼女のご両親が残した一軒家を訪問した際、僕はあまりのゴミの散乱ぶりに辟易して提案した。
「片付けようか?」
でも、愛しの彼女は、烈火の如く拒否った。
「イヤッ! 勝手に手を出さないで!」
二人してコンビニ弁当を食べ終えたときもーー。
「もう、お腹いっぱいなんだけど、ゴミ箱は?」
と僕が尋ねたら、彼女はニッコリ微笑んで、
「任せて」
と言って、僕の分の弁当の食べ残しも一緒に、そこら辺に押し込むだけだった。
「ゴミ袋くらいは用意したら……」
といくら言っても、彼女は無視した。
「寝るスペースがあれば、十分よ。ね、こっち来て。一緒に寝よ?」
僕たちは頻繁に抱き合った。
すえた匂いに囲まれながら、カノジョの身体からは、不思議に甘い香りがした。
ゴミがどんどん増えて、彼女の家の狭い庭から、公道にまでゴミが飛び出すほどの事態になっていた。
そんなある日ーー。
カノジョの部屋から出たところで、僕は近所の人々に取り囲まれ、捕まってしまった。
「なんとかしてよ。匂いがこちらまで来るんだから!」
「ウチら住宅街全体のイメージが悪くなってしまうよ」
さまざまな苦情が相次いだ。
うんざりして、
「町や市のお偉いさんに言ったら?」
と僕が言っても、彼らは首を横に振るばかり。
彼らも、以前は、市役所や町役場などの行政指導に期待したらしい。
だが、こんな住民同士のイザコザでは、なかなか動いてくれない、とのこと。
業を煮やして、町内会として、カノジョの家に、集団で訪問して苦情を言いに行ったこともあるという。
ところが、そのとき、屋敷内には誰もいなかった。
だからだろう。
僕が彼女の家から出てきたのを見て、彼らが急いで駆け付けてきたのであった。
「今はいるのか? あの娘!」
早口で捲し立てるオジサン相手に、僕がうなずくと、集団で押しかけようとする。
さすがに、僕は彼らを押し止めようとした。
が、聞かない。
彼らは勝手にドアを開けた。
鍵をかけようともしないのも、僕のカノジョの変なところだ。
何度も鍵を付けようと言っても、ゴミ同様、言うことを聞いてくれなかった。
だから、赤の他人が土足で玄関から踏み込んで来ても、止めようがなかった。
玄関扉を開けると、さっきまでより、よほど酷い匂いが漂ってきた。
集団で踏み込んできたご近所さんたちは、ずいぶん失礼な口を利いた。
「あんた、こんなクセェ所で、何してたんだ?」
「信じられない」
「あんたもここの娘も、鼻の穴に何か詰まってんじゃないのか?」
他人の家にズカズカと上がり込んでいながら、ずいぶんと酷い言い草である。
でも、みなが鼻を摘みながら家屋内を隅々まで探したが、誰もいない。
そこへ、ドサッと大きな音が外から聞こえてきた。
みなで外へ出ると、軽トラが庭先に止まっていた。
そして、積載した袋を庭先に放り投げ、逃走する。
あまりの手際の良さに、ご近所さんたちは呆然とした。
「さては、他所から、ゴミを勝手に捨てに来ているのか!?」
「産業廃棄物とか」
ご近所さんたちは額を集めて、相談を始めた。
他所者がゴミを勝手に捨てていくとなると、責任は誰になるのか。
何処に苦情を訴えればいいのか。
わからないことがまたひとつ、増えたようなものだった。
だから、僕はご近所さんたちに訴えた。
「カノジョは町内会費も税金も納めている。
だったら、問題ないでしょう?
彼女は『別にゴミは新たに出してない』って言ってましたよ」
ご近所さんの中で、太ったおばさんが真っ先に僕に頭を下げた。
「すいません。あなたもカノジョさんも、被害者だったんですね」
おばさんが謝ったのを契機に、ご近所さんたちの議論の趨勢が変わった。
「防犯カメラでも設置して、犯人を特定できれば……」
「そうですね」
ガヤガヤと語り合いながら、群衆は立ち去っていく。
(ふう……)
ひとり、カノジョの家の前で取り残された僕は、吐息を漏らした。
ゴミ屋敷という噂に助けられた。
まさか他所からゴミを捨てに来る者まで出てくるなんて。
僕はカノジョの家の奥深くに、ゴミの山を分け入って押し進む。
そして、彼女の自室に辿り着き、畳を開ける。
畳の下には、腐ったカノジョの死体があった。
ゴミの山に囲まれたおかげで、死臭が目立たなくなっていた。
◇◇◇
一年ほど前ーー。
彼女はもともと片付けが下手で、ほかっていたらゴミ屋敷にする。
だから、たまに僕が掃除に来てあげてたら、気づいてしまったーー。
「誰? この毛。タバコの吸い殻も。僕はタバコなんか吸わない……」
憮然とする僕に対し、カノジョはあっけらかんとしたものだった。
「うるさいわね。
アンタがいけないのよ。この部屋を綺麗にするもんだから、男友達が遊びに来たいって言えば、断れないじゃない?」
「何人と遊んだの?」
「そうねえ、アンタを入れて五人くらい?
いつ気づくかって思ってたけど、まさか一年もかかるなんて。
あははは」
僕は思わずカノジョの首を思い切り絞めたーー。
◇◇◇
今、カノジョの身体は腐って、蛆が沸いている。
それでも、相変わらず、僕にとっては美しい。
彼女の頬にキスをする。
彼女は独りっ子だったし、両親はとうに他界している。
だから、僕が独り占めにできた。
「キミがこんな姿になって、もう一年になるのに、誰も気づかない。
近所の連中、僕以上に鈍感だよ。
僕がキミの代わりに会費や税金なんかを支払ってあげてるからだ。
感謝して欲しいな」
コンビニで買った食べかけの弁当箱を適当に放り投げて、僕は大声で笑った。
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