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八、 AAMUS(アームズ)

「それAAMUSアームズのマークですよ。懐かしいですね。」


そのリプライは、ケンタ君からであった。

ケンタ君は歳の頃は20代後半の、自身もDJをやったりするような生粋の音楽ファンである。

どちらかと言えばザ・アイドルオタクというよりは、"女性アーティストが好きだけどアイドルも齧ってますよ"みたいなタイプだ。因みに、細身の金髪マッシュである。


AAMUSアームズ、いたなそういえば。

この"サークルA"はAAMUSアームズの"A"だったのか。

オレはポコンと空いていた記憶のピースがはまった気がした。


AAMUSアームズ』、今となっては知る人ぞ知る伝説の2人組女性ユニットである。

2015年結成、活動開始。

トラックメイカーのneo(イメージカラー青)に、ボーカル・ダンス担当のayuki(イメージカラー赤)による2人組で、作詞作曲やダンスの振り付け、衣装デザイン等も自分たちで手掛けるアーティスト系路線のユニットであった。

ライブではバックのDJブースでneoがトラックを流し、フロントでayukiが踊って歌うスタイルだ。

当時はDJスタイルのアイドルグループがまだ珍しかったこともあり、感度の高い音楽好きがファンとなって話題にもなっていた。

ケンタ君もAAMUSアームズの初期のオタクで、何度か対バンイベントで一緒になりツイッターもフォローしあったのだ。


しかし一部の音楽好きなオタクの間では好評であったAAMUSアームズも、2017年にユニットを解消。

理由は詳しくは語られなったが、neoのアーティスト志向が強く、もっと音楽寄りの活動を望んだからだと噂された。

以降はneoが脱退し、ayukiの一人ユニット『AamUアーム』と改名してライブ活動を続けることとなる。


正直、AAMUSアームズの人気はトラックメイカーである"ネオちゃん"ことneoによるところが大きかった。

当時のファンの数やSNSのフォロワー数も圧倒的にayukiよりneoの方が多かったし、neoの先鋭的な音楽センスがあってのAAMUSアームズだと皆思っていた。

全てにおいてアクティブなneoに比べ、ayukiは少し控えめで物静かなところがあり、AAMUSアームズを知る者の多くがソロとなったayukiの行く先を案じたのだ。


しかし、ここがアイドル、強いては人気商売の分からないところであろう。

neoと離れたayukiがその後、とんでもなく跳ねたのだ。

ソロパフォーマーとなった覚悟なのか、neoと別れたことで何か吹っ切れたのか、ともかく破竹の勢いでayukiの『AamUアーム』は人気を上げていった。


各地上派のテレビ出演、メジャー音楽フェスへの参加、そして少年漫画の人気作のアニメ化『ERIKA』のOP曲の担当を経て、地下ソロアイドル出身としては異例となる、観客席フル開放での武道館(キャパ 8000〜10000)でのワンマンライブを開催し成功させたのであった。


AamUアーム』はそんな伝説的なサクセスストーリーを持つソロアーティストではあるが、その前身となる『AAMUSアームズ』は6年も前に解散した地下アイドルユニットである。

そのキーホルダーのついたキンブレが、なぜ現在の新宿に落ちていたのか。


オレはケンタ君に聞きたいことがあると、DMでのやり取りへ切り替えた。


■:オレ

△:ケンタ君


■リプありがとう!アームズ、何度か対バンで観てたけどマークまで覚えてなかった。

■こんなマークだったんだね

△確か、ほんの一時期しか使ってないマークですからね

△相当レアマークですよ、僕も見るまで存在を忘れてましたw

△これキーホルダーですか?

■そう、最近拾ったのよ

△どこでです?

■しんjく

■新宿

△新宿?キーホルダーを?

■キンブレにこのキーホルダーが着いててね、それを駅付近で拾ったの

■ケンタ君はアームズ現場よく行ってたよね、これの持ち主分かるかなと思って

△もう何年も前のことですよ、

△それにネオちゃんが抜けてからアームの方にも行ってないし。

■ケンタ君はneo派だったもんね

△まあ、ネオちゃんが始めたバンドの方もいまいちですぐ行かなりましたけど、、


ここが音楽ファン、いわゆる楽曲派オタクのある意味恐ろしいところである。

いくら好きなアイドル/アーティストでも、曲が好みでない、惹かれないとすぐに冷めてしまうのだ。

そう言えば、neoがAAMUSアームズ脱退後に始めた男女混合のバンドはその後どうなったのか全く情報が流れてこない。

まだ活動しているのだろうか。


△だからもうAAMUSアームズ時代の知り合いもほぼ繋がりないし、分からないです。

■そう、、やっぱりね


まさかの即リプで一縷の望みが見えたように思ったが、そう簡単にはいかないようだ。

しかし、


△あれ?

(しばしの間)

■どした?

△キーホルダーですよね、、ちょっと記憶が

△思い出します

■どぞ


ここでオタクの神、いわゆるゴッドはオレに微笑んだようだ。


△完全に思い出しました

△それ、アームズの1stアルバムをリリースした時の特典ですよ!!

■ほう

△リリイベでオタクになるべく積まそうとして、いろんな特典がありまして。


積む/積ます とは恐らくアイドル用語であろう。

アイドル運営はリリースしたCDをなるべく多く売る為に、リリースイベントを多数開催し、複数枚買った客にはそれに応じた特典を付けるのだ。


CD購入レギュレーション

1枚:アイドルと握手/ジャケットサイン

2枚:お好きなアイドルとチェキ撮影+握手

3枚:全員集合チェキ撮影+握手

4枚:全員集合チェキ撮影+握手+10秒間撮影


例えば一回のリリースイベントの特典内容はこんな感じだろうか。

さらには、リリースイベント全体を通した累計の購入枚数による特典もあったりするので抜かりない。

累計で何枚購入したら、特製Tシャツやレア音源が貰えたり、オフ会やファンミーティングに参加できるなど、魅力的な特典が盛り沢山である。

これはファンとして参加せざるを得ない。


通常は1枚買えば十分なCDだが、オタクは何枚も買ってしまう為、CDを『積む』とという表現をするのだ。

これを汚い売り方だと批判する人もいるかもしれないが、実際はリリース前からの長期に渡り、普段のライブハウスとは違ったCDショップ店内やショッピングモールでもフリーライブを行い、時には地方にも遠征に行き、数か月をかけてリリースイベントをアイドルとそのオタクで完走するのだ。

リリースイベント最終日に涙を見せるアイドルも少なくない。

その結果オタク側にCDが詰まれるが、その分長きにわたり楽しんだので、決して無駄なことではないのだ。

※ただし、後に残った何百枚もの同じCDの処遇には困ったりするが。


音楽のサブスクリプションが一般的となった現在ではCDの現物を売るアイドルは減ってはいるものの、2010年代当時はこういった『CDを積ます』行為は地下アイドル界の常套手段だったのである。

ケンタ君とのDMに戻る。


△確か、、累計200枚特典があったんですよ

■アルバム200枚!一枚おいくら

△1枚2500円とかで、だいたい総額50万円ですね

■50万。。


同じCDに50万円。

ただし、普段マジメに仕事をしている大人のオタクには決して払えない金額ではない。絶妙な値段設定である。


△その200枚特典がいろいろありまして、

△特製Tシャツとかメンバーと個人オフ会とかあった中に、たしか特製キーホルダーがあったんですよ。

■200枚特典でキーホルダーw

△そう。で、200枚積んでもらえるキーホルダーってどんなだと話題になりまして、

 それがただのよくあるアクリルキーホルダーでみんなずっこけたっていうw

■わろたw

■え、待って

■その200枚特典が、このサークルAのキーホルダーなの?

△確かそうですよ

△他にそんなキーホルダー売ってなかったですから


同じCDを50万円分も買うアホの数は、いくらオタクといえどそう多くはあるまい。

オレは今、確実にこのキンブレの持ち主に近づいていることを確信して身震いした。

スマホを押す指にもおのずと力が入る。


■それって何人くらいが持ってたの

△一人です

■え

△200枚特典を達成したのは、一人のはずです


一人。

オレは恐る恐る返信を返した。


■その人知ってる?


ややあって、返信があった。


△エビルちゃん です

■エビルちゃん?

△はい、ayukiのTOだった女の子ですね


"ayukiのTOだった女の子"


TOティーオー

 『トップオタ』の略であり、つまりオタクの中でトップを張る者のこと。

 オタクの中で存在感やリーダーシップを発揮し、

 生誕ライブなどのお祝い事をファンの代表として取り仕切る。

 グループアイドルの場合、各メンバーそれぞれのTOがおり、

 それらをまた取りまとめるグループ全体のTOがいたりする。

 ーーーー


しかし、、女オタとは予想外であった。

50万も積むのは、てっきり金のあるおじさんオタクだとばかり考えていた。

それにケンタ君が"女の子"と表現するからには、年もかなり若いのではないか。

しかし、それに続くケンタ君のコメントに、オレは言葉を失った。


△でもエビルちゃんは、もう何年か前に亡くなってますけどね


~つづく~

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