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三、 EXTREME IDOL TERROR!!!(EiT)

さて、今日も楽しいキューティクルズちゃんのライブである。

昨晩のゲリラ豪雨とはうって変わり、今朝は初夏の晴天がギラギラと輝いていて、オタクの死んだ魚のような濁った眼にはとても眩しい。


何よりも、今日の対バンイベントは特に楽しみにしていたもので、それもそのはず、「EXTREMEエクストリーム IDOLアイドル TERRORテラー!!!」(EiT)に、我らがキューティクルズちゃんが初めて参加するのだ。

EXTREMEエクストリーム IDOLアイドル TERRORテラー!!!」、なんとも呼びにくいイベント名ではあるが、2015年から続く楽曲派アイドルイベントの雄である。

一口に地下アイドルと言ってもそのジャンルは多岐にわたるが、その一つのくくりが"楽曲派"であろう。


楽曲派がっきょくは

 従来のキラキラしたアイドルソングとは一線を画した、持ち曲に強い拘りを持ったアイドルの総称。

 または、そのファンであるオタクもそう呼ばれる。

 ーーーー


なお楽曲派とは特定のジャンルではないので、その種類は ポップ/ロック/メタル/ラップ/エレクトロ/プログレ/オルタナ/チップチューン 等と多肢にわたる。

そのゴリゴリの本格サウンドに女性アイドルの歌声とダンスが加わることによる化学反応が、最大の魅力と言えるだろう。

テクノポップ×アイドルの Perfumeパフューム、メタル×アイドルの BABYMETALベビーメタルなど、大成功した先駆者を思い浮かべてもらえれば分かりやすいかもしれない。


楽曲派は良いものだ。

新進気鋭の若手クリエイターによる刺激的でアイデアに溢れた楽曲に加え、J-POPの歴史を支えてきた実績あるアーティストやプロデューサーがアイドル曲を手掛ける事もある。

若い頃からの生粋の音楽フリークであったウルサイおじさんがその魅力にはまり、最終的に地下アイドル現場に流れ着くことが多いのも頷ける。


そして我らがキューティクルズちゃんも"楽曲派"に分類されるグループであり、デビュー一年足らずでEiTに出演できることは喜ぶべきだと思うのだ。

初出演ということで出番こそトップではあるが、その後に続く一癖も二癖もあるアイドルグループのオタクにそのパフォーマンスを魅せつける大事な機会になるであろう。

おのずと、オレ達キューティクルズのオタクも気合が入るというものだ。


そんなわけでオレは早めに本日の会場、渋谷O-nestオーネスト(キャパ250)に向かった。

O-nestオーネストのある渋谷区円山町のランブリングストリートは所謂いわゆるライブハウス通りで、付近には


・club asiaエイジア キャパ300

Gladグラッド キャパ250

WOMBウーム キャパ1000

VUENOSブエノス キャパ250

・O-nestオーネスト キャパ250

・O-WESTオーウエスト キャパ600

・O-EASTオーイースト キャパ1300

・O-Crestオークレスト キャパ250

duoデュオ MUSIC EXCAHNGE キャパ700

DESEOデセオ キャパ250

DESEOデセオminiミニ キャパ170

JEEKAHNジーカンズ'S キャパ300


ざっとこれだけものライブハウスがある。

特に休日ともなると、この一帯には開場待ちやライブ終わりのTシャツ姿の老若男女がごったがえす。

いずれもバンド系や DJイベント、そしてアイドルと、ジャンルは違えど音楽を愛するライブキッズたちであり、人混みが苦手なオレもそんな活気あるこの通りだけは嫌いではなかった。

あの数年前のコロナ禍から、よくぞここまで持ち直したと感慨深くもあるのである。


さて、顔なじみのオタク達と軽く挨拶を交わしていると開場時間が迫ってきた。

オレは雑居ビルの狭くて汚いエスカレータに乗り込むと、6階のO-nestオーネストに降り立った。

もちろん、受付の「お目当ては?」には「キューティクルズで!」である。


今回はイベントの発表時点から重要な位置づけのライブになると考えていたので、恐らくトッパーになるであろうキューティクルズちゃんの為にオレは早めにチケットを叩いた。

整理番号はA10。これなら最前列に着くことはたやすかった。

しかしオレはあえてその最前列を、最近たまに見る翡翠ひすい色担当・みつば推しの小柄な女オタに譲って一歩下がった。


『出た!女オタオタだ!!』

と、賢明なドルオタ諸兄はそう思われるかもしれない。


おんなオタオタ】

 アイドルのファンである女性オタク(女オタ)に対してオタク行為を働く男性オタクのこと。

 "女オタクのオタク"の意。

 通常、若い女オタに対して中年のおじさんオタが行うケースが多い。

 本来は演者であるアイドルを目当てに現場に来るものだが、それにかこつけてファンの女性にも必要以上に話しかけたり親切を装って仲良くしようとする厄介な存在。

 ーーーー


がしかし、違うのである。

最前列におまいつおじさんがずらりと並ぶよりも、若いオタク、特に女オタが前に居る方が演者のアイドルさんも喜ぶし、女オタもよくステージが見えるし、よそのオタクからは『お、あそこのグループには女オタがついているのか』、と一目置かれるしで、いいこと尽くめなのである。

※人気のあるアイドルグループは、総じて女性ファンが多いものなのだ。


【おまいつ】

 「お前いつもいるな」の略。

 いかなるイベントにも駆け付ける、常連のオタクの事。

 ーーーー


よって、オレは真後ろに女オタがいたら、最前を譲るようにしている。

最前列を中高年のおじさんばかりが占めて、老人ホームの慰問活動みたいになるよりはずっと良いだろう。

いや、慰問も立派な意義のある活動だとは思っているが、しかしここは老人ホームの多目的ホールではない。若きパフォーマーたちが明日の栄光を夢見て立つ、神聖なライブハウスのステージなのである。


話しがまたずれた。

要は、そんな感じで最前は女オタに譲ることもあるよ、という話である。

え?だったら若い男のオタクにも前を譲るのかですって?

ふざけるな、野郎は力ずくで前を取りに来い。甘えるな。


さて、そんな調子で上手かみて寄りの二列目を陣取ったところで、

トップバッター・我らがキューティクルズちゃんのライブは始まった。

さすがEiT、休日昼間11時半開始のイベントであるにも関わらず、既にフロアの後方までヒマなオタクで埋まっている。

O-nestオーネストは最大キャパシティ250人の小規模ライブハウスであるが、はっきり言って3列目以降の殆どがキューティクルズ以外が目当ての客であろう。いわゆるアウェー現場だ。

しかし、そんな時こそ燃えるのがオタクというものである。


やがてステージが暗転し、いつもの出囃子『GO!GO! CUTiE CREWS』が終わると、本編一曲目の『WORLD'S END DANCING』が始まった。これにはオレたちブチ上がりである。

『WORLD'S END DANCING』はキューティクルズの最新曲で、これまでになかった所謂"盛り上り曲"である。

そしてキューティクルズとしては初の、MIXが入る曲でもあるのだ。


MIXミックス

 アイドルのライブにて曲中にオタクが叫ぶ独自のコールのこと。

 イントロ、間奏、アウトロなどの各タイミングで入れられる。

 「あー、よっしゃいくぞー!」の掛け声から始まり、

  タイガー!ファイヤー!サイバー!~、

  とら))人造(じんぞう)繊維(せんい)!~、

  チャペ!アペ!カラ!キナ!~、

 等の意味不明なテンプレートの言葉が叫ばれる。

 因みに、テンプレートを覚えていれば例え初めて聞く曲でも盛り上げに参加できる為、対バン形式のイベントではとても重宝するシステムである。

 ーーーー


しかし、キューティクルズの優雅で完美なステージにアイドル然とした定番のMIXを入れるのはどうなのか、キューティクルズの世界感を崩すのではないか、という議論がうるさ型のオタク間で行われた。

しかしそういった曲がひとつくらいあっても良いのではないか、他のオタクも巻き込んで盛り上がるような曲があった方が今後にもつながるだろうと、閣議決定されたのだった。

※MIXはあくまでオタ芸(オタクの行為)なので、実行の有無はオタク側に委ねられるのである。


そしてその判断は正解であった。

『WORLD'S END DANCING』はキューティクルズとしては珍しいアップテンポ曲として、ニッチなファン以外からもすこぶる評判の良いナンバーとなったのだ。

これには、これまでにない手ごたえを運営もメンバーも感じ取ったのだろう、最近のライブでは出番のラストに披露する定番曲となったのだが、それをあえて最初に持ってきたのであるから、このライブにかける意気込みも感じるわけである。


この曲の醍醐味は、Bメロでステージ中央でメンバー三人が一列に並び、それぞれの歌パートごとに前に出てくる箇所であろう。

それぞれのメンバーのオタクは推しの名をコールしながら、和紙キンブレを掲げて中央へ順に集まるのだ。

オタクにとっては『オレだー!!』のアピールの場であり、メンバーにとっては自分のオタクたちを最前に召喚する見せ場であろう。


オレはそのタイミングを、元から持っていたキンブレと先日新宿で拾ったキンブレの二本を手にしながら待った。

通常は一本のみ使っているキンブレを、この時だけは予備の二本目も点灯させ二刀流(デュアル)で臨むのである。

勿論、二本とも推し色である檸檬れもん色に灯されている。

かのキンブレは帰宅後、土で汚れていたストラップとアクリルキーホルダーを外し、元の壊れたキンブレストラップと和紙の入ったチューブへと交換した。

ついでに乾電池も新しいものに交換したから、もうそこらで拾ったとは思えない、元の通りのキンブレとなっているのである。

オレはBメロに差し掛かると、そのキンブレ二本を握りしめ、ステージ中央に向けて歩みを進めた。


そしてステージ上のメンバーの立ち位置が切り替わるタイミングを見計らい、正にキンブレを掲げようとしたその時である!!

二本の内一本、昨日拾った方のキンブレが檸檬れもん色から緋紅べにひ色、つまり黄色から赤にペカッと自動的に変わったのだ。


『あ、やべ!』

オレは心の中でそうつぶやくと、急いで赤のキンブレを離し、ストラップで手首から垂らすようにした。

するともう一本の黄色のキンブレのみが手に残る仕組みである。

その場は何とか回避したが、しかし何たる失態であろう!大事なライブでのここ一番の見せ場で、推しメンのカラ-を間違えてキンブレを掲げるなど、世が世なら君主に対する謀反の罪で切腹ものである。


ただし、キンブレの誤動作自体はよくある事ではある。

キンブレの本体にあるボタンを押すと、LEDの色は順に10色以上に切り替わるので、ライブ中に不意にどこかぶつけてしまい色が替わるのはあるあるなのだ。

しかしここで焦ってはいけない、オレの持つ機種には電源ボタンとセレクトボタンの他にもうひとつ第三のボタン、メモリーボタンがあるのだ。

事前にメモリーボタンに任意の色を設定しておくと、このボタンを押すだけで順に切り替えることなくその色を呼び出せる。

もちろん、このキンブレにも黄色をメモリー済である。

オレは曲中でも焦らずに落ち着いて、その設定ボタンを押下した。

が、切り替わらない。もう一度押す、が、切り替わらない。依然、キンブレは赤のままである。


こうなるともう仕方がない、

ライブ中ではあるが、一度オレはフロアの最前位置から少し外れると、キンブレの電源ボタンを長押しした。これによりキンブレは電源がOFFになり、消灯するのだ。

……が、消えない。

電源ボタンが効かないという事態はめったにあるものではないが、完全にいかれてしまっている。やはり拾ったキンブレは調子が悪い。


これはもう乾電池を抜くしかないな。

そう思ってキンブレ本体下部の電池カバーを回そうとしたその時である、もう一本の持っていたキンブレが、黄色から赤にぺカッと切り替わったのだ。


「えっ?」と、オレは声を出して拍子抜けした。

もう一本のキンブレはストラップで手首からぶら下げていて、どこにもぶつけたりボタンの誤操作はしていない。それでも色が切り替わったのだ。

オレの手元には今二本の赤く灯ったキンブレがあり、これは完全な緊急事態である。

トラブル対策の為に冗長を組んでいるシステムが、両方誤動作を起こしている状態だ。


もちろんではあるが、オレはキューティクルズの紅緋べにひ色担当・くれはちゃんを嫌っているわけではないし、むしろ尊敬すべきセンターであると思っている。

しかしそれとはこれとは別の話で、オレは檸檬れもん色担当のかりんちゃん推しのオタクとして、ずっとやらせてもらっているのだ。


そしてさらに驚いたことに、だ。

赤色に勝手に切り替わった二本目のキンブレもどのボタンを押しても赤から色が変わらないし、電源OFFもできなくなった。

昨日拾ったキンブレの方と、全く同じ状況となったのだ。

その時、オレが最前を譲ったみつば推しの女オタのキンブレも、緑でなく赤であったように見えた。が、それどころではない。

曲中にも関わらずオレは二列目からライブハウスの後方に移動した。

そして二本のキンブレから乾電池を抜いて、強制的に電源を落とした。


そうこうしているうちに、キューティクルズのライブは一曲目を終え、二曲目の『パラソルが廻るよ』に移った。

前述したが、言わずもがなの名曲である。今日のセトリは攻めている!

前方ではキューティクルズのオタクたちが和紙キンブレを各々の推し色にして振っているのが見える。


オレはまたキンブレの乾電池を入れて前方に戻る事も考えたが、再び赤色に切り替わって戻らなくなる事態を恐れて躊躇した。

キンブレなしでキューティクルズのライブで最前に混ざるということは、丸腰で戦場の最前線に赴くようなものである。(ちょっと言いすぎかもだが、、)


結局オレはその場に留まり、後方支援としてキューティクルズのライブを後ろから盛り上げることで、この日の25分のライブを終えたのである。

誠に不本意ではあるが、オタクにはたまにそんな日があってもよいだろう。


~つづく~

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