一、 キューティクルズちゃん
【デモノマニア:demonomania】
『悪魔憑き』のこと。
フランスの魔女裁判史上もっとも悪名高い裁判官 ジャン・ボダン(1530~1596)が50歳の時に刊行した悪魔学の書物『悪魔憑き(デモノマニア)』より
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『今夜のキューティクルズちゃんも最高だったな!!』
新宿歌舞伎町のライブハウスを後にしたオレは、西武新宿駅前通りをJR新宿駅方面に向かって歩いていた。
新宿Loft(キャパ500)や新宿MARZ(キャパ300)でアイドルのライブを観た後、歌舞伎町中心部のひどい雑踏を避け、この西武新宿線沿いの脇道を歩くのがオレは好きだ。
この通りの歩道は決して広くはないが、あの節操のない風俗やガールズバーの客引きも、やたらと群れて溜まっているインバウンド客も、我が物顔で闊歩するホストやキャバ嬢、東横キッズらもいない。
先ほどまでのライブの狂騒と、その後の特典会の余韻に浸りながら、角のケバブ屋で売られているひとつ350円のケバブサンドを頬張りながら歩く、オレにとっての痛快ウキウキ通りなのだ。
「それだけがこの世の中を熱くする!♪」である。
オレがここ最近通っているのは『キューティクルズ(CUTiE CREWS)』という三人組のアイドルグループだ。
キューティクルズは、いわゆる地下アイドルやライブアイドルといわれるインディーズ・アイドルの一つで、高1ひとりに高2ふたりの、まだデビュー1年足らずのフレッシュちゃんである。
※個人的には "地下アイドル" という名称は下に見られている感じがして好きではないのだが、以降は便宜的にこの言葉を使わせてもらう。
キューティクルはもちろん髪の毛のキューティクルのことで、その名の通りメンバーは全員美しいロングの黒髪であることを売りにしている。
それは見事な、透き通った昆布水の中に揺蕩うつけ麺のように滑らかな黒髪だ。
グループの正確なコンセプトワードは、日本古来の黒髪を表す『緑髪』なのだが、昨今は本当に髪の毛が緑、いわゆるグリーンをした若者も多い為、混乱を防ぐ為にあえて『黒髪』や『美髪』としているのだ。
因みに、美髪は「びはつ」と読むので覚えておこう。「くろかみ」に引っ張られて「びかみ」と読んでしまうと、オレのように恥をかくことになるぞ。
そんなわけで、金髪をはじめ赤や青などの派手髪アイドルが大頭している昨今、キューティクルズの拘りは一貫している。
メンバー三名の艶やかな黒髪をいかに美しく映えらせるか、をグループの最大のコンセプトとしていて、オリジナルソングの曲調やダンスの振り付け、衣装の形状や色合いですら、それの為に向けられている。
メンバーは担当カラーに色分けされているが、黒髪が映えるようにただの赤・緑・黄ではなく
紅緋色、
翡翠色、
檸檬色、
と称している。
衣装もそれに従い、白と淡いパステルカラーの各色調でまとめられているのだ。
キューティクルズのデビュー曲『パラソルが廻るよ』は振り付けにターンが多用されており、彼女たちが回転するたびに黒髪とプリーツの多く入ったひざ下丈のスカートがパッと開き、その様は初夏の晴天の浜辺で本当にパラソルが廻るようである。
よくキューティクルズのステージが演劇的やミュージカル的だと評される所以の曲であろう。
視覚性、物語性、世界観、その全てでキューティクルズというグループを表す名曲でしかない。
そしてその拘りを受けて、オタク(以降、アイドルファンのことをこう呼ぶ)側もそれに寄り添うよう工夫をしている。
アイドルオタクの主要アイテムであるペンライト、所謂キンブレの独自アレンジだ。
【キンブレ(キングブレード)】
主にコンサートやライブイベントで使用される特殊なペンライトの一種。科学液薬を使用するケミカルライトとは違い、電池式で繰り返しの使用が可能。
本体のLEDライトにチューブと呼ばれる筒を被せて発光させ、色の切り替えや点滅などの操作ができる。
正確には株式会社ルイファン・ジャパンが販売しているものだけが"キングブレード"であるが、近頃は似た形状のものや電池式のペンライト全般に対して呼称される。
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ご存じの方もいると思うが、キンブレの透明の筒 "チューブ" 部分には、デフォルトでクリアーのラメシートが入っている。このラメシートにより、キンブレ本体のLEDライトの光をさらにキラキラと増幅させているのだ。
しかし、キューティクルズのカラーにキラキラはあまり似つかわしくはない。
なんせ、紅緋色、翡翠色、檸檬色、である。
そこでキューティクルズの敬虔なオタクは考えた。
キンブレのチューブからラメシートを外し、代わりに和紙を入れたのだ。
和紙を入れることでキンブレのLEDの光は柔らかなものとなり、キューティクルズのコンセプトにグッと近づいたのだ。
(それはまるで、イサムノグチの名作照明・AKARIシリーズを彷彿とさせるようだもとも)
さらに拘るととことん突き進むのがオタクの性である。
和紙にわずかにシワを入れてLEDの光に陰影を出したり、日本橋の専門店で高級な透かし入りの和紙を調達したり、またあえて安い藁半紙や障子紙などを用いて試したりと、それぞれ独自のカスタムを楽しむ者が増えてきたのだ。
※因みに、安い和紙を使う勢は"デチューン派"と呼ばれている。
そして最近では、和紙キンブレと言えばキューティクルズのオタクの代名詞とまでなってきている。
他のアイドルの生誕ライブにキューティクルズが呼ばれた際、我々が掲げた和紙キンブレを見て、
「わーキューティクルズのファンのみなさんもありがとう!」
と、誕生日のメンバーさんが喜びの声を上げたことも一度や二度ではない。
キンブレのラメシートをオリジナルに交換したり、独自に文字を入れるプチカスタムは以前よりあったが、和紙を入れたのはキューティクルズのオタクが初めてだろう。これは誇るべき文化である。
因みに、この和紙キンブレ・カスタムを考案して最初に使用したのはオレである。
いつかキューティクルズが爆売れして武道館ワンマンを行った時、会場全体を彩る和紙キンブレの画像を撮って、
「わ、私が和紙キンブレの元祖です!」
とツイートするのがオレの人生の目下の目標なのだ。
そんなわけで、オレの今イチオシのアイドルグループは『キューティクルズ』なのである。
もし対バンイベントなどでその名前を見かけたならば、是非ともステージを観て欲しい。貴方もきっとその魅力に気付くはずだ。
今ならご新規さんチェキ一枚無料キャンペーンも行っているよ。
……おっと、推しのグループを紹介しただけで満足し、話を終わらせるところであった。
大事なのはここからである。
~つづく~