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イン・ロー

作者: はらけつ

「この紋所が、目に入らぬか!」

「ここらへんで、話し合いのケリが着くやろ」

「それは、落とし所」


「この紋所が、目に入らぬか!」

「ここらへんが、キュンとして」

「それは、恋心」


「この紋所が、目に入らぬか!」

「口ならなんとか」

「いや、「物理的に入れてくれ」って、言ってないし」


「この紋所が、目に入らぬか!」

「Mary,How many?」

「いや、「この紋所が、目に入らぬか!」で、

「メアリーさん、お幾つ?」やないし。

 そもそも、音韻もおかしなってるし、言語違うし、ワケ分からんし。

 ってか、何、これ?」


ジムに備え付けのラジオから、漫才が流れる。



「この紋所が、目に入らぬか!」


『いや、大き過ぎて、入らへんやろ』


「アウト!アウト!

 そこでイン・ロー!」


『入ったあ!』


印籠ではなく、イン・ローは、手応え有り過ぎる程、入る。


グラブが当たる音、弾く音。

ダッ、とフットワークする音。

キュッ、とフットワークする音。

その他雑多な諸々の音が、入り混じった空間。

その空間内の、リング上に立つ。


対峙する二人は、相手の様子を見、フットワークを使い、自分の距離を計る。

時折、散発的に、パンチを出し、キックを出し、タイミングを窺う。

丁度今、片方がラッシュに出た。

アウト・ロー(外太腿へのキック)を連発し、イン・ロー(内太腿へのキック)へ繋げる。

イン・ローは、得意技、必殺技らしく、喰らったもう片方の相手は、動きを止める。

止めるだけではなく、膝を付く、崩れる、ダウンする。


もう立てない、戦意も無い。

決まりらしい。

イン・ローを出した選手は、自分のコーナーに戻り、一息つく。


「ええ指示、ありがとう御座います」


選手は、コーナーに控えるトレーナーに言う。


「タイミング、どやった?」

「バッチリでした。

 俺も、『行こう』と思ったとこでした」


選手の返答に、トレーナーも厳しくニッコリする。

スパーリング、終了。

上々の仕上がりに、選手、トレーナーとも、満足する。


この週末には、キックボクシンブ界、春の一大イベントが行なわれる。


ストロングエイト・トーナメント


各階級の、ランキング上位8選手が、ツーナイト・トーナメントに挑む。

優勝者は「ストロングワン」と呼ばれ、IKGPチャンプ(世界チャンプのようなもの)への挑戦権が与えられる。


このトーナメントに、このジムから、助川三郎選手が選出された。

このイン・ローの選手である。

トレーナーの、格田進と共に、仕上がり具合を確認している。


二人が手応えを感じていると、オーナーがやって来る。

ジムのオーナー、ミート三九二(現役時のリングネームを、そのままオーナー名にしている)が、やって来る。


「どや?」

「順調っス」

「順調ですね」


ミート三九二は、助川、格田を順に探るように見て、うなずく。


「よっしゃ。

 二人とも、ええツラしとる」

「「ありがとう御座います」」

「今度のトーナメントは、いただきやな」

「はい!」

「いや、油断は禁物です」

「ん?」


格田の返答に、ミート三九二は、怪訝な顔を寄せる。


「なんでや?」

「対戦相手が、ちょっと気に掛かります」

「なんでや?」

「これを、見てください」


格田は、トーナメント表を広げる。

覗き込む、ミート三九二。

助川も、覗き込む。


「一日目の一回戦の相手は、山吹越後選手」

「うん」

「この選手は、ニックネームを「悪代官」と呼ばれていて、

 『強い』という感じでは無いのですが、ダーティ・テクニック、

 狡賢いテクニックに長けています」

「うん」

「とにかく、一筋縄ではいかない選手で、

 比較的素直でシンプルな、助川のファイトスタイルでは、

 苦戦すると思います」

「なるほど」


ミート三九二は、うなずく。

助川も、厳しい顔でうなずく。


「そして、これです」


ミート三九二と助川は、格田の声に、再びトーナメント表に目をやる。


「一日目一回戦を勝ち進んだとしても、

 二日目準決勝に当たる可能性が高いのが、この選手です」


格田は、トーナメント表の一点を、指差す。

そこには、コローケ清水、と書かれている。


「この選手は、相手に合わせて、自分のスタイルを変えて来る選手です。

 相手がサウスポー・スタイルで来たら、サウスポー・スタイル。

 相手がアウト・ボクシングで来たら、アウト・ボクシング」


ミート三九二は、目を上げて、格田に眼で問い掛ける。


「自分のスタイルをそっくり相手にやられてしまうと、

 やりにくいったらないですからね。

 だから、コローケ清水選手の戦法は、

 ミラーゲーム戦法とか、

 モノマネ戦法とかニセモノ戦法とか呼ばれています」


助川は、トーナメント表を、見つめている。


「助川は、右のアップライトですから、

 コローケ清水選手も、右のアップライトで来るでしょうね。

 やりにくい闘いになると思います」

「なるほど」


ミート三九二は、うなずく。

助川は、トーナメント表を、見つめ続けている。


「そして、決勝ですが」

「うん」

「優勝の大本命、現JKWPチャンプ(日本チャンプのようなもの)の、

 オカダカズヒコ選手と対戦する可能性が、かなり高いです」

「そうやろな」

「オカダ選手は、「百年に一人の逸材」と言われるほどの大物ですから、

 もうそのまま正攻法でも、苦戦必至でしょう。

 いや、正直、『かなり、負ける確率が高い』と思います」

「このままでは、そうやろな」

「このままでは、そうですね。

 なんか都合良く、必殺ブローとか必殺ムーブとか、

 新手を身に付けられればいいんですが ‥ 」

「そんなん期待したら、建設的やないやろ」

「はい ‥ 」


ミート三九二は、見つめる。

二人の話そっちのけでトーナメント表を喰い入るように見つめる、助川を見つめる。


頭の中で、シミュレーションしているのだろう。

いや、二人の話も聞くとはなしに聞いていて、シミュレーションに反映しているのだろう。

勝つ為に、自分の持ち手を見極め、展開を予想し、試合の流れのコントロール方法を考えているに違いない。


ミート三九二は、そんな助川を眩しそうに微笑むと、格田に目を戻す。


「とにかく」

「はい」

「イン・ローを、研ぎ澄ますことやな」

「はい」

「助川の、最大の武器なんやから」

「はい」

「イン・ローで負けたら、もうしゃあないやろ」

「ですね」


ミート三九二も、格田も、吹っ切れたように笑い合う。



「やりにくいなー」

「やりにくいですね」

「攻めもディフェンスも、なんかシックリ来んなー」

「同感です」


助川のセコンドに憑いている格田とミート三九二は、隔靴掻痒の感を強くしている。

なんか、シックリ来ん。

なんか、歯痒い。


対戦相手のコローケ清水選手は、やはりミラーゲーム戦法で来た。

助川に対して、同じ右アップライトの構えを取り、それどころか、攻めも守りも、助川に添って行なう。

攻められれば、同じように攻め返し、守れば、同じように守り返す。

リング上には、まるで助川が二人、あるいはコローケ清水選手が二人いるようだ。

同じ人物が睨み合って、闘っている。


かといって、コローケ清水選手が、リアクション・ファイトだけをしているかと言えば、さにあらす。

助川に、一瞬の間、隙、戸惑いができれば、リアクションを即時捨てて、ジャブを突き刺す。

そのジャブは、一回被弾したくらいでは、大したダメージを与えるものでは無い。

が、度々喰らっては、莫迦にならない。

現に、助川の顔は、赤く腫れ上がって来ている。



昨日の一回戦も、苦戦したが、なんとか勝ち上がった。

一回戦の相手は、山吹越後選手。

ダーティ・テクニック上等の、「悪代官」戦法の選手だ。


『なんか、助川のパンチもキックも、滑り気味になるな~』と思っていたら、身体中に、薄く分からんように、ワセリンを塗っていた。

ヌルヌルは、禁止なのに!


『なんか、山吹選手のパンチ、効くな~』と思っていたら、グローブの中の綿を、こっそり減らしていたらしい。

パンチを喰らった体感で、助川は分かったらしい。

どうやって、コミッションのチェックをすり抜けたんや!


加えて、打ち合いになったら、すぐ距離を縮めてクリンチ。

頭を極端に下げての、バッティングまがいの突進。

狙いすました、ギリギリラインの、ローブロー。

『偶然です。故意ではないんです』とばかりの、急所へのキック。


ダーティテクニック・オンパレードに晒され、助川は、肉体的ダメージよりも精神的ダメージを蓄積する。

いや、精神的ダメージの増加に伴い、そんなにダメージを負ってないはずの身体の動きまで、鈍くなる。


これが、ダーティ・テクニックの怖いところ。

精神のみならず、いつの間にか、身体的にも間接的なダメージを負わされる。

そして、いつの間にか、ペースを握られ、制空権、距離感を支配される。


確かに、助川の攻撃も当たっている。

山吹選手も、効いているはずだ。

でもおいそれと、握られたペース、流れ、空気感は、こっちには来ない。


そして、最終十ラウンド。

判定では、大差は付いていないだろうが、助川に不利と認めざるを得ない。

ラウンド開始のゴングが鳴り響く中、ミート三九二は、言う。


「もうええやろ」


「助さん、格さん、もういいでしょう」と言わんばかりに、ミート三九二は言う。

助川の眼、を見て。

各田も、うなずく。

助川の眼、を見て。

助川も、うなずく。


山吹選手は、ちょっとジャブを繰り返して来たかと思うと、すぐにクリンチに入って来る。

最終ラウンドはこれを繰り返し、逃げ切って、判定勝ちに持ち込むつもりらしい。


『うざいっちゅーねん!』


助川は、クリンチ・ムーブを繰り返す山吹選手を、両腕で無理矢理引っぺがす。

距離が、できる。

助川と山吹選手の間に、距離ができる。

イン・ローに、お誂え向きの距離が。


すかさず、格田の声が飛ぶ。


「アウト!アウト!

 そこでイン・ロー!」


アウト・ローを二発積み重ねて、すかさず、渾身のイン・ロー。


『入ったあ!』


山吹選手は、顔を大きくしかめる。

『あ、あかん』とばかりに、後ろ向きに倒れる。

仰向けに倒れる山吹選手の様子から、脚に全く力が入らないのは、一目瞭然。

脚に力が入らない以上、もはや、立ち上がることもできまい。


山吹選手が積み重ねて来たものは、一瞬にして失われる。

しかし、幾らコツコツと積み重ねようと、その方法や遣り方が真摯なもの、真っ当なものでなければ、こういうことは往々にしてある。

珍しく無い。


そして、助川も、コツコツ精進して、イン・ローに磨きを掛けて来た。

真摯な、真っ当な、無骨な方法で。

その方法が、たとえスピード感無く、亀の歩みあろうとも、着実に。


見た目の状況は、典型的、よくあることでも、その歩みは、深い。

歩みの深さ、プロセスの深さは、裏切らない。

深い方が、往々にして、報われる。


助川は、一回戦を勝ち上がる。

TKOで、勝ち上がる。

次は、準決勝だ。



そして、準決勝。

助川は、コローケ清水選手に、苦戦している。


ミラーゲーム戦法、モノマネ戦法とはいえ、コローケ清水選手の闘い方は、立派なもの。

相手のファイト・スタイルに照準を合わせ、自分の戦略を考え、取る戦法を選び、それを実行するためトレーニングする。

その上で、試合に臨み、相手を自分のペースに引きずり込む。


山吹選手とはまったく別の、真摯で真っ当な、磨き抜かれた闘い方。

ミラーゲームに引きずり込まれているはずなのに、モノマネされて苦戦しているのに、助川は、爽やかなものを感じている。


『なんや知らんけど、面白えな、おい』


助川は、思う。


コローケ山吹選手も思っていた。


『なんや分からんけど、面白い』


迎える、最終ラウンド。


ミート三九二は、助川と格田に向かって言う。


「もうええやろ」


言葉の意味が分かり、助川も格田もうなずく。


イン・ローだけは、真似をさせてはいけない。

真似をさせるつもりも、ない。

真似をさせない自信も、ある。


相手にイン・ローを返させる前に、最初の、こちらのイン・ローで、スパッとビキッと決める。


ゴングが、鳴る。

両選手が、飛び出す。

両者共、容易に手を出さない。


『もう、イン・ローしかないんやろ、

 ってか、ここまで来たら、イン・ロー、オンリーで来るつもりやろ』


コローケ清水選手の、胸の内。


『いつ行く、俺。

 いつ行くんだ、俺』


助川の、胸の内。


『じれったいな。

 なら、こっちから、誘ったるわ』


コローケ清水選手が、ポジションを変える。

イン・ローを打ち込むに、お誂えの向きに。


『罠か?

 いやもう、そんなこと言っとられん。

 打ち込むのみ』


助川は、体に風を起こす。


「アウト!アウト!

 そこで、イン・ロー!」


すかさず、格田の声が飛ぶ。


『掛かった!』


コローケ清水選手は、アウト・ローをあえて受けて、次のムーブに移ろうとする。

が、移れない。

アウト・ローの威力が想定より強くて、ムーブの移行が、数瞬遅れる。


『そんなアホな ‥ 』


アウト・ローを二発畳み掛けた助川は、間髪入れず、必殺のイン・ローへ。


『入ったあ!』


アウト・ローを畳み込まれ、体が流れていたコローケ清水選手は、なすすべもなく、イン・ローを喰らう。


右内側太腿を破壊されたコローケ清水選手は、ゆっくりと倒れる。

仰向けに、ゆっくりと倒れる。

そして、厳かに「ゴンッ ‥ 」と音が鳴るかの如く、マットに落ちる。


それを見たレフェリーは、大きく手を上げて、両手を左右に振る。

ゴングが、打ち鳴らされる。

助川のコーナーが、沸く。


助川は、屈みこむと、コローケ清水選手へ右腕を突き出す。

右のグローブを、コローケ清水選手へ差し出す。

コローケ清水選手も、『おお』とばかりに、倒れたままで右のグローブを差し出す。

お互いのグローブが、触れる。

お互いのグローブが触れたところから光が発したように、触れる。


助川は、準決勝も勝ち上がる。

KOで、勝ち上がる。

次は、決勝だ。



決勝の相手は、やはり現JKWPチャンプ、オカダカズヒコ選手。

まずは、助川からリングに上がる。

入場テーマ《死亡遊戯》で、リング上に上がる。

オカダ選手も、続いてリングに上がる。

入場テーマ《RainMaker》で、リングに上がる。


お互い、睨み合う。

オカダ選手の方が背が高いので、助川が見上げる形で、睨み合う。

両者共、自分のコーナーに戻り、ゴングを待つ。


カーン


ゴングが、鳴る。


試合が動いたのは、九ラウンドだった。

それまでの八ラウンド、互いに様子見、手は出すものの膠着状態の雰囲気が漂っていた。


出方を窺うような、ジャブ、フック、ストレートの、各種パンチの積み重ね。

探るような、ロー、ミドル、ハイの、各種キックの積み重ね。


どちらも、幾らかのダメージは受け重ねているものの、明確なダメージを喰らった一撃は無し。

オカダ選手の攻撃が、いつもよりローとボディーブローが多い、のが気に付くくらいだ。


九ラウンド。


オカダ選手は、やはり、ローとボディーブローから入って来る。

この試合は、ローとボディーブローで行くつもりか。

ローとボディーブロー中心で、この試合を組み立てているらしい。


組み立てていた。

それは、すぐに分かる。


ローローロー

ボディボディボディ

ローローロー

ボディボディボディ

ローローロー

ボディボディボディ


助川の意識が、体の下方に移行せざるを得なくなった時、それは来る。


ズバッ


音がしたかのように、右ハイキックが飛んで来る。

オカダ選手の得意技、必殺技の、右ハイキックが飛んで来る。


オカダ選手の右ハイキック、通称レインメーカーは、助川の左首筋目がけて、飛んで来る。

助川は、咄嗟に左腕を上げて、威力を削いだものの、首筋に多大なダメージを負う。

結果、瞬間的にBLACKOUTし、前のめりに倒れる。



「どうする?」

「は?」

「相棒、どうする?」


俺は俺と、対峙している。

背格好そっくり。

でも、二人には、一目で分かる違いがある。

俺は肌色、向こうは桜色。

体の色が、決定的に違う。


相棒?

記憶する限り、俺を相棒と呼ぶやつは、いないはずだ。

こいつ、誰?

俺とそっくりの、こいつ誰?


「俺の方は、大きなダメージ喰らったけど、立てない程じゃない。

 だから立って、試合を続けようと思ったら、続けられる」


そいつは、じっと俺を見つめ、間を置く。


「というわけで、お前次第や。

 心折れて、『このまま寝ておきたい』と思うんなら、

 このままダウンしてたらええ。

 『なにくそ』とか『ちくしょー』とか思うんなら、

 立ち上がって、ファイティング・ポーズ取ったらええ」

「俺次第?」

「そ、メンタルのお前次第」


俺は、メンタルの、心とか精神なんか。

なら、あいつは、フィジカルの、身体とか筋肉・骨その他諸々なんか。

で、二人は相棒同士と。


違いない。

生まれた時からの、相棒同士や。

死ぬまで離れるに離れられん、二人で一人の相棒同士や。

こんなところに、一番大事な相棒がいたとはな。

灯台下暗し、盲点やった。

しかし、換言すれば、自分の中に頼りになる相棒がいるわけやから、こんな心強いことはない。


「もちろん」

「もちろん?」

「俺は、立ち上がる。

 俺は、行く」

「そうこなくちゃな、相棒」

「ああ、相棒」


光が、広がる。

視界が、広がる。



助川は、立ち上がっている。

震える足をしっかとマットに付け、脚に力を込めて立ち上がる。

カウント8で、ファイティング・ポーズを取り、レフェリーを睨みつける。

目は死んでいない、生きている。


「やれるな」

「もちろんです」


レフェリーの問いに、しっかり答える。

レフェリーはうなずき、試合続行。


もう、イン・ローやろ。

イン・ローしかないやろ。


オーナーとトレーナーのGoは未だ出ていないが、助川は、イン・ローを打つことに決める。


ファイト再開と共に、イン・ローのステップを踏む。

オーナーとトレーナーも、気付く。

二人とも、『あっ』と云う顔をする。


アウト!アウト!

そこで ‥


左脚へのアウト・ロー二発は決まったが、右脚へのイン・ローは決まらない。

右脚を曲げて、宙に引き上げられる。


『ちっ』


と思うのもつかの間、引き上げられた右脚は、前へ、助川の方へ踏み出される。

右脚と連動して、右拳も突き出される。


鮮やかなイン・ロー破り、攻防一体。


助川は、なんとか上半身を反らしスウェーして、パンチを間一髪かわす。

が、背中、背筋に、氷柱の痛みが走る。

下半身はローキックを放っていたところへ、上半身を無理に反らした。

上半身と下半身で、急激に無理に、違う動きをとらせる。

その代償で、背中が悲鳴を上げ、背筋に氷の痛みが走る。


『ヤバい』


助川が敗北への道を見、オカダ選手が勝利への道を見出す。


カーン


しかしてその時、ラウンド終了のゴングが鳴る。


助川はコーナーに戻って来るやいなや、ミート三九二と格田に言う。


「コンビネーション2.0、で行きます」


有無を言わさないその顔つきに苦笑を返し、格田は、ミート三九二を見る。


「もうええやろ。

 行ってまえ」


ミート三九二の発した言葉を受けて、格田が『そうやて』とばかりに、助川を見つめる。


「はい」


助川は小さく強くハッキリと返事すると、目を瞑る。

目を閉じて、開始のゴングを待つ。


カーン


最終ラウンドのゴングが、鳴る。

二人共、コーナーから飛び出す。

この闘いを判定に委ねてたまるか、俺たちが決める、との思いを表わすかのように。


助川には、もはや、イン・ローしかない。

イン・ローしか、打つ気がない。


オカダ選手は、『助川は、インローで勝負を賭けて来る。イン・ローでしか、闘いを決めに来ない』と確信している。

イン・ローを待ち、見事なまでのカウンターで返り討ち、を狙う。


助川が、左脚を踏み込む。


『来た!』


アウト!アウト!

そこで ‥


オカダ選手は、インローの攻撃に備え、膝を曲げて右脚を上げる。

パンチに備え、右腕を若干引く。


『えっ』


オカダ選手の右内側太腿目掛け、横にスライドするはずの、そのはずの助川の右脚は、上方に転じる。

持ち上げられた助川の脚は、弧を描いて突き刺さる。

オカダ選手の、左脇腹へ。


アウト!アウト!

そこで、ミドル!


オカダ選手は、咄嗟に左肘を落として防御するものの、こらえ切れないミドルの威力を喰う。

左脇腹を中心点にして、身体を《くの字》に曲げる。


からの ‥


助川は、身体を曲げることで不安定になった、不用意になったオカダ選手に右内側太腿に、狙いを付ける。


イン・ロー!


ドシュッ、と音がしたかのように、助川の右脚が放たれる。


『入った! ‥ 痛った!』


オカダ選手の右内側太腿へ、助川の右足が喰い込む。

助川の右足甲に、ピキピキ、と音が立ったかのように、激痛が走る。


オカダ選手の右脚は、傍目にも分かるほど強烈に蹴られ、そのダメージは明々白々。

蹴られた右足をマットに付けるが、右脚に全く力が入らない。

右脚から、腰砕けで崩れ落ち、ペタンとマットに尻餅を付く。

座り込み、そのままカウントを聞く。


助川は、眼で訴えかける。


『ナイスファイト』


オカダ選手も、眼で答える。


『グッジョブ』


眼が、視線がグータッチして、お互いを称え合う。


オカダ選手はそのまま、十カウントを聞き、ゴングが鳴り響く。

ミート三九二と格田は、リングに出て来ることはせず、その場で拳を突き上げる。

レフェリーに手を上げられ、コーナーに戻って来た助川は、ミート三九二と格田に、グラブ越しのグータッチ。

二人も右手で、順に受ける。


会場、沸騰中。



どら焼き上半分大に腫れ上がった、右足甲を冷やしながら、助川は答える。

ロッカーで記者陣に囲まれ、質問に答える。

助川が答え、格田が答え、たまにミート三九二も答える。


質疑応答の締めに、記者の一人が、聞くともなしに聞く。


「足の甲が完治するまで、IKGPチャンプへの挑戦はお預けになるから、

 残念ですね」

「 ‥ いえ、後悔はしてないです」


助川は、ここで間を置く。


「イン・ローの、勲章なんで」


記者陣に答えるかのように、相棒に語りかけるかのように、腫れ上がった足の甲を見つめ、助川は言う、思う。


な、相棒。


おう。


{了}

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