級友との交流 1
「学校の勉強なんて、しない」
祥一郎は海岸で砂を掘って横に積み上げていく。
ある程度の高さになると、両手でぎゅうぎゅうと固めた。
「トンネル作る。僕こっちから掘るから、神様はそっちからね」
自称海の神様は頷いたが、ハッとして首を振った。
「子供は勉強しなくてはいけない。馬鹿なままでは将来困るぞ」
「将来なんか無いよ。勉強は中卒程度は習得してる」
つい、子供口調を忘れて言った。
高校位になると、大型の怪異を消せるようになり、退魔師として活動する為、自然と高校は行かなくなってしまう。学校の勉強は得意では無いし興味もない。
「大人びておるのに、砂遊びが好きとは、変わった子ですねえ」
「今まで海の近くに住んだ事なかったし、小さい時から砂遊びもゆっくりできなかったからね。怪異が寄って来るからさ」
「成程、私がいるから外で安心して遊べるようになったのですね。それは良かった」
「神様といるのも疲れるけど、怪異に比べたら楽」
「そうか、あまり力を放出しないように気を付けよう」
2人で掘り進めた結果、真ん中辺りでお互いの手がぶつかり、中で何となくお互いギュッと握りしめた。
神様の手は冷たくて、痛いくらい強く、祥一郎のに絡みつくようだった。
「トンネル繋がった!」少しゾッとしたが敢えて元気よく言った。
「2人だと楽ちんだ」と祥一郎は2、3回握り返すと放した。神様も放してくれたので、そっと手を引いていく。
伏せてトンネルを見ると向こうに海の神様の顔が見えた。
「やっほー」砂まみれの手を振ると笑顔が帰ってきた。
「他に友達はいないのか?」
対角でトンネルをもう一本作ろうと新たな穴を開ける。
「学校では大人しくしてる。スポーツ苦手だから、集団に加わらないし、7歳の精神の範囲で話し続けるのしんどいし」
「不思議な事を言う。思うがまま、あるがままで良いではないか。友達を連れてくれば良い。私は狭量では無いぞ?」
『そいつが神様について行くって言ったらどーすんだよ!』
祥一郎は死神になりたく無い。普通の7歳児は海の神様に逆らえない。
「考えとく。今は特に要らないかな。神様がいるし」
「愛い奴だ」
海の神様は砂山の向こうから身体を伸ばすと祥一郎の額に軽く口付けた。
他の人間には見えないが、そこに神様のものだと示す所有印が付けられている。
祥一郎を取り巻く結界も強化され、少しクラクラして目を伏せて誤魔化す。
怪異を引き寄せ易い体質は、転移しても変わらないのに、幼いので自力で構築できる結界の耐久性は弱い。溺死から逃れるために結ばされた契約だが、嫌々ながら頼らざるを得ない。
「恥ずかしいよ、神様」
「祥一郎が、私に付いて来てくれないからだ」
「死んじゃうって」
祥一郎は、自分が海の水底にいて、遠い海面を見上げているところを思い出した。ずっと居たいとは思えなかった。
「僕、前は水が怖かった。でも、溺れて死にかけたのに、もう怖くないんだ。海の神様のせい?」
「そうだね。怖がられたら、悲しいから」
全く、祥一郎は、海の神様にどこまで変えられたのだろう?
深く考えるのを止め、祥一郎は慎重に片側から砂のトンネルを掘り進めていった。
海の神様は袂から表面が波打つ10センチ位の赤い貝を出してきて、砂山の天辺に置いた。
「可愛くなった」と自己満足しているのを無視して掘っていると、徐に頭部に手を回された。
「え?」
撫でようとしているのかと思っていた。
バチン!
音がして振り返るとサッカーボールが弾みながら海へ転がって行くのが見えた。
「危ない!ボールが頭に当たる所だった!」
「そうだったの⁈」
「ああ、手がジンジンする。当たらなくて良かった」
顔を顰めながら手を擦るので、確認して握ってあげようとした。
「あー!俺のボールがー」
道の方から声がして、子供が全速力で駆けてきた。
そのままボールを追って砂浜を走り、波打ち際まで行くと、止まった。
ボールは少し沖まで流されて、こちらへ打ち寄せられる感じでは無かった。
「神様?ボール取ってあげないの?」
祥一郎は水際で佇む子の後ろ姿を眺めつつ言った。
「自分で取れるだろう、あの位なら」
「いや、結構離れたよ?神様が弾いたからあんなとこまで行っちゃったんでしょ?取ってあげてよ」
「それはお願い?」
海の神様はじっと祥一郎を何か期待するような目で見た。
「うん?そうだね、お願い」
「叶えよう」
神様は嬉しそうに言った。
なぜ嬉しそうなんだろうと、祥一郎は思ったが、神様自身も何故かは分からない。
さり気なく海に向かって、ちょい、と手首を返した。
すると、波がボールのある沖から立ち上がり、砂浜に向かって盛り上がりながらやってきた。
ボールはそれに乗って海岸に打ち寄せられた。
「うわ」
祥一郎は慌てて立ち上がった。
水際から離れたところにいたのに波がやってきたからだ。波は瞬間、膝下までやってきて、乾いていた砂浜が一瞬にして黒く濡れた。
波打ち際の少年は避ける間も無く全身びしょ濡れになった。
祥一郎が下を見ると、膝上のショートパンツにサンダルだったので、辛うじて服は濡れなかった。
「あー!」
今度は祥一郎が大声を上げた。
せっかく作った砂山はほぼ崩れてしまっていた。
「ああ、トンネルまで作ったのに!大きすぎるよ!」
祥一郎は神様をきっと睨んだ。
「また後で作り直そう」
「もう、下手くそなんだから!作り直す気力も無いよ!」
プイと身体を背け、祥一郎はボールを取りに行くと、尻餅をついてしまった子の所へ行った。
「大丈夫?びしょ濡れになっちゃったね」
男の子は祥一郎の方を振り返った。
「はいこれ、ボール」
「今の波、何なの?」目を丸くして海を指差した。
「ボールのあったとこだけ、波が起こったよ?見た?」
「うーん、それ見てない。急に波が来たね」
えへっと可愛く(祥一郎が思う)誤魔化した。
「古川?」
「うん、あ、えーと、秋月?」
祥一郎は思い出しながら言った。同じクラスの同級生だった。
「何故サッカーボールを海に落としたんだよ」
「ドリブルしながらサッカー場へ向かってたら、置いてあった石に当たって転がって行っちゃってさ。まさか、あんなに転がるとは思ってなかったんだ」
「海に入らなくて良かったね。でもびしょ濡れだけど」
「そうだよな。前、誰か溺れたって聞いたから、入ろうかどうしようか迷っちゃって」
「それ、僕だよ。急に深くなる所があるんだ」
「古川だったのか!良かったな、助かって」
「助けてくれた人がいたからね。運が良かったのさ、秋月と一緒で」
秋月はボールを受け取るとニカッと笑って
「家に帰って着替えて来るよ。古川も一緒にサッカーしに行かない?」
「え?」
祥一郎は海の神様の事を思い出してチラチラ辺りを見たが、姿が見えなくなっていた。
「いや、サッカー、ほぼやった事ないし」
「教えるよ!ってほど上手くないけど。リフティングは得意」
「リフティングって?」
「そこから⁈」
秋月は古川にボールを渡した。
「ここで待ってて!大急ぎで行って来る!」
「え、ちょっと、僕は」
ちゃんと断ろうと返事をする前に、素晴らしいスピードで行ってしまった。
「あー、もう、面倒臭いな」
秋月の家を知らないので、どの位で帰って来るのかわからない。
仕方無く砂浜の濡れてない場所に腰を下ろした。
「あの子と遊びに行くのかい?」
真横の上から声がした。いつの間にか海の神様が立っている。
「うーん、僕サンダルだよ?でも、ボール預かってるから帰れない」
「良かったね、話すきっかけができて」
「そんなんじゃ、あれ?」
ふと見上げると、神様はしてやったりとニンマリ笑った。
「わざとやったの?」
「そうさ」
「嘘!僕が神様以外で仲良くするの、嫌なんだろ?」
「そうだけど、学校で友達が1人もいないのは寂しい」
「余計なお世話!」
「私の好きな祥一郎に、寂しい思いはさせたくない」
キッパリ言われて、祥一郎の頬が多少赤くなった。
「過保護なんだよ」
「それに」
海の神様は少し厳しい顔になった。
「あの子、何か憑いてる」
「⁈見えなかったよ?」
「大元は家族の誰かに取り憑いてるんじゃないかな。はっきりとは見えないが、その一部が憑いている感じだ」
「うわあ、こっちに来たら嫌だなあ」
「祥一郎は僕が守ってるから大丈夫だ。向こうも、それをわかっている。あっちの邪魔しちゃ駄目だよ?」
「ふーん、気をつけるよ」
祥一郎はにっこり笑った。
『前の世界なら全て瞬殺だったのになあ』
自身の強大な力だけでは無く、吸血鬼の能力まで一部手に入れていたのに…。
歯痒く思うが、仕方無い。
「来ないし!」
「そうだな」
直ぐだろうと気軽に待っていたが、全く来る気配が無い。
「どの位経ったんだろう。風呂入ってる?にしても遅いよね。神様わかる?」
「付近には居らぬな。あまり海から離れると気配がわからなくなる」
「えー、僕は、今回は駄目だな、わかんないや。あーどうしよー」
結局、日が暮れてきたが来なかった為、帰ることにした。ボールは家に持って帰って、次の日帰りに渡そうと思った。
「昔ならクラス全員の電話番号がわかったけど、最近は学校からメール一斉配信だからなあ。便利で不便だ」
帰ると案の定、
「そのボールどうしたの?」
と聞かれた。
「水厨(浜の名前)で同じクラスの秋月君と会って、預かったまま待ってたけど、帰って来なかった。明日家に寄ってもらうよ」
「海に1人で行かないでっていつも言ってるわよね⁈」
「友達と行ったんだよ」
「友達と居ても気をつけて!海に入らないでね」
「わかってるよ!もう溺れたく無いから」
「祥一郎、お願いよ?」
母は念押しするように、祥一郎をギュッと抱きしめた。
少し照れ臭かったが、気持ちはわかるのでそのままいた。
この世界の古川の両親は、きちんと祥一郎を構い、可愛がってくれる。
これまでの世界で子供だった時、大概の親は男か女かわからない自分の身体を忌み、哀れみ、寄ってくる怪異を恐れて、自分も同じ扱いをされて遠巻きにされた。
「今日の晩御飯は?」
「祥一郎の好きなトンカツよ」
「やった!大好き!」
「ほら、早く手洗いとうがいしなさい」
「はーい!」
祥一郎は、日常のよくある会話を堪能しつつ洗面所に行った。
秋月に憑いているモノの事はすっかり忘れた。




