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鈴谷さん、噂話です

パワハラ上司と体育の授業

 「パワハラです!」

 

 ある日、一年目の新人君がそう訴えて来た。なんでも彼を指導する坪山という上司が厳し過ぎるのだそうだ。少し作業が遅いだけで、叱って来るのだとか。

 彼はシステムの運用部署に所属していて、私とは所属が違うのだけど、最近になってハラスメント対策委員とやらに私がなってしまったものだから(一応断っておくと、2年ごとに回って来る当番みたいなもので別に偉くとも何ともない)相談しに来たのだ。

 私は「まぁまぁ」とやや興奮した様子の彼を宥めた。

 「最近の子は、我慢ができなくていけない」なんて言葉が出て来ると歳を取った証拠だろうが、つい小言を言いたくなってしまう。私が入社した頃は上司から酷い叱責を受けてもただただ耐えるしかなった。

 まぁ、もっとも、私だって、もし入社したばかりの頃にハラスメントが社会問題化していたら、大いに活用していただろうけど。

 とにかく、一方的に彼の話を鵜呑みにはできない。“ハラスメント・ハラスメント”といって、真っ当な注意を「ハラスメントだ」と過剰に反応する社員も少なくないからだ。

 ところがそう思って、「坪山さんにも言い分はあるのでしょう?」と私が尋ねると、その新人君は、

 「坪山さんは“体育の授業”とか、なんかそんな事を言っていましたよ」

 などと返して来るのだった。

 「体育の授業?」

 「はい。さっぱり訳が分からないでしょう?」

 確かに訳が分からなかった。

 これでは坪山さんを擁護できない。“自分で考えてみろ”という事でもないのだろう。坪山さんは不器用なタイプで口下手だから、きっと巧く伝えられないだろうと思って途中で諦めてしまったのだ。

 新人君が理解してくれるとは思わなかったのかもしれない。

 

 ――さて、どうしたものか?

 

 このままでは新人君は納得しないだろうし、かといって詳しく事情も知らないのにパワハラだと報告するのも気が引ける。

 坪山さんがもう少し器用だったなら、まだやりようもあっただろうに。多分だけど、私が説明を求めても、「別にいい」と断って来るような気がする。「処分でも何でもしろ」と言って。

 私は少し考えると凛子ちゃんに相談してみることにした。鈴谷凛子ちゃん。同じアパートに住んでいる大学生の女の子で、妙に勘が鋭いところがあって、こんな謎を軽く解いてくれたりするのだ。

 電話で事情を説明すると凛子ちゃんは「体育の授業のですか?」と流石に分からないといった声を出した。

 そりゃそうだろう、と思い私は返す。

 「そう。仕事の話なのに変でしょう?」

 ただ彼女はそれから、「あの…… もしかして、ですが、その新人の人がやっている業務って危険があったりしますか?」などと訊いて来たのだった。

 「システムの運用部署だから、多分、リリースに失敗したりしたら、大問題になる場合もあると思うけど?」

 「うーん」とそれを聞いて凛子ちゃんは唸る。それから仮説を述べ始めた。

 「体育の授業ってある程度の緊張感がなくちゃいけないんだそうです。運動すると怪我するかもしれないでしょう? だから……」

 その彼女の説明に、私は“それかもしれない”とそう思ったのだった。

 

 「俺が子供の頃の話なんだけどよ。教師が怖くってさ、仲間の親の一人がクレームを入れたんだわ。もっと“優しく指導してください”ってな」

 

 私が凛子ちゃんの仮説を話すと、意外にも坪山さんは饒舌に語り出した。

 「学校側から怒られて、PTAでも問題になって、それでその教師はすっかり大人しくなった。

 俺らは憎らしく思っていたからよ、“勝った! 勝った!”って大喜びしていたんだ。当然、体育の授業も気楽にやった。その教師の注意も無視したりなんかして。

 ところがだ。それで調子に乗って児童の一人が大怪我しちまったんだよ。その教師は当然処分を受けた。流石に、“俺らの所為で”って悪い気になったよ。その後で、全員で謝ったんだが、その時にその教師は言うんだよ。

 “厳しくしていたのは、俺らを緊張させて大怪我を防ぐ為なんだ”ってな。正直、その話が本当なのかどうかも分からないんだけどよ、なんだかずっと心に残っていてな。だからつい厳しくした方が良いって思っちまうんだよ。

 もしミスったら、責任を問われるのはあいつ自身だしな」

 私は話を聞き終えると、“なんだ、そういう事か”と安心をした。これで新人君も納得するかもしれないし、上にも話を通せる。少なくとも嫌がらせ目的ではないと分かったのだし。

 「それを説明すれば良かったじゃないですか」

 そう言ってみると、坪山さんは「今の連中にこういう話が通じるとは思わなくてよ」と照れ臭そうに言い訳をした。

 まぁ、確かに、なんとなく精神論っぽい雰囲気はある。

 何にせよ、まず話してみなければお互いが何を思っているのかなんて分かるはずがない。ディスコミュニケーションはいけない。これはきっとどんな世代にも言える事なのだろうと思う。

同じ質問を何度も何度もしてくる新人君に「前にも同じ質問したよね?」と返したら、「そう言われるのが苦痛です」と言われて非常に困った経験があります。

30分くらい質問責めして来るから、こっちの仕事も遅れるし。

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― 新着の感想 ―
[一言] あとがきに対する感想になってしまって申し訳ないですが 質問するってことは やる気があるのだけど 覚え方というか、 効率よくやるやり方を知らないというか そんな感じなのかもしれないですね …
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