ひとをのろわば
地元の小さなフリーマーケットで、小学生ぐらいの子供が店を出していた。
ラップの芯にガムテープをぐるぐると巻きつけて作られたものに、 『ひのきのぼう 10ゴールド』。
剣のかたちの厚紙にアルミホイルを巻きつけたものに、 『はじゃの剣 100ゴールド』。
そのほか、 子供らしい工作ともゴミともつかないようなものが値札とともに多数並べられていた。
そんな中にひとつ、 異質なものを見つける。
自分のシッポをくわえたヘビがモチーフの指輪だった。
全体がゴールドにかがやき、 両目やもようの一部にオニキスがあしらわれている。
厚みもあり、 安くとも四万か五万円はしそうだ。
『のろいのゆびわ』という名前とともに書かれている値段は150ゴールド。
「150ゴールドは日本円に換算するといくらなの?」
「かんざん……?」
「じゃあ、1ゴールドって何円?」
少年は両腕を組んでわざとらしくしばらく考え込むと、
「うーんと……1ゴールドは10円です!」
つまり1500円か。
「『のろいのゆびわ』をくださいな」
明るい口調で私は二千円札を差し出した。
少年は、指輪と五百円硬貨を返しながら、
「ありがとうございます、 装備していきますね?」
「ん? えぇ、 もちろん」
聞いたことのある定型句だ。 装備するかと聞くぐらいなのだからきっと装備してほしいのだろう。
受け取ってすぐ、右手のひとさし指にハメてみせた。
と、指輪はミシミシと音を立て、指に食い込む。
痛みはなかったが、 その感触におどろき思わず指からはずそうとする。
はずすことができなくなっていた。
「これって……」
「『呪い』です!」
少年は胸を張って答える。
「えっと……『呪い』っていうのはなんなの?」
「装備したらはずせなくなります」
たしかに、指輪は、指の肉の一部として完全にくっついている。
「あと、1歩進むごとにエイチピーが百減ります」
少年がハキハキと答えるが、なにを言っているのかわからない。
「ふつーのヒトなら3歩ぐらいで死んじゃいます」
そんなバカな。
そう思いつつ、私は一歩後ずさった。
とたんに激しい倦怠感におそわれる。 それと同時に軽いめまいを感じ始め、 一瞬で、 少年の言葉が真実であると思い知らされた。
おどろきと困惑のなか、必死の思いで指輪を引っ張る。
が、ビクともしない。
ムダにあがきつづけるわたしに、 少年がトートバッグからガラスの小瓶を差し出した。
「呪いは、この『聖水』をかければ解けます」
私が手を伸ばすと、少年は小瓶を引っ込め、
「二万ゴールドですっ」
二十万円――
ここにきて、ようやく気がついた。
少年が、間抜けな私をペテンにかけたのだと。
「もちろんバーコード決済もできますよ」
そう言いながら少年が取り出したタブレット端末には、QRコードが画面いっぱいに表示されていた。
少年の用意の周到さにふつふつとした怒りを覚えつつも、私は、なるべく冷静に考えをめぐらせる。
簡単な話だ。 呪いは解きたいが、 お金は払いたくない。
なにより、 この『したり顔』をした子供におもいしらせてやりたい。
考え込む私にたいくつしたのか、 少年はバッグのなかを整頓し始める。
タブレット端末や小瓶が取り出されてもバッグは、 まだ荷物がつまっている。
駄菓子にペンケース、 ポケットティッシュ、 お財布、 そして聖水の小瓶?
「……その聖水って、何本あるの?」
予期しない質問にとまどいつつも、少年は自分の持ち物を調べる。
「この一本と、おかあさんに持たされた予備のがもう一本あって、全部で二本です」
少年の荷物をのぞき込むと、間違いなく、もう一本だけはいっている。
「そうだね、 一本だと危ないもんねぇ」
少年は、私の言葉の意味がよくわかっていない様子だが「はい!」と返事をする。
――やることは決まった。
「じゃあ、2本とも買うよ」
なんで?――と言いたげな少年を無視して自分のスマホを操作する。
クレジットカードから自動でチャージされるため、一回の買い物で五十万円までなら払うことができる。
QRコードを読み取り、操作し、支払いを終える。
「ありがとうございまーす」
聖水の小瓶を二本受け取り、一本はポケットにいれ、もう一本のフタを開ける。
小瓶を逆さにして、なかにはいった液体を指輪にふりかける。
中身を使い切ったとき、指と指輪の癒着がすこしだけゆるんだのを感じた。
引っ張ると指輪はあっさりと抜けてしまう。
私はわざとらしく肩を落として見せて、
「はぁ……もう呪いはコリゴリだよぉ」
その言葉に少年がケラケラと笑う。
「これ、 捨てておいて」
言いながら、聖水の空瓶を差し出した。
受け取ろうと少年が手を伸ばし――その手を私はつかむ。
間髪入れず少年の指に『のろいのゆびわ』をはめた。
「え? ――あ、 あーっ!?」
少年が声を上げた。
すぐに指輪を抜こうとするが、ときすでに遅く、指輪は少年の指に完全に癒着した。
そして、私はクチを開く。
「じゃあこれ、 六万ゴールドでいいよ」
スマホを操作して、送金用のQRコードと聖水の入った小瓶を突きつける。