僕は今でもあの手を求めてる
これは泣き虫だった僕にいつも手を差し伸べてくれた女の子の話だ。
僕が小学三年生のある日、廊下で走っていた上級生にぶつかって、壁に頭をぶつけてしまった。そして挙句の果てには、「邪魔だ」といわれる始末。頭をぶつけた痛みと上級生の理不尽な怒りが相まって勿論僕は泣いた。泣いてしまった。そんな泣いている僕の頭に、ポンと手が置かれた。見あげるとその手は仲のいい女の子の手だった。
その女の子はカチューシャが特徴的で、毎日のようにカチューシャをつけていた。姉御肌な彼女は、優しくて、面倒見がよくて、僕にとって友達であり、姉のような存在でもあった。
「大丈夫?」そう言う彼女の声はとても優しくて、僕の頭を撫でる彼女の手はとにかく暖かかった。
「ありがとう」鼻をすすりながら言った感謝の言葉には、「いつもの事でしょ」と笑いながら返ってきた。泣き止んで見あげた僕にとって彼女の笑顔はこの世の何よりもまぶしかった。彼女の後ろの窓から見える青空と太陽なんて比にならないまぶしい笑顔は、まるで雑誌の表紙のような美しさがあった。見とれると同時にカメラを持っていない自分を少し責めた。あまりにも綺麗すぎた彼女を写真に収めたかった。
そして季節は巡って、進級が近づいていた冬の終わり。彼女が転校するという話が耳に入った。彼女はいつも通りで、あまり変わった素振りは見せなかった。そして終業式を迎えた僕の靴箱には「明日の13時学校に来てほしい」とだけ書かれた手紙が入っていた。名前が書かれていなかったけど字を見ればすぐ彼女だと分かった。
翌日、僕は学校に歩いて行った。その日はなんだか体が重かった。行くのが少し怖かった。学校に向かう途中の僕の頭に何度も風に飛ばされた桜の花びらが落ちてきて、振り払って、それを繰り返しているといつの間にか学校についていた。彼女を探すまでもなく僕は、僕の学校で一番大きい桜の木の下で待っている彼女を見つけた。僕を見つけると間を入れながら笑顔でこう言った。「私明日転校するの。それで…これあげる」儚げな笑顔をしながら彼女は僕の強く握っていた手を開かせ、袋を持たせて「大事にしてね。バイバイ」そう言いつつ彼女は去っていった。涙目で去る彼女を引き留めることは僕にはできなかった。袋の中にはポーチが入っていた。ポーチに何か入っていると気づいた僕はポーチを開ける。開けると中には1通の手紙と桜の押し花で出来た栞が入っていた。手紙には「今まで本当にありがとう。とっても楽しかった。そして最後に1つだけ。もう泣いても私はいないから頭を撫でてあげることは出来ないよ」名前がちゃんと書かれている彼女の手紙を読み終えた僕は、泣いてしまった。彼女がいなくなってしまう事。もう撫でてくれるあの暖かい手はない事。そう思うと涙が止まらなかった。泣いている僕の頭には何枚も桜の花びらが乗っていた。