桜の木の下に彼女を埋めた
『春の推理2022』に参戦させていただきます。テーマが【桜の木】でしたのでずっと前から書きたいと思っていた御題でした。
「桜の木の下に彼女を埋めたの」
松山城の外れにある桜の木を指さして、祖母はそう言った。
その桜の木は松山城の外れも外れにあり。
茶屋の裏に城までの裏道があって、少し開けた場所があった。
そこに件の桜の木が、ひっそりと佇んでいる。
祖母は病に侵され、余命幾ばくもなかった。
そんな祖母をおぶって桜の木の所まで来たのだが。
俺はおぶっていた祖母を降ろす。
祖母はよろよろと桜の木に向かって歩き、幹に手をかけ満開の桜を見上げる。
「桜の木が、見たい」
少々引っ掛かる言い方ではあった。
桜の花が見たいではなく。
桜の木を見たい?
祖父との思い出の木なのだろうか?
祖父は政治屋をしていた。
俗物な人物だったけど、祖母はそんな祖父に良く使えていた。
祖母の家は没落した名家で、借金を肩代わりしたのが祖父の父だと言う。
祖母は良く言えば政略結婚、悪く言えば身売りの様なもので。
よく親族の集まりの時悪し様に言われていたらしく。
祖母の弟が、苦々しくこぼしていた。
祖母の弟は俺にとって大叔父に当たるのだが。
大叔父も曽祖父にお金を出して貰って大学に通わせて貰っていたから。
九条家に逆らう事が出来なかった。
祖母は親族の嫌味や嫁いびりや祖父の浮気にも耐え、九条家に尽くしていた。
凛と背筋を伸ばした祖母の姿は、気品に溢れ今でも俺の心に刻み込まれている。
曽祖父も祖父もやりたいほうだいやって、ポックリ逝ってしまい。
後には借金と妾の子供を三人(一人は曽祖父の子供だ)押し付けられる形になった。
それでも祖母は曽祖父の残した建築会社を立て直し。
一人息子と妾の子供三人を無事大学を卒業させた。
四人の子供は各々自立して筒がなく暮らしている。
祖母は病に倒れた。
無理をしすぎたのだ。
祖母の人生とは何だったんだろう?
端からみたら、苦難に満ちた人生に見えた。
祖母は幸せだったのか?
病室から見える桜の木を見て、祖母はポツリと言った。
「松山城の桜の木が、見たい」
祖母の病室を訪れるのは、身内では俺一人。
曽祖父と祖父が亡くなったとき、親族は沈みかけた船から逃げるネズミ宜しく祖母を切り捨てた。
祖母の弟も妾の子供も父も母も祖母の病室を訪れる事は無かった。
恩知らず‼️ 散々金をせびっておいて‼
いや……
拒絶したのは祖母か……
最後ぐらい金の亡者共の顔などを見たくも無いのだろう。
皆は祖母を恐れていた。
借金まみれの会社を立て直し、父や妾の子供達を育てた祖母は、かなり偏屈な性格になってしまったと。
ずっと後になって、若い頃の祖母を知る祖母の友人が教えてくれた。
人を頼る事も信じる事もしなくなったと。
祖母の結婚が決まった時、駆け落ちしょうと持ち掛けたが。
振られてしまったとその友人は寂しげに笑う。
病院に入院してから面会は弁護士と俺しか許さなかった。
何故だか。
祖母は三人いる孫の中で、出来の悪い俺をとても気に入ってくれていた。
俺は医者に相談して数時間だけ、外出許可を貰い祖母を連れ出して。
祖母をおんぶして裏道をえっちらおっちら登りその桜の木にたどり着いた。
「あの桜の木の下に彼女を埋めたの」
祖母はぼそりと言う。
「彼女の名前は【榊原さくら】」
この木と同じ名前ねと舞い散る花びらを眺めて言う。
「あの娘は小説家を目指していたの」
祖母は手を伸ばした。
「彼女と私は昔からの知り合いで……そうね……幼馴染と言うやつね」
祖母の手に桜の花びらが、ひらひらと落ちた。
「いつも笑っていた」
ギュッと桜の花びらを握り潰す。
「夢を追うあの娘が憎かった‼ あの娘の笑顔が憎かった‼」
祖母は虚ろな眼で俺を見る。
瞳の奥に鬼火が灯る。
「だから……この木の下に埋めたの」
はらはらはらはら
祖母の目から涙が零れる。
「もう帰ろう」
俺は暫くして祖母をまたおんぶして城を降りた。
その夜
祖母は死んだ。
祖母の葬儀の間中親戚ども(ハイエナども)は遺産について言い合っていた。
うんざりした。
誰も祖母の死を悼んでない。
俺は葬儀が終わるとさっさと帰ろうと車に向かう。
その時声を掛けられた。
振り向くと一人の老人が立っている。
祖母の友人だそうだ。
いや……
恋人だったと言う。
少し話さないかと言われたので、二人でぶらぶらと土手を歩く。
土手には幾本かな桜の木が満開だった。
老人がぼつりほつりと祖母の若い頃を話してくれた。
結婚の約束をしたが、祖母の家が没落して……
一緒になれなかったとうつむく。
若い頃の祖母は良く笑う娘だったとか。
遺影の祖母はしかめ面だった。
同じ人物だとは思えない。
「あの……ちょっとお聞きしていいですか?」
俺は老人に尋ねる。
「榊原さくらって人知っていますか?」
「榊原さくら? ああ……幼馴染だそうだ。小説を書いていて……直接会った事は無いんだが。彼女の話にちょくちょく出ていた」
「そうですか……榊原さくらさんは今どうしているか知りませんか?」
「いや……悪い……彼女が結婚して……辛くてね。私は自衛隊に入って北海道に行っていたから大学の友人とも疎遠になってしまって……」
「そうですか……いえ……すみません……幼馴染だと聞いていたので。今日の葬儀には来られてなかったので気になって……」
「皆もう年だからね。亡くなっているのかも知れない」
俺は老人と2時間ほど祖母の事を話して別れた。
マンションに着くと、携帯を切っている事に気が付く。
メールが何通も送られている。
どうせ遺産の事だろう。
誰にどれだけ残したか知らないか? だとか。
弁護士が何か言ってなかったかとか。
実にくだらない事だ。
祖母の遺産だ。
本人がどう使おうが親族には関係ない。
俺は無視してベッドに倒れ込んだ。
暫くして桜が散った後。
俺はスコップを持ってあの桜の木の下にいた。
桜の木の下を掘る。
暫く掘っていると。
ガツ‼
と何か硬い物に当たる。
ボロボロのピニール袋に包まれたかなり大きな缶が出てきた。
丁寧にビニール袋をはがし中から缶を取り出す。
中には幾冊もの大学ノートが出てきた。
ノートの表紙には【榊原さくら】と書かれている。
祖母の字だ。
「おや? タイムカプセルですか?」
俺が挙動不審に見えたのだろう。
様子を見に来ていた。
茶会の親父?
いや若く見えるが祖母と変わらない年かも知れない。
「いや~懐かしい。小学校の時、校庭にタイムカプセルカプセルを埋めたんですよ。10年後に掘り起こすはずが色々あって結局三十年後に掘り起こしましてね。『未来の僕に』って将来はパイロットになるって書いてありましたね。ははは。ご覧のとうりしがない茶屋のおやじですが。あの頃はタイムカプセルを産めるのが流行りでしたね。近所の悪ガキと埋めた缶は空き地に工場が立って、掘り起こせなかったですがね。どっちにしろいい思い出ですよ」
「祖母のなんですよ」
「お婆さんのですか? 見つかってよかったですね。埋めたはいいが見つからなかったって言う話もよく聞きますから」
「そうですね。本当に見つかって良かったです」
俺は大事そうに缶を抱きしめる。
俺は掘り起こした穴を埋めた。
茶屋の主人に頭を下げて松山城を降りる。
十数冊のノートと祖母の覚書。
祖母は小説家になるのが夢だった。
だが、祖父との結婚で、幾つもの夢を諦めなくてはならなかった。
恋人の事もその夢の一つだった。
だから……
祖母は自分の分身である【榊原さくら】を殺して埋めることにした。
ノートを燃やさなかったのは未練だと書かれていた。
【榊原さくら】を幼馴染だと恋人に言ったのは、いつか作家デビューした時に恋人を驚かそうと言う祖母の悪戯心だったのだろう。
祖母は人をからかう癖があったから。
俺は祖母の作品をネットの【小説家になるよ】に載せた。
【榊原さくら】のペンネームで。
祖母の作品は恋愛小説やミステリーやエッセイと多岐にわたり。
全部の作品を載せるには数年を有した。
祖母の作品は編集者の目に留まり、書籍化する事になり。
そこそこ印税が入ってくる。
そうそう祖母の遺産だが、ほとんどの遺産を孤児院や老人ホームに寄付をしていた。
金の亡者のオヤジや兄貴達は何とか取り返そうとしていたが、無駄だったようだ。
あれ?
もしかして俺だけ遺産を貰った事になるのだろうか(笑)
俺は松山の片隅の骨董店で、のんびりくらしている。
今はネットの時代だから、日本各地から注文が来るのだ。
今年も松山城の桜が見事に咲いている。
結婚して子供が出来たらその子に祖母の話をしょう。
そしてあの桜の木を子供達に見せてこう言うのだ。
『あの桜の木の下にはおばあちゃんの半身が埋まっていたんだよ。おばあちゃんの人生は決して空虚なものではなくこの桜の花のように見事に花開いたのだ』と……
~ 完 ~
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2022/4/24 『小説家になろう』 どんC
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最後までお読みいただきありがとうございます。この作品は厳密には推理には当てはまらない物だと思いましたが。テーマが桜の木でしたのでこれはもう参戦するしかないと(笑)書かせてもらいました。
父が亡くなり、友人が亡くなり、近所のお世話になった方が亡くなり。三人のオマージュでもあります。
楽しんでいただければ幸いです。
日間推理〔文芸〕2022年4月24日 1位 日間総合短編47位 ありがとうございます。