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病室の扉  作者: コウタマ
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再会の日

 あれから約1か月後。私も個人病室に移され、そろそろ1週間が経とうとしていた。

 もう、ベッドから起き上がることすらできない。全身が鉛のように重く、息をするだけで精一杯だ。

 あと何日生きられるかわからない。次の瞬間には呼吸が止まってしまうかもしれない。ひっそりと這い寄ってくる死の気配に、ひたすら怯えることしかできない。

 私は寝ても覚めても瞼を閉じ、まるで死んでいるように生きていた。

「……」

 奏も、こんな気分だったのだろうか。彼女は怖がりだから、ずっと泣き続けていたかもしれない。

 死の間際、何を思っていたのだろう。どんな走馬灯を見たのだろう。私のことを思い出してくれただろうか。

 私は噛みしめるように、彼女の名前を呟いた。

「奏……」

「呼んだ?」

 不意に届いた、太陽のように温かな声。驚く気力もなかった私は、ゆっくりと目を開けた。頭を動かすと、窓枠に腰かけている人影が見えた。

「……奏……」

 視界が滲んでぼやけていく。もう枯れたと思っていた涙が一筋、目尻からこぼれて枕を濡らす。

「遅くなってごめんね。迎えに来たよ」

 奏は天使のように微笑む。その背中から生えた一対の翼が、陽の光を浴びて白く輝いていた。


 廊下に面した病室は全て、扉が閉ざされている。まるで、かつて私が見た光景を再現したような状態だ。私は無言でエレベーターの前に立っている。

「聖ちゃん……大丈夫?」

 私の右手を握った奏が、心配そうな表情を浮かべる。私は返事をする代わりに、奏の手を握り返した。その仕草で心中を察したのだろう、奏はそれ以上何も言わなかった。

「……来た」

 廊下の曲がり角から、見覚えのあるストレッチャーが現れる。布で覆われているため顔は見えないが、「それ」が誰なのかは言わずと知れたことだった。

 ストレッチャーは地下の霊安室に向かっている。看護師さんと「それ」は、エレベーターに乗って見えなくなった。

 手近な窓を開けた奏が、ゆっくりとこちらを振り返る。

「じゃあ、行こっか」

「……はい」

 彼女の手をしっかりと握り、私は翼を羽ばたかせた。


 看護師が扉を開けてまわる。

 止まっていた院内放送が流れ始める。

 まるで何事もなかったかのように。

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