彼女が消えた朝
スズメが鳴いている。窓の外では、羊雲の群れが真っ青な空を散歩している。
「ん……」
太陽の白い光が網膜を焼く。眩む目を庇うように、だるい体で寝返りを打った。
「……奏?」
そして、昨夜までそこに寝そべっていた、奏の姿が見当たらないことに気がついた。
二度寝が日課になっているほど寝起きが悪い奏が、こんな早朝に自らベッドを抜け出すとは考えられない。しかし、現に私の隣はもぬけの殻だった。
ただならぬ焦燥感に掻き立てられ、私は病室を飛び出した。今すぐ探しに行かなければならないと、本能的にそう思った。
「聖ちゃん」
突如、背後から呼び止められた。振り返ると、そこにはカルテを持った看護師さんが立っていた。
「大丈夫? ちょっと落ち着いて」
「……奏が、奏がいないんです。早く見つけないと……」
焦りと苛立ちで体を震わせる私に、看護師さんは目線を合わせるためにしゃがみ込む。そして、わがままな子供を諭すような声でこう語った。
「奏ちゃん、個人病室に移ったの」
「……どうしてですか?」
「投与する薬が変わって、看護師が頻繁に出入りする必要があるから」
看護師さんは優しく、しかし有無を言わせない雰囲気を帯びた微笑みを浮かべる。
「大丈夫、心配しないで。きっと奏ちゃんは元気になるから」
本当に信じていいのだろうか。この内心を読まれないように作ったような笑顔。この言葉も、昨日と同じような言い訳に過ぎないのではないだろうか。
いや、だからと言って「奏ちゃんの病気は絶対に治らない」と告げられるよりはマシだろう。看護師さんの言ったことが嘘だろうと真実だろうと、私はその言葉を受け入れることしかできないのだから。
「わかりました」
結局、そんな言葉で自分を納得させるしかなかった。
看護師さんに促され、病室へ戻る。ふと入り口のネームプレートを見ると、そこには私の名前だけがぽつんと寂しげに残されていた。
奏と会うことができないまま、3日の時が過ぎた。こんなに長く退屈な時間は経験したことがないと思うほど、暇を持て余した3日間だった。
あの日から食堂や浴場、廊下など、居合わせる可能性がある場所では常に気を張っていた。それらしき姿を見かければ、即座に声をかけられるように。
しかし、奏が私の前に現れることは一度もなかった。
「看護師さん」
「ん?」
私は検温のために病室を訪れていた看護師さんにたずねる。
「奏がいる病室はどこですか?」
看護師さんは曖昧に微笑んだ。
「聖ちゃんの気持ちもわかるけど、今はゆっくり休ませてあげて」
明らかに言葉を濁している。そう直感したが、あえて言及はしないことにしよう。
「はい……」
この場は穏便に済ませる。もう看護師さんは当てにならない。自力で何とかするしかない。私が奏に会うためには、全ての病室を覗いてまわるしかないようだ。
私は初めて看護師さんの言いつけを破るというのに、全く抵抗感を覚えなかった。それほど私は、奏の顔を一目見たくて仕方なかったのだ。