夜中の添い寝
消灯時間を過ぎた病棟は、不気味なほど静まり返っている。人の声は一切聞こえない。
シーツと毛布に体を挟まれた私は、さっき服用した薬の副作用に襲われていた。尋常ではない強さの睡魔が、波のように押し寄せてくる。私はふわふわとまどろみながら、今にも眠りに落ちようとしていた。
「聖ちゃん、まだ起きてる?」
そんな最中、聞き慣れた声に意識を引き戻された。目の前に迫っていた夢の世界が一瞬で遠のいていく。重たい瞼を擦りながら開けると、枕を抱きしめた奏が立っているのがわかった。
「どうかしましたか?」
「眠れなくて……一緒に寝てもいい?」
「……どうぞ」
もしここで嫌だと言っても、了承するまで駄々をこねられ続けるだけだ。こんな時間に枕元で騒がれたらひとたまりもない。ただひたすら眠たい今は、抵抗せずに招き入れるのが吉だ。
それに、今日は少し肌寒い。奏を湯たんぽ代わりにしてもいいだろう。
「ありがとう」
私の思惑は知る由もなく、奏は隣に枕を並べ、毛布に潜り込んだ。
暗闇に目が慣れた頃、私と視線が合った奏は少し照れたように笑った。パジャマ越しに、奏の体温が伝わってくる。
「聖ちゃん」
突然、奏に強く抱き着かれた。背中に回った細い腕が、離すまいと力んでいる。
「私を置いて行かないでね」
心細そうな声。いつもの朗らかな奏には似つかわしくない、弱々しい声。
「みんな離れて行っちゃっても、聖ちゃんだけは一緒にいてね」
私の胸にすがりつき、濡れた瞳で見つめてくる奏。呼吸が乱れている。不安で軽度の発作が起きている。
「友達がお見舞いに来てくれなくなったこと、気にしてるんですね」
奏の頭を撫でる。私と同じシャンプーの香りがする、触り心地の良い柔らかな髪。
「もう三か月も経つよ。『また来るね』って言われてから」
「きっと、みんな忙しいんですよ。テストとか、習い事とかで」
奏に面会に来る人を、私はほとんど見たことがない。家族は仕事で遠くに行っているらしく、友達に至っては彼女が語っている通りだ。
悲しそうに顔を伏せる奏。わずかにためらってから、彼女は口を開いた。
「……私の相手をするの、飽きちゃったんだ。ここに来るのも面倒になって、だから誰も来ないんだ」
「そんなわけありませんよ。悲観的になっては駄目です」
華奢な体を抱きしめ返す。
「頑張って退院しましょう。いつか二人で学校に通って、みんなに会いに行きましょう」
私たちは学年こそ違うけれど、通う学校は同じになる。退院しても一緒にいられる。
「大丈夫。何があっても、奏を一人になんてしません」
暗い室内を満たす、二人分の息遣い。奏の静かな泣き声が、壁に残響して消えていく。私は奏の背中をさすり続けた。
彼女の呼吸が落ち着いたのは、今日が明日に移り変わる頃。子供である私たちにとって、夜更かしに当たる時間だった。
「……あれ?」
眠気に巻けて目を閉じた直後、奏の小声が耳に届いた。すっかりいつもの声音に戻っている。その声に安堵しながら、こんどこそ眠りにつこうと思った。
「寝ちゃった?」
控えめに頬をつつかれる。起こそうという意思はなく、あくまで確認しているだけのようだ。
「ふふっ」
軽やかな笑い声。まるで彼女の好物を溶かし込んだような、甘い吐息が頬をかすめる。
「――聖ちゃん、大好き」
囁かれた言葉を理解する間もなく、私の意識は途切れてしまった。