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 電車のブレーキ音、車のエンジン音、しだれ打つ雨の音。カランコロンとベルの音をくぐれば、それらは雑音だ。


 春人が喫茶店に入れば、聞こえてくるのは古臭い洋楽。レトロに統一された店の景観とマッチして、古風な雰囲気を醸す。


 高校生にしては、少々背伸びをしすぎたかと不安になるも、それどころではない。海にだる絡みされて、春人は冬華との約束に少し遅れていた。


 春人は店内を見渡して急いで冬華を探せば。目はすぐに冬華をとらえる。


 雨粒がしたたる窓を、どこか物憂げに冬華は見ていた。テーブルには本と湯気を上らせるマグカップと、絵になる一枚だ。


「ごめん、ちょっと遅れちゃった」

「大丈夫ですよ。私も少し遅れたので、気にしないでください」

「そう言ってもらえると助かるよ。ありがとう」


 春人が感謝を口にすれば、冬華は笑う。


 笑ったえくぼにまなじりに、前は気づけなかった夏海の面影がどんどん増えて春人を苦しめる。


 春人はそんな恋心をまぎらわすために、カフェオレを一つ注文する。


 けれど、それでまぎれるほど、ちんけな恋心ではない。ずっと閉じこめていた分、強さもひとしおだ。


 他にまぎらわす方法。春人が頭を抱えれば、嘲笑うように、小バカにする海の顔がよぎる。


 その時、春人は海に頼まれていたことを思い出してハッとする。これなら、まぎらわすことができそうだ。


「そういえばさ、俺の友達に海っていう奴がいるんだけど。そいつが冬華に紹介してくれ! ってうるさいの」

「どんなかたなんですか?」

「坊主でお調子者で、めちゃくちゃいいやつだよ。後は……飛びきりイケメン(自称)かな」


「飛びきりイケメンは自称なんですね」

「そうだよ。だってあいつは、俺と同じくらいの顔面偏差値だから。絶対にイケメンじゃないね」


 春人が喜々して友人の話をすれば、冬華は小さく笑う。


 いつものような形だけの笑顔ではなく、心から笑っている。春人はそう思えて、嬉しさから自然と笑顔になる。


 このまま友人とのエピソードを長々と話したいが、ふと、春人は気になることができた。


 それは、冬華の友人である愛子だ。初めての印象が悪く、本当はどんな人なのか。まるで分っていない。ただ、冬華を思う気持ちが人一倍というのはひしひしと伝わってきた。


「そうだ冬華。一つ聞いてもいい?」

「はい、なんでしょう」


「愛子さんってどんな人なの?」


「愛子さんは優しい人ですよ。それに、気づく力が強いんです。髪型が変わったり落ち込んでいたりしたらすぐに気づくんですよ。だから、周りにも信頼されていて……。すみません、ちょっと熱くなりすぎちゃいました」


「全然大丈夫だよ。愛子さんがどんな人か分かって、イメージがすごく変わった。初対面は警戒されてたから、怖いイメージがあったんだよね……」


「そうですね。すごく警戒してましたね。そうそう、その事なんですが、愛子さんからごめんと、伝えるよう頼まれていました」


「気にしてないよ。って伝えてもらえると助かるかな。ごめんね、本当は自分で話したいけど、まだちょっと怖いんだ」


 初めて会ったときの敵意は未だに忘れられない。春人にとって、あれほど強烈な敵意は人生で初めてだ。まるで、子グマを守る親グマのような強い敵意。


 愛子の鬼のような形相を思い出せば、春人は身を震わせる。


 冬華はというと、そんな春人の様子をくんでか首を縦に振ってくれた。


「大丈夫ですよ。でも、いつか三人で話す機会は作りたいですね」

「ありがとう。もしよかったら海も入れてやって欲しいな」

「いいですよ。春人さんの友人ですから、きっと盛り上がりそうですね」


「そうだね。俺的には、あいつが調子に乗って喋りすぎないか心配だよ」

「むしろ喋りすぎてもらった方が、私たちとしては助かります」


「そっか、それならよかった。でも、海には言わないほうがいいよ。あいつ、すぐに調子に乗るから」

「分かりました。留意します」


 冬華がコクコクと頷けば、頼んでいたカフェオレがちょうど運ばれてくる。春人は喉の渇きもあり、カフェオレを一口飲んでホッと息をついた。


 まだまだ友人のことは話し足りないが、春人はそれ以上に大事な話を抱えていた。昔ならあっさり言えるのに、今では大きな壁が立ちはだかる話。


 春人は三度(みたび)カフェオレを口にして、心を落ち着かせる。


 すでに鼓動は早く、春人自身も驚くほど緊張している。休日に遊ぼうという、昔なら造作もない約束なのに、今の春人には昔以上に価値ある約束だ。


「冬華」

「はい?」


 春人は言い止まると、緊張でできた唾をのみこむ。


 不自然な間。それが言うのを難しくしていると知っていても、言うには相応の勇気がいる。


 だが、ここで言わないのは一生の後悔を残すだろう。春人は意を決して、繕った平常からついに発する。


「ゴールデンウィーク一緒に遊ばない?」


 言い切った。それから数秒。春人にこみ上げたのは恥ずかしさだった。


「いや、無理にとは言わないよ。都合があったら、昔みたいに一緒に遊びたいなぁって。なんかさ、こう……平日だけだと素っ気ないかなって思ったり、思わなかったり……」


 あまりの意志薄弱ぶりに、春人は内心嘲り笑う。


 もっとスマートに決めたかったが、今ではもう後の祭りだ。穴があったら入りたい、羞恥にあぶられた顔は、春人にも分かるほど火照っている。


 冬華はそんなてんてこまいの春人を見て、呆然としていた顔は笑顔に変わった。


「いいですよ」

「本当?!」


「はい。でしたらせっかくなので、私の住む市にあるショッピングモールなんかどうでしょう」

「いいね! あそこのショッピングモールは海と受験終わりに行ったのが最後だから……。数か月経つのかな」


「そうですね。受験終わりですと、そのくらいですね。私は最後に行ったのがだいぶ前なので、楽しみです」

「俺も楽しみだよ。映画とかご飯とか行こう」

「はい。もちろんです」

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