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疑問(上)

「なあ春人」

「……」

「おーい、春人?」


「え、あ、ごめん。なに?」

「何じゃねえよ。入学式からずっーと思い詰めた顔してさ。もしかして、お前の知る冬華じゃなかったな?」

「いや、たぶん俺の知る冬華で間違いはないよ。ただ……」

「ただ?」


 春人が言い止まれば、海は大きく首を傾げる。


 海は中学からの親友であるが、冬華や夏海について話したことはない。ここで全てを話すべきか否か。春人は考えるも、やめることにする。


 今はまだ全てを打ち明けられるほど、心の余裕はなさそうだ。


「変わったなって。そう思っただけ」

「ははーん。なるほどな。俺にはよく分かったぜ」

「それはよかった」


「お前の愛した冬華ちゃんじゃなくなったんだな……」

「いや一言も言っていない。本当にはなし聞いてた?」

「ああもちろん! 心の声から何から何までな!」

「心の声がだいぶ検討違いなんだが……」


 春人が頭を抱えるも、海の目に宿る確信の炎は揺るがない。むしろ、春人の行動がより確信を強めたようで、海は意味深にうなずく。


 もうどうとでもなればいい。春人は海に理解してもらうことを諦めて、大きなため息をついて席を立った。


「おおっと、どこ行くんだ?」

「トイレだ」

「トイレとか行って、逢引だな?」

「違う。トイレだ」

「すまんすまん。そうカリカリしなさんな、冗談だよ」

「……」


 冗談というわりには、いささか冗談ともとれない目つきをしていた。春人はそう思うも、言えば無駄な争いを生むだけだと言葉をのみこむ。


 春人は海に背を向けて、そのまま廊下へと向かう。頭の中で、冬華が変わった理由を考えながら。


 原因があるとするなら、間違いなく引っ越した後だ。しかし、引っ越した後にこうも変わるものか。春人は考えるも、あまりにも突飛すぎて想像を絶する。


 何があって、夏海に似てしまったのか。結局のところ、その答えは本人のみぞ知るというものなのだろう。


 春人がボーッと廊下を歩いていれば、近づく人影に目がいく。顔を上げれば、思いもよらぬ偶然だった。


「あ、……」


 久しぶり冬華。本当ならこう続ける予定だったが、春人は思わず引っこめてしまう。本当に冬華で正解なのか、自分でもよく分からなくなっているからだ。


 あまりに不自然な声掛けに冬華は驚くも、すぐに笑顔に戻る。そして、「こんにちわ」と丁寧なあいさつが返ってきた。


 どこかよそよそしく他人行儀で、本当は別人なのかと疑うも、容姿は見まがうことなく夏海だ。


「木下冬華だよね?」

「ええ、そうですよ」

「俺、和田春人(わだはると)っていうんだけど……、覚えてる? ほら、小学生の時に同じクラスだった」

「ああ! 春人さんですね!」


 冬華は思い当たる節があり、納得した表情を浮かべる。春人はその表情を一目見て、安心から胸をなでおろす。


 別人ではない。春人の知る冬華で間違いはなさそうだった。


「それにしても随分と変わったね」

「それはそうですよ。私ももう高校生ですから」

「そっか。もう高校生だもんな」


 春人は思うように聞き出せず、じれったさを覚える。単刀直入に聞くのが最も簡単ではあるが、勇気がわかず。こうして遠回しに聞くも成果はない。


 次にどうするか。噓八百の笑顔で場を繋ぐのは限界で、春人はなにげなく過去の話を切り出すことにする。


「そういえばさ、秘密基地のこと覚えている?」

「もちろんですよ。山道の途中にある古い公園ですよね」

「そうそう。その秘密基地さ、今は取り壊されて更地になったんだよね」


「そうなんですか? なんだか思い出が減って悲しいですね」

「だよなぁ。なんかさ、冬華が引っ越してから町全体が変わったよ」


「私が引っ越してから……。たった数年でも、そんなに変わるんですね」

「うん。たった数年なのにね。ところでさ、どうして引っ越したの?」


 遠回りに遠回りを重ねて、春人はやっと一歩を踏み出せた。


 冬華の変わった理由、その核心に近づける初めの一歩。春人の心臓は早鐘を打ち、瞬きを忘れて冬華に釘づけになる。


 冬華の口が動き、理由が口をつく間際。割って入ったのは、少し低い声の女性だ。


「おまたせ冬華」

「大丈夫ですよ愛子(あいこ)さん」

「そっちの男は何? 知り合い?」


 愛子は怪訝な顔で春人を睨む。


 決して、冬華にたかる悪い虫ではないのだが、事情を知らない愛子にはそう見えるのだろう。春人が釈明をしようとすれば、代わりに答えたのは冬華だった。


「そうですよ。私が小学生の時に同じクラスだった春人さんです」

「ふーん。そっ。そんで、その同じクラスだったあんたが何の用なの?」


 愛子の態度は硬い。未だに敵意があり、すごんだ顔が和むことはない。春人も強い敵意にさらされて、背中には嫌な汗が浮かんでいた。気持ちも緩むことがなく、背筋は自然と伸びてしまう。


「ひ、久しぶりにあったから世間話でもしたいなって」

「そうなんだ。で、世間話は終わったの?」

「うん、終わったよ」


 本当は終わってなんかいない。けれど、こんな敵対心を見せられれば「終わっていない」なんて言えるわけがない。


 愛子をどうにかしなければ、冬華の変わった理由を知るのは難しそうだ。


 愛子は冬華の手を取り、「行こう」と言い放ち春人に背を向ける。春人はこのまま別れること察して同じく背を向けるも、反して冬華は名残りがあったようだ。


「すみません。少し待っていただいてもよろしいですか?」

「いいけど、何すんの?」


 愛子の問いには答えず、冬華は春人に向き直る。二歩、春人に歩み寄れば、冬華はおもむろにメモ帳を取り出した。


「春人さん、これは私の連絡先です。あまり使わないので返信は遅れてしまいますが……何かあればご連絡ください」

「あ、ありがとう」

「ちょっと冬華! 大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。では春人さん、私たちはこれで失礼しますね」ね」

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