ゾンビがめっちゃいる世界でこいつめっちゃ優しい
『ここまでくれば安心だ』
『……』
見た目16才程の女の子は震えていた。
無理もない。
あれだけ大量のゾンビに教われたのだから。
何とか助ける事が出きて安全な所まで逃げてこれて本当によかった。
世界がゾンビだらけになって一週間……私以外の生存者を見るのは初めてだ。
『このビルは私のアジトだ。多くの罠や仕掛けが大量にあるから安心していい』
『本当ですか……?』
『アウアーー!』
『ひいっ!』
女のゾンビが鋼鉄の扉を叩く音に驚いて女の子は尻餅をついた。
そうか、こいつの事を忘れていた。
『なに……? ゾンビにしては綺麗ですね』
そうなんだ。 この女ゾンビは顔色が少し青白いだけで、ほとんど人間にしか見えない。
今は暴れるのでこの鋼鉄の扉の部屋に閉じ込めている。
『なんでこのゾンビだけ生かして……まさかこのゾンビにエッチな事をしてるんじゃ!?』
『おいおい』
とんでもない勘違いをしているなぁ。まぁ思春期だからそういう想像も逞しいのだろう。
『彼女がゾンビ化する前に『助けて』と言ったのさ。こんな世界だ。俺は襲ってくるゾンビを殺して殺して殺しまくったが……久しぶりに人間の声を聞いたらなんか……殺せなくなってな』
『……』
俺はまだ甘いな。こんなんじゃあダメだ。
これからは自分だけでなくこの子の命も守らなくてはいけないんだ。
非情にならなくては……でもどうしても子供や女のゾンビとの戦闘は極力避けてしまう。
『ゾンビに性的興奮するなんてありえないし、もし俺にそんな趣味があっても俺は工程も許可もないセックスを好まない』
『……あなたの事がまだ信じられません。そんなこと言って本当はスケベな事ばかり考えてるんじゃ……』
少しカチンとした。恩着せがましい考えだが、せっかく助けてやったのにそんな言い草はないだろう? そりゃあ初対面の男を信じろと言われても受け入れ難いだろうが、俺たちは恐らくこの世に残された最後の男女だというのに……。
『でもこれからも私が危ない時は助けて下さい。男が女を見返りなく守るなんて当たり前ですよね?』
『……ふん!』
俺はポケットに手を入れて女に近づいた。
『な……何ですか? 近寄らないで! 怖い! ……鍵?』
ソーシャルディスタンスを保つ距離から鍵の束を女の子足下に投げた。
『助けて欲しいってなら助けるさ……』
俺は上着をゆっくり脱いだ。
『まさか!? その代わり抱かせろとか言うんですか!? エッチ スケベ! 変態! ワラジムシ!』
……そこまで言うことはないだろうよ。
上着も足下に投げてやった。
『今夜は冷える。それでも着ていろ。その内ショッピングセンターで服を揃えてやる。女の子が毎日同じ服ってのは辛いだろ? この部屋には大体の物はある。食い物に水、薬、武器にベッドに本棚もある。明かりはランプを使え。ここで寝ろ。寝る時は鍵をかけろ。必要な物があったら紙に書いて扉の下の隙間から渡せ』
『男が女を見返りなく守るのは当たり前?』そんなのは常識だ。
いちいち聞くな。
さあて。俺はこの寒いなか徹夜で見張りをしよう。
今夜はハードな夜になりそうだ。
だが、守る人間がいるとやりがいもある。
俺は棚からショットガンを取り出してガシャッと音を立ててリロードした。
さぁ行くぜ!
『私はこの世界では弱者。あなたは強者です。自分の立場を利用してエッチな事とかしないんですか……』
『なぁ……お嬢ちゃん』
ジーパンのポケットからタバコを一本取り出し
て口に咥え火をつけた。
『はい』
『そんな事をしたら俺はゾンビ以下になっちまうよ。ゾンビは肉を食うがレイプはしないからな。ゾンビだらけになっちまったこの世界で俺は幸運にも人間でいられるんだ。俺は誇りを持って人間として生きたい。……肉は食うがな? ゾンビじゃない。豚とか牛だぞ?』
『ハハハ……やだぁ』
初めて笑顔を見せてくれたな。
やっぱり女の子は笑顔が一番だ。
守りたいこの笑顔。
俺はタバコを咥え、ショットガンを持って部屋から出た。
・
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あの日から50年が経った。
本当に色々あったな。
俺と女……優梨子は旅をし、その旅のなか多くの生存者を見つける事が出来た。
そして生存者を集めて町を作った。
俺と優梨子は町の為に働いて働いて働いた。
みなは俺を『仏様』と呼び、優梨子を『マリア』と呼んだ。
九州の街で助けた少年が大人になり『ゾンビを人間に戻すガス』を開発し、東北で助けた少女が『ゾンビワクチン』を開発した。
俺と優梨子が蒔いた種が育ち花が咲いたと感動した。
ゾンビになると老化はしないので、あの女ゾンビも人間に戻ったら驚くだろうな。
ゾンビから人間に戻った者達の心のケアもしなくては。
まだまだ時間はかかるだろうが
『ゾンビのいない人間達の世界』
が俺たちの次の世代では帰ってくるだろう。
いやはや疲れた疲れた。
・
『あなた。見て。満月』
『妻』の優梨子が満月を指差した。
今日は優梨子と初めて出会ったあのビルに来ていた。
この辺りも本当に平和になったな。
あの時は逞しかったわたしも今では杖を突き、優梨子の肩に手を置かねばどこにも行けぬ老人だ。
立場が逆転したな。
ふふふ。
『あの日と同じね』
『いいや。明かりがランプだけじゃあない』
『……そうね。って。もう! ロマンチックな空気にしようとしてるのに揚げ足とって……』
50年ぶりに電気が帰ってきた町に明かりが灯っている。
キラキラしているが満月はあの時のが綺麗だったかな?
『あなたっていつもそうですよね! 私のこと何だと思ってるんですか?』
『愛する妻だ』
したことのないストレートな愛の言葉に驚いている妻の唇に私は実に慎ましいキスをした。