73話 鏡
鏡は嫌いだ。
古い鏡はもっと嫌いだ。
正直に言えば怖い。
我の部屋の性別が不明なのは、カーテンや布団カバーが緑ってのもあるけど、鏡が無いのが大きいだろうな。
鏡が苦手だ。
自分の見目が悪いので見たくないのもあるが、子供の頃にヘンナモノを見たから。
小学4年の冬の夕方。
祖母が体調を悪くしたので、母親の家に住まわせてもらっていた時だった。
赤い夕陽が斜めに深く窓から入ってきて、部屋の埃でチンダル現象になるのをぼんやりと見ている時だった。
母親の和室にいるのが好きだった。
主が居なくても匂いが布団に残っていて、押入れを開け布団によっかかっていた。
不意に空気が変わった。
気圧が変わったというか、ピキンと空気が張るような。
ふと母親の三面鏡を見ると、鏡面が沼のようにニビ色にたゆたっている。
その鏡は、端に錆が浮いているし、どこか歪んでいるような古い鏡で嫌いだった。
我の周りの空気は大声で叫んでいる人が大勢居るような、危険と感じさせるものだった。
鏡面に波紋が出来た。
その周辺が盛り上がる。
盛り上がったのではなく、中から手が出てきた。我の倍はある太く大きな手は鋭い爪が指の先についている鳥脚の指。
ニビ色?焦げ茶に緑を混ぜた色の腕に指は4本。
3本と1本で向かい合っている。
腕の肘まで出て鏡のヘリを掴み出てこようとする。
中央に丸い大きな物が浮き上がり、それは頭だと分かる。
覚えているのはソコまで。
暗い部屋で寝こけていた。
夢だった。夢だった。
でも、それ以来、自分の部屋に手鏡以上の鏡は置けない。
結婚した今の家でも、鏡は、玄関の身支度の確認用と、洗面所。
あまりしないけれど、化粧用のコンパクトしかない。
ホテルや旅館に泊まって、寝て見えるところに鏡があると、浴衣などで隠したくなる。
でも、隠しても浴衣が落ちたりすると、すごく怖いので、結局は鏡から、一番離れた場所で寝るようにしている。




