32話 お社 犬が犬を超えた話
逃げ出す犬は、どこにでもいる。
庭で飼われている犬は、当たり前だが、室内の犬だって、何かの拍子にドアが開いたら、逃げ出してしまう事はよくある。
もしかしたら、それが、何かの始まりなのかもしれない。
中学生の頃に友人から聞いた話。
友人の犬が、逃げ出す癖があるそうだ。
夜のうちに逃げ出して、朝には帰っているので問題はなかったのだが、ドコに行っているのかが、家族の疑問になった。
その為に家族で、かわりばんこに徹夜で見張ることにした。
父は庭で椅子に座って見張った。
兄は寝袋を庭に出し犬と一緒に寝た。
母は犬の首輪に紐をつけ、窓を少し開け、リビングのソファに寝ている自分の手首に結わえつけた。
父の時は犬は動かなかった。
兄の時は熟睡している兄の顔を、舐め起こしたのは首輪を抜けてきた犬だった。
母のときは紐を噛み千切って、朝には何食わぬ顔で戻ってきていた。
友人は自分の2階の部屋から見張る事にした。
ちゃんとジャージで待機して家の鍵も開けておいた。
その夜、犬が行動を起こした。
身をよじって首輪を外す。
と、後ろ足で立ち上がり、リビングの窓から家の中を覗きこんだ。
ソレを見て友人は犬に見付からないようにしなければならない。と決心したらしい。
門をすり抜ける犬。音を立てないように後を追う。
犬は後ろを気にすることなく、真っ直ぐどこかに向かう。
追っていくと、神社の階段を登った。
家から歩いて15分ほど離れている。
その前に小さなお社は一つあったが、そこには目もくれなかった。
犬は階段を登り鳥居をくぐった時、すくっと、二本足で立って歩いて奥に行った。
友人は後を追えなかった。
先に家に戻り、パジャマに着替えて寝床に入った。
翌朝、犬は同じ顔で彼女飛びつこうとしたが、怖くて跳ね除けてしまった。
彼女が言う。
「もう、どんな顔して犬に会えばイイノカ分からない。なんだか、ただ見られているだけなのに、疑われているように感じる」
それからすぐだったと思う。
犬が逃げ出し、戻らないと。
彼女は悲しそうで、でもホッとしたようだった。
「お父さんの会社の人の家で、生まれた子だったの。ウチにきたばかりの頃は、ちっちゃくて可愛かった。
今は散歩も全部お母さんがやっていた。もっと、可愛がってあげれば良かった」
ほっとしつつも、寂しそうだった。
犬は、犬のままで、家族のつもりだったのだろう。
しかし、末の妹に知られたことに気付いたか。
妖ならば、その人間を喰えばいい。
出来ないのは、やはり家族だったからだろう。
自分を見る瞳にに、怯えが見えた。
それを答えとしたのだろう。
話してくれた友人は、「犬」と言い、犬の名前では呼ばなかった。
それも、また、我の感じる答えであった。




