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5話 暗い記憶

社会人になってから、ふとした瞬間に子供頃に自分に起こった出来事を、俯瞰した視界で思い出すことがある。

 

 日常的なネグレクトや、人との会話が無かったためか子供の頃の記憶というのは、ほとんどないのだが日常生活には支障はない。時折、夢やお風呂に入っているときや、眠りに入る直前に昔の記憶として甦る。

 今は体も環境も安全だから心がゆっくりと閉じ込めた記憶を我に戻しているのだろうか。

余りにも奇妙なものも混じっていて判断がつかない。


 アメリカで実際にあった話である。

心を病んだ女性の治療が良くならないので、催眠治療を施す事にした。

すると驚くべき過去が現れる。

女性は実父より性的虐待を受け、それが原因で心が壊れた。

女性は虐待を受けていた過去を思い出した。


 警察も動いての捜査となったが、父親も母親も否認し女性の体を医師が診したら処女のままで性的にも暴力的にも虐待を、受けた形跡はなかった。


 つまり、催眠療法師により記憶が作られたということ。

彼女は、自分の経験ではないことを、自分の過去だと受け止め父親を断罪したのだ。


 その後彼女は、複数の医師からなるセラピーグループによる治療で「作られた記憶」から逃れる事ができたそうである。


 この事件を知って我の小さな頃の記憶は、本当なのだろうかと不安になる。


 奇妙な過去を思い出した。


 4歳の2月3日。

なぜか歳も日にちもしっかり断言できる。


 幼稚園に上がってからは、寝起きの全てを離れ暮らしていたが、その頃は寝る時はまだ母屋の布団部屋だった。

 その日は人が沢山居た。

神事をするのだろうと思っていた。

その日は一日食事を与えられず、たまに、そのような事はあったので食べ物の事は考えないようにしていた。

 夜も更けたので一人で寝支度をしていたら、風呂場に連れて行かれ水を何度もかけられた。

白い着物を着せられ、白装束の親族の男に肩に抱え上げられて、外に出て離れに連れていかれた。

 広くない離れには、厳しい顔をした紋付き袴の正装の人たちが、たくさん居た。

 

 体が濡れたままなので、とても寒い。


 荒縄で猿轡をさせられ、白い和紙に紐が両脇から出ているもので、顔を覆われ後ろで縛る。

白いお面で何も見えない。

その時点で、恐怖で泣いていた。

着物を脱がされ、裸にされた。

右手首を荒縄で縛られる。

寒い。

怖い。


 そのまま外に出される。


 手首の縄の先は、大人が持って先導している。

足は裸足のまま。

何も見えない。


 小走りになった。

 裸の背中を肩を尻を、後ろから枝か御幣か不明だが、弾力のある長いカサカサと鳴る物で打たれる。


 前に我を引く先導が一人。後ろに追い打ち人が1人か2人。


土を踏む

右に曲がる 便所か風呂場

まっすぐ トラクターの在る場所、牛の居る場所

まっすぐ 裏の物置

まっすぐ 鶏舎

右に曲がる 竹林 裸足に何か尖ったものを踏む

強く腕の紐を引かれる

背をひっきりなしに叩かれる


 声も出ない 涙と鼻と猿轡のヨダレでぐちゃぐちゃだった


竹林の中を往復する

何度も竹の小枝か何かを踏む


足が痛い 冷たい 寒い 熱い 痛い 怖い


石 小道の石畳か


「フーーーン」


犬父の心配する鼻声

怒声、ゴツッという鈍い音


「ギャウン!」


多分、父は殴られた。


石畳 石畳 砂利


井戸か

植木

花壇

落ち葉 

どこか 母屋の裏?


石畳 石畳 母屋を回っている


置石の角が痛い 背中が熱い 怖い


石畳 砂利 石畳 門から玄関の道


コンクリート いや、家の土間だ

段差に躓く 腕を強く引き上げられる 肩がバキンと鳴った。


母屋の中

畳 縁 板張り 畳 畳 縁 板張り


襖は全て開け放っているのだろう。

開ける音はしない。


引かれて追われて走り回る。



 倒れた。

食い縛りすぎて、荒縄を噛み切っていた。

喉に詰まって痙攣を起こしていた。


 周りを囲んでいた大人の1人が、背中を蹴った二度、三度、四度。

口から荒縄のモジャモジャが吐き出される。


 ひゅーっと喉が鳴り息を吸い込み気を失った。



 そんな節分の記憶。


4歳の頃は祖父が市議会選挙に出た頃だった。


そして、子供の頃1人で住んでいた離れは、家の災厄を集めるために建てられていたそうだ。

 自分の想像が作り上げたのか、本当にあった過去なのか未だ決めあぐねている。


 因みに倒れたところから、何故か視界は部屋の梁より高くなり、眼下に転がっている白い小さな身体を、大人が数人取り囲み背中を蹴るのを見ていた。


 転がっている子供は我なのだが、それを見下ろしている自分自身は


「矮小な」


と当時には知りもしなかった言葉で、他人事のように呟いていた。


節分の日は「鬼矢来おにやらい」や追儺祭ついなさいなど、災厄を集めて追い払う祭りをしている地方や時代もある。

祖父の選挙に合わせ、厄を集める役をされたのではないかと思っている。


その年以外の節分の日は、食事は出なかったが、缶詰の桃などを食べさせてもらうだけの、いたって平和な日だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 不思議な記憶ですね。 でももしそれが本当ならなんと酷いことを…… でも、なんというかその場の空気や状況を知らない立場の人間がどうのこうの言えないことのような気もしました。 ただ、そこまでし…
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