21話 頼られて、激しく筋肉痛
カラスの泣き声が奇麗だと思った瞬間、TVのCMの「そうだ、京都に行こう」って感じで、頭に浮かんだ。
「そうだ、高尾山の薬王院に行こう」
後々考えた。
それって、普通じゃないよね。
ある日、高尾山にハイキング。
というか、頂上近くの薬王院へ御参りに行く。
朝起きて、窓の外カラスが鳴いて、それが奇麗な鳴き声だと感じた瞬間に不意に思い立つ。
身を起こす。時計を見る。朝の5時半。
ネットで行き方を調べる。
近所の駅から6時に始発。
これに乗れれば、一本で着く。
7時半に高尾山登り口に着き、そこから歩いて薬王院の一番目の朝の御祈祷に丁度良し。
急いで身支度。お茶くらいは水筒に入れる。
家を出るまで15分。自転車で10分。
駅のホームには数分前に着いた。
誰も乗らない始発電車で、少し眠れる。
何度も駅に停まり人が乗り込むが、椅子が全部埋まるほどではない。
一時間半揺られる。
そして、到着の高尾山登り口。
高尾山には、いくつかのルートがあるが、一番軽いのを選ぶ。
もっと軽いのなら、モノレールとかもあるけれど、最初ので10時発車。
それで、は最初の御祈祷に間に合わない。
我のお参りの決め事は、御祈祷は一日の最初のを頂く。
神社のお参りは、早い時間に行く。
神様が一番ノリノリな時間帯だ。
午後になると、何の気配も感じず、「あ、降りてきてないな」と分かる時がある。
夕方以降になると、別の良くない気配が出てくるときもある。
そういう訳での、一番乗りなのである。
早朝の山を登る。
ルートは軽いハイキングである。
しかし、緑は深い。
歩いている草むらの中で、何かがウネウネと動いている。
蛇かトカゲか何だろうと脇にしゃがみ込む。
ぽしょっと顔が出た。
茶色い顔の小動物。イタチかテンかオコジョか?
20センチくらいの小さな体をうねらせながら、もぐら叩きのように草の間から、ぴょこぴょこ顔を出している。
鼻先は黒く、身体は茶色い。
前足をそろえて立ち上がって、こちらを見ているので白い腹も見える。
嗚呼、かわいい。
凄い、かわいい。
ちょっとカメラを。
と携帯電話を取り出そうとする動きに警戒され、にょろんにょろりんと、草むらを波打ちながら去ってしまった。
ああ、残念。
しかし、これは瑞兆である。
参道に入り、生き物に出くわすのは歓迎されていると認識している。
勿論これが、憑き物筋のイズナ、管狐だったら、やばいけれど。
るんるんと山を登る。
時間は8時を過ぎたところ。
それから、40分をかけて薬王院まで着くが、御祈祷が9時なので、直前まで高尾山の山頂を目指す。
しかし、山頂は店も開いてなく閑散としている。
大した眺めでもなく、感慨もなく、さっさと降りる。
丁度鳴る銅鑼の音。
御祈祷の始まる。
自分だけかと思ったら、もう二人着ていた。
輪袈裟を首に巻いていたので、信者だろう。
護摩壇が組まれている。そこに願いを書いた護摩木を投げ入れてもらう。
とりあえず、厄除けと書いてみた。名前に数えの年齢を書く。
親しい人のも分も何枚か。
読み上げられる御祀神は大稲綱大権現。
銅鑼と金の音。太鼓。座する坊主の鬼気迫る読経。
それらが絡まり、中央の燃え盛る炎の勢いとなる。
こちらは聞いているだけだが、妙なトランス状態に引き込まれる。
結構気持ちいい。
北欧のハイトーンボイスのハードメタルをヘッドホンで聞いているより脳みそが気持ちいい。
御祈祷が終わり、本殿の後ろ側に安置されているご本尊と会えるのだが、こちとら、長時間の正座で産まれたての小鹿の様な足でヒコヒコ震えて立つことが出来ない。
生温かく見守ってくれる、お坊さんから微粉末状の塗香を少量いただき、頭の頂点、デコ、肩にふり、身を清める。
ここの塗香は丁子が利いているのか、少しピリッとした香りだ。
裏側には、煤で焙られた?真っ黒なご本尊。
狐に乗ったカラス天狗の様な御姿。
「宜しくお願いいたします」
何をか分からないが、何かを願った。
それも一瞬。
さあ、次へ、次へと流され帰される。
最初に初穂料としてお支払いしていたので、お札を頂き帰路につく。
まだ、10時になっていない薬王院は、お土産屋さんは開いても、大好きな薬王院のソフトクリーム「剛力ソフト」が食べれない。
山葡萄酢のソフトクリームで、酸っぱいのが大好物なのだが、残念11時オープン。
1時間以上も待てない。
そして、山は混んできている。
仕方なしに山を下りる。
そこで、御祈祷の効果を感じる。
山を下りているが、走っている。全く疲れない。
テンション高く走り降りる。
1時間かけた登山を半分か、それ以下の時間で下る。
途中に足場の悪い場所もあったが、身体が軽く足も縺れも挫きもせず、最後まで走り駅前の民家あたりで、やっと歩を緩める。
ああ、びっくりした。
山道を飛ぶように走ったよ。
お昼を山頂で食べようとするハイキングの集団の流れに逆行しながら、すいすいと避けて道脇の斜面を走り下まで降りてしまった。
御祈祷、恐るべし。
駅に着いたら、時間もちょうどで、乗り換えもなしに乗った駅まで帰れる。
電車に座れる。
うとうとしながら、揺られて到着。
ここまで来て、丁度お昼の時間。
適当に駅の近くのラーメンなどをすすり、帰宅する。
帰宅は午後の12時半。そして、寝た。
睡眠がとれ精神の疲れは取れたが、寝たことで筋肉痛が呼び覚まさされる。
ギシギシいう身体を宥めながら、部屋の掃除やら料理などの、普通の休日をする。
そんなこんなをしていたら、夕方に古い友人から電話が来る。
まあ、互いの近況報告だと思いきや…
なんだか、妙。
「最近元気だった?」
「まあまあ、元気だよ」
「最近何かなかった?」
「何がって?」
「え~っと、変な事とか……」
しばらく互いに沈黙。
こちらから切り出す。
「何を知っているの?私に何が起こったと思っているの?何かがあった事を前提に電話をしたのは何故?」
畳みかけた我に彼女は一息ついてから、大きく息を吸い、その息が切れるまで
「ほんっとーーーに、ごめんなさい。ほん、っとーーーーに悪かったと思っているの」
それを何度も繰り返すので、途中で切り理由を聞いた。
「何があったの?」
彼女は心霊体験を話してくれた。
数日前から、大きな黒い男が後ろに立って、不自然に首を曲げて顔を覗き込む。
男は全身が影のように黒いが、眼だけは大きく血走り見開いていたそうだ。
そして、耳元で呟く。
言葉は耳からでなく直接頭に響くように聞こえた。
「アナタノ ナマエ ナンテ イウノ・・・」
と何度も、何度も何百回も。
彼女は幼少期から霊感があったので、自分を守る術は身についている。
普通なら、消えるそうだが、まだ消えない。
とりあえずソノ日は無視したそうだが、翌日も、また翌日も付きまとわれて思わず叫んだそうだ。
……我のフルネームを。
えええええええっ!!!
それが昨夜のことだった。
彼女は罪悪感と我の無事の確認から連絡をしてきたらしいが、なぜ我なん?
「ほんと、ゴメン。誰か助けて!って思ったら、くろたえの名前口から出ちゃった。何もない?ホントーにごめん」
何度も謝る友人を責められん。
しかし「何もない?」と聞かれても、そもそも我に感じれる霊感などないし……
見えない我の後ろに、黒い大男がいたら嫌だな。
何もないのだが、今朝方、急に思い立っての高尾山のお参りは、ソノ辺りの関係だろうか?
一度ちゃんとお参りをしたいとは、常々思っていた。
まあ、上手く回っているということだろう。
友人から来たモノは、高尾の天狗サマに預ける事ができたと思おうか。
どうせ我には見えない、感じないし。
でも、友人が高尾山に行くってことには、出来なかったのかな?
我、酷~~く筋肉痛よ?
自分が行動したことである。
もしかして、何かに仕組まれていたのだろうが、自分で決めた事である。
後悔はしていない。
しかし、数日後まで残った筋肉痛でやはり頭をよぎるのだ。
なぜ、我の名を呼んだのだ。と。