楽園
真っ黒に、この世界のすべての負の感情を請け負ったような表情で魔女は街を、国を目に付いたものを。
壊していく。
魔力が尽きることはない。
彼女の体が、朽ちることはない。
その心がある限り。
普通の人なら、怒るのも、憎むのも、疲れ、呆れへと変わる頃。
絶望を忘れようとする頃。
それでも魔女は、呆れない。忘れない。
彼女が魔女たる所以でもあるのだが。それは端から見れば、もう狂気としか言い表しようがなかった。
……
あぁ。
私は単純に壊す。怒りを炎に変えて。辺り一面を燃やす。
まだだ。
私は、本当に壊したいものに手が届かない。
天空にある、「楽園」。
きっと、「下」の世界を壊し尽くしたら、たどり着ける場所だ。そう私は自分に信じ込ませる。
あぁ。どうして。
どうして、どうして。どうして……なんで!!
私の大切なものは、奪われていくのだろう。
我が子は、なぜ、いなくなってしまうのだろう。
私が、いけ、ないの!?
ドーーン
と、振り下ろした剣の向こうで音がなる。
他人事のように、自分が壊した家が崩れるのを見ていた。
逃げ惑う人、人。人。人。ひと。ひと。ヒト。
何もかもが憎らしい。この世界が、憎い。
「ヒィ!た、助けてください。何でもします。だからどうか、いっ……」
助けてって言って、助けてもらえるはずが、ない。だろう。
さっと剣を振り下ろす。
そこにいた人は後ろにあった瓦礫もろとも真っ二つになった。
あぁ、死ぬ間際くらい、絶望を、味わえ。
お前らが、崇めている神たちの汚れを、受けろ。
信じたものに、裏切られて死ね。
甘い言葉や、大切なもの、何もかも、壊される。
それは、自分のせいではないだろう?
ねぇ。そうでしょう?
ねぇ?
あなたも、そう思うでしょう?
この世界は残酷だ。そして、無慈悲だ。
「下」の世界の私たちを、気まぐれで見た「楽園」の人は悲しむ。人が傷つくことを何よりも厭うから。
そして、その悲しみを、元凶である私になすりつけてくる。
当然、私はさらに力を増す。
あの子も気まぐれに、悲しんでいるのだろうか。
……いいえ、あの子は……私には、関係ない。
関係ないの。
あの子も、今はただの竜。
楽園の一員。
あぁ。ああぁ。
もう、ここには壊せるものが、ない。
おもむろに立ち上がる。
私は、これだけ、苦しいのに、なんで、まだ。
立っていられるの……
私は、呆れてるつもり、怒るのも、疲れた気がする、のに。なんで、まだ、あの時と何一つ変わらぬ姿で、傷一つなく。返り血だけの薄化粧で歩き出してしまうの。
「……だ…か……た…け……。」
無意識に口が動く。
そんな、今更、思うこともあるはずのない事を……
片手で口を隠し……口からその手を離しながら唇をなぞる。
あら、私のお口は、いけない子。
「ふふふふ」
「あは、あははは」
私はひとしきり笑って、歩き出す。
−−−いつか「楽園」にたどり着けると信じて。




