Bloody'Christmas-私の愛した堕天使-私は愚かな神。血のような薔薇を頭にさした…
――我が子よ。
私の願いが聞こえたならば。
私の想いが伝わったのなら。
どうか、私と同じ過ちをしてくれるな。
過ちは二度と繰り返してはならぬ。
憎しみから憎しみしか生まれないように。
悲しみから悲しみしか生まれないように。
人を憎んではならない。
人を愛せよ。
自分を愛せよ。
家族や大切な人々を愛せよ…
そして、愛する者の手を離してはならない。
愛する者の為に祈りなさい。
愛する者を信じて、愛する者を守りなさい?
愛は永遠に消えることなどないのだから…
私は愚かな神。
私は堕天使を愛した…
たとえ、我が身が血に潰されようとも。
あなたを愛していたよ。ルシフェル…
――After Bloody Christmas…
“Tears,idle,tears,
I know not what they mean,
Tears from the depth of some divine despair
Risein the heart,and ,
gather to the eyes
In looking on thehappy Autumn-fields,
And thinking of the days that are no more.”
(tenison)
それは、気が遠くなるような遠い、遠い昔のお話。
鳥は大空を飛び舞い、
木々の葉は優しく我々に寄り添い、
花々は風に吹かれては命の産気をあげていた。
私はそんな美しい空から地上を見つめていた…。
こことは違う、
憎しみや悲しみ
怒りが満ちあふれている地獄。
そして、
―もう…
二度と会えない愛しい天使を思い浮かべた。
――しんしんと真っ白な、穢れのない美しい光が。
雪とともに正しき物にも、悪しき物の上にも優しく降り注いでいる。
それは、神としてのしなければならない我が使命であり、私が出来る唯一のことなのだ。
今日はChristmas。
この日だけは、全ての者達が優しくなれる特別な日。
それは罪を犯した者達が真っ白な雪を見て、自分の罪を悔いるのだからだろうか。
冷たく儚い雪が天界に降り積もる。まるで、白い花が咲いているようだ。
「神様…」
「おぉ、ミカエル…
すまぬな、全ての仕事をそなた達に任せてしまって」
流れるような素晴らしいブロンドに花の飾りのように雪が積もっている。白い肌がよく栄えた。
…神は、思い出しているのだろうか。いや、忘れたことなどきっと一度もないのではないだろう。
この、真っ白な雪が、
真っ赤に真っ赤に染まった日のことを。
――神の最も愛した…最愛の天使を地へと堕としたことを…。
.
「…今日は、ゆっくりとお休みなさって下さい…」
今日の地獄は何と静かで穏やかな空気が流れていることであろうか…
これもクリスマスのせいか。
私の心が…あの時を想い、地獄に居る達の代わりに血を流しているからであろうか。
…それは、誰にもわからない。
「……あぁ、ありがとうミカエル」
ミカエルは寂しげに私を見ていた。私は一面の銀世界をゆっくりと歩いた。
歩く度に雪は私に触れる。ひんやりと冷たさと悲しさが伝わった。
「…神よ。
どうかもう、お忘れ下さい…
忘れることが…あなた様の為でございます」
ミカエルの言葉のひとつ、ひとつが私の心に突き刺さる。
私は静かに空を見上げた…あまりに空気が冷たくて涙が出そうだ。
「…ミカエル、
すまぬが少しだけ…一人にしてくれぬか」
ミカエルは何も言わずに私に頭を下げて、一瞬にして姿が見えなくなった。
そう…ミカエルが言ったことは正しい。
まだこの世が暗闇に覆われていた、
気が遠くなる程の遠い遙か昔のこと。
私の最も愛した一人の天使が…
私に反する軍団を率いて戦った。
そして、結果は当然の如く。戦えぬ私の代わりに神の軍団を率いたミカエルの勝利であった。
私の愛した天使は敗北した末に…天から稲妻のように落とし地に墜ちた。
天から地へと天使が堕ちた時、地はひび割れて地獄となった。
地獄は天と比べることなど出来ないくらいに暗闇に満ちている世界。
そんな所に堕とされた彼は、地に墜ちた天使として地獄の悪魔達をまとめたのだ。
―愛する者に裏切られた私はただの【愚かな神】―
.
今日はChristmas。
こんな日には思い出す…
最も愛していた美しい天使を。
幸せだった私の天界を。
もう戻れないあの日々を…。
――まだそれは私が一人きりだった頃のお話。
この世はとても真っ暗で寂しくて…私は一人きりであった。
この世界は私には大きすぎて、とてもではないが一人でいることなど出来そうにない。
そんな寂しさを紛らわすため、私は森羅万象すべての生き物たちを創り上げた。
そして、初めて意志を持った生き物…天使が大勢誕生したのだ。
意志と言っても、それは形だけのもので。けれど…私には十分だった。
天使が誕生して、しばらく経った頃だっただろうか…。
天使の中でも、ひときわ美しく輝き、私と同等の力を持った天使が誕生したのだ。
一目見て、私の心には稲妻が走った。
その光り輝くような天使を
【誰よりも一番、美しく光り輝く者】
としてルシフェルと名付けた。
なんと美しいルシフェル。
皆から愛され、
敬われ、
暁のように美しいと言われるルシフェル。
私が最も愛した美しい天使…。
私の心は一瞬にして、暁の星に奪われた。
愛しいルシフェル。
私の可愛い子供たち。
美しい天界…
そんな幸せな日々が…ずっと続くと信じていた。
――その中で、私の最高傑作とも言える人間が誕生したのだ…。
人間は天使の姿を模倣して作った。天使たちとは違い、強い力や白い翼はつけなかった。
天使は炎から生み出したが、人間は土塊から生み出した。
人間は天使ほどの権威もなければ力もない。
けれども私は、私や天使の持たない
“感情”
を持ち合わせていたのだ…。
私の心は、
弱いけれど人間…私たちにはないものを持っている人間の虜となってしまった。
――それが、後に悲劇を引き起こすとは知らずに。
.
「…あぁ、なんと可愛らしい人間…」
何故、私は気づかなかったのだろう…
私は…人間に天使以上の愛情を注いでいたのだ。自分でも気づかないうちに。
「ルシフェルよ、
人間とはなんと可愛らしく、
弱き生き物なのだろうな…」
人間が誕生してからは、いつも、私が言うのは人間の事ばかり。
だから、私は気づかなかった。
ルシフェルの
愛情と、
嘆きと
…憎しみを。
彼はルシフェル。
私と同等の力を持つ者。
美しい金星を背に持つ。
光り輝く、
最も美しい天使。
私は神。
誰にもでも、分け隔てなくに愛情を与えなくてはならない。
それでも、私は人間を愛していた。
人間を愛しながらも…
ルシフェル…私は、そなたを愛していたぞ?
可愛いルシフェル。
美しいルシフェル。
私だけの、愛しい天使。
―そう思ってたのは私だけだったのだろうか…
.
それは、珍しく天界に暗雲が立ちこめていた日であった。真っ白な雪が降り注ぐ。とても、寒い日だった。
運命の時刻。
私の元にミカエルが慌ただしく駆けてきた。
「神よ!反乱です!!
反乱が起こりました!」
「…首謀者は誰じゃ?」
「……っ…」
ミカエルは顔を下に向けて、私の顔を見なかった。いや、見れなかったのだろう。
「……
ルシフェルでございます。
暁のルシフェルです…」
「…なっ…!」
嘘、だ…
ルシフェルが…私を裏切るはずがない…。
裏切るはずが…ッ…!
私は目の前が闇に覆われるのを初めて知った。
「神様っ!」
私は、その場で意識が途切れミカエルが私の代わりにルシフェルと戦った。
彼は、同志である他の天使と共に神に挑んだのだ。私に向けて反旗を翻した。
…ルシフェルよ、
ルシフェルは私を愛していなかったのかい?
ルシフェルよ、
私の愛しい天使よ。
私は愛していたよ…。
私の愛は、そなたには伝わってなかったのであろうか…
私はミカエルと戦うルシフェルを見た。
彼は我を見失い、大勢の同朋達の屍を越えて
大勢の仲間の屍を背に、立っていた。
.
雪が真っ赤に染まる。
血の色に染まる。
私が美しいと誉めた、そなたの真っ白だった、翼は…赤い血がベッタリとついてどす黒い赤に染まってしまっていた。
唇は魔物のような赤い色。
そして、そなたの星…暁を背にたくさんの真っ赤な薔薇が咲いているようだった…
その姿さえも、美しいと思う私は…
なんと愚かだろう。
なんと、滑稽なことかっ…。
「…神よ…」
もう、彼に声をかけるのは赦されない。
たくさんの命が彼によって奪われてしまった。
神として、私はジャッジを下さらなければならない。
それは我が運命[サダメ]
「…神よ…ッ!
待って下さい…!
待ってっ……!」
私は彼に背を向けた。
もう、永遠に一緒に居ることは赦されない。
もう、永遠に話しかけることも赦されない。
――もう、永遠に抱きしめることも赦されない…
それは私が神であるからこそだった…
天上を見上げれば、美しく輝く暁の星。
私の愛した天使の星。
暁の星だけが、変わらず私を照らし続けている。
私は空を見つめ、
ルシフェルを想い、
初めて私の目から大きな滴を流した…
それは人間にあって、私にはなかった感情であった。
.
その後、地へ墜ちた天使は堕天使となり…魔王となった。
そして、私の愛する人間を陥れるようになった。
「…ルシフェルよ」
私達が愛し合ったのも、こんなクリスマスのような真っ白い雪が降り続けていたな…。
もし、私が彼の気持ちに気づきさえいたら―…
…こんな悲劇は起こらなかったであろうか?
「…ふっ…」
私は思わず嘲笑う。
そんなことはないだろう。初めから、決められていたのかもしれない。
私は人間を天使以上に愛していた…けれど、そなたも愛していたのだよ…ルシフェル。
「……我は神。
神は全てのものを平等に愛さなければならない」
ルシフェル…
私たちは、出会わなければよかったのかもしれないな…
そうすれば、このような胸が張り裂けるような痛みも味わうことはなかった。
幸せに暮らせていたかもしれない。
私が愛した美しい天使だったルシフェル。
ミカエルとの戦いに敗れ孤独を生きた堕天使だったルシファーも…
もう、どこにもいない。
あの頃から…余りにも時間が経ちすぎてしまった。
私は…戦わなければならないのだろうか…
たった一人、
最も愛した天使を。
堕天使になって魔王となった天使を。
彼の為ならば…
神としての立場も、
神の座も
この世の何もかも…。
そなたの為ならば、捨てても…惜しくはなかった。
なんと私は愚かな神なのだろうか…
魔王になった今でさえも、私は彼を愛していた。
今になって、彼の居ない隙間は…何千年、何万年と過ぎようとも埋めることなど出来ないことに気づく。
どれだけ、彼を愛していたのか…そなたの大きさを知る。
この儚い雪のように…
私の愚かな想いも、
叶うはずのない願いも、
幸せだった思い出も…
全て、溶けてしまえばよい。
雪よ…どうか、真っ白に私の心を埋めておくれ。
私の涙を隠しておくれ。
何もかもを消し去っておくれ…
これからは…
――我が子よ。
私の願いが聞こえたならば。
私の想いが伝わったのなら。
どうか、私と同じ過ちをしてくれるな。
過ちは二度と繰り返してはならぬ。
憎しみから憎しみしか生まれないように。
悲しみから悲しみしか生まれないように。
人を憎んではならない。
人を愛せよ。
自分を愛せよ。
家族や大切な人々を愛せよ…
そして、愛する者の手を離してはならない。
――その者が、たとえ魔に飲み込まれようとも…
愛する者の為に祈りなさい。
愛する者を信じて、愛する者を守りなさい?
預言は廃れ、
異言はやみ、
知識は廃れようとも…
愛は決して滅びない。
愛は永遠に消えることなどないのだから…
私は愚かな神。
私は堕天使を愛した…
たとえ、我が身が血に潰されようとも。
あなたを愛していたよ。ルシフェル…
たくさんの赤い薔薇が、今もなお私に思い出させるように咲き続けている。
赤い薔薇の花言葉は
“あなたを愛しています”
そして私は、その真っ赤な薔薇を頭にさした。
“涙、
なんとなしに出る涙、
私はその涙の意味がわからない。
神々しいほどの絶望の深みより
涙が胸にこみあげて来て
目に集まってくる。
―幸せの秋の野を眺めたり、
今は無き過ぎし日々を
しのぶとき”
(テニソン)