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第20話 報道者の鑑



「…んで?取材とやらは?」

 昼食をとりおわった後の学校が一番姦しいというのは全国共通なのだろうか。少なくとも、俺たちの通う中学校ではこの時間帯が男女問わず、生徒が活発になる頃合いだ。

 思い思いに読書をしたり外へ遊びに行ったりしている中、俺たちは教室の隅でメモ帳を手にした佐原と対峙していた。別に戦っているわけでは無いが。

 目の前の少女はショートカットの髪を弄りながら細められた瞳でこちらに視線を投げかけている。傍から見れば――否、当事者である俺からしてみても明らかに呆れている様子である。

 今朝の騒動のこともあり、呆れられても仕方がないとは思うが、今朝の様子から軟化するどころかその態度はなんとも忌々しいものを見るというか目にするという行為に心を痛めているというか、そんな気がした。

「取材だろ。なんか言えよ」

「そうですよ…放置されても私たちとしても困るというというかその、どうすればいいのかわからないんですよ」

「目の前でこうもいちゃつかれたらそりゃぁね?取材してるのはアタシだし君たちが噂になるくらいだしそういう関係だってことはアタシとしても認識してる」

 一人で勝手に認識して納得されている。大丈夫なのかこれは。

 正直誤解されたまま変な記事を書かれて注目が更に集まるような事態になっても困る。事実ならば百歩譲って何か言われたとしても事情を話すなりなんなりできるのだが、事実ではないことを書かれてしまっては否定する以外に選択肢がない。

 否定したとしても未知の転校生だ。噂に尾ひれがつくことなど容易に想像できる。

 だからこそ情報管理は徹底しなければならない。

「でもほら、アタシとしては正式に取材を申し込んでるわけ。つらい。彼氏がいない身だと特につらい」

「…アヤくんはあげませんよ」

 対抗意識をそんなにむき出しにされても困るんですよエレナさん。いつからあなたのもの認定を受けたんですかね俺。

 膝の上に座るエレナが火花を散らそうとするのを必死に頭を撫でることで抑える。噴火する火山のような状況かもしれない。言葉一つでここまで曲解し勝手に憤るというのもなんだかおかしな話だが、一々こいつの行動に疑問を投げかけていてもあんまり俺の納得しえる回答は帰ってこないので制御する以外に俺の選択肢はない。

「ガードが堅い。やはり落とすにはまずエレナさんから落とさないといけない?将を射んとする者はまず馬を射よ、ということ?」

「自分が何を言っているか分かっていないようだな。落ち着け。盛大に話が逸れてる」

「私からアヤくんを奪おうとするなら相手になりますよ…」

「へぇ…吠え面かいてもしらない。いいの?」

 俺のツッコミは完璧にスルーされた。先刻ほどの冷徹さこそ持ち合わせていないものの、剣呑な雰囲気が教室に満ちていく。

 凶器の類は持ち合わせていないにしても、呼吸が詰まるような感覚で精神が浸されていく。エレナの急激に膨れ上がる凍てつく闘志ほどではないにしろ、空気は張りつめた弦のように感じられ、どちらかが動けば何かが起こると予感させるほどのものだ。

 周囲で読書をしたり、談笑していたりした者たちも流れ出る鋭利な気配に何事かと眉を寄せた。

 すみませんね…どうにかしますので…。

「はいはい、落ち着いて二人とも…取材するんじゃなかったのかよ。大体自分が何言ってるか分かってるのか」

「…ごめん。少し冷静さを欠いていた。本音が口をついて出てしまうくらいには」

 本音、という単語が俄に疑問に感じられたが、恐らく先ほどの敵対心のようなものが表面出てきてしまったということだろう。

 普段隠していたものが表に出た、というニュアンスからしても俺の想像通りの可能性が高い。

 女性という物は美少女を目の敵にしているのだろうか。女性の心理という物はよく分からないが、エレナに敵対する者が増えても困るので人間関係の構築に関しては俺も気を配ったほうがいいのかもしれないということは確かの様だ。

「…すみません、私の方もアヤくんを大切にするあまり…」

「平常運転のは別に構わないけど他の男子からの憎悪ヘイトが物凄いことになるからなるべくその手の発言は勘弁してくれ」

 幼馴染が口を開くたびに殺意や憎悪や嫉妬がこもった眼差しを受けていてはいつか本当に死んでしまうかもしれない。何の比喩でもなく本当に。

 物理的な事はともかくとして、精神的に多大な負担がかかるのだ。視線で人を殺せたら~なんて話はよく聞くが、割と集団だと殺せるくらいの負担をかけることはできるというのが俺の持論だ。




「さて気を取り直して、取材する。いくつか質問に答えてもらったりコメントをもらったりする。答えたくないことには答えなくていい。ジャーナリストの端くれとして当事者の嫌がるようなことはするつもりは毛頭ない」

 淡々と新聞記者として説明をする彼女の目は先ほどの目つきとは違い、幾分か真剣な光が目に籠っているように感じられた。

 彼女の手によって書かれた新聞記事をいくつか読んだことがあるが、どれも当事者達に配慮がされたものであったし、そのうえで面白さを生み出すという手腕を持ち合わせている彼女であれば俺たちに大きな不利益があるような記事にはしないと信頼するに値する。

 それにここまで真摯に仕事ができる人間という物も珍しい。自分で入った部活でもめんどくさがってサボる人種がいるこのご時世だ。にもかかわらずひたむきに仕事に打ち込むというのは簡単にできることではないのだ。

 そんな彼女をそれでもなお疑うというのは失礼極まりない。

「あぁ、佐原が人の不利益になるようなことをするような奴じゃないってことは知ってる。そしてその信頼をここまできて地に落とすような真似をするほどバカでもないってことも」

「…よく、見てるね。そんなに褒められるの久しぶり。うれしい」

「ちょっと複雑ですけど、アヤくんがそこまで褒めるのって私かお姉さまくらいでしたし…そう考えれば結構なライバル出現…!」

 佐原は僅かに頬を染めて恥ずかしそうに窓の外へと視線を逸らす。あどけなさの残る幼げなその顔立ちに恥じらいが加われば魅力も更に上昇する。

 元々結構――いやかなり整った顔立ちだ。そんな彼女が頬を染めて俯きがちに外に視線を逃がす姿は一男子として目が離せない。

 クラスメイトの新たな一面を知れたという充実感と目の前の魅力とで言葉がうまくまとまらないが、嫌がってはいない…よな?

 俺の見立てが正しければ彼女が嫌がっているというわけでは無いと思う。溢す言葉も決して嫌がっている者のそれではない。

「嬉しい。これは新聞に女性キラーの称号所持者と掲載せねばならない。そうやってエレナさんも落とした?」

「人聞きの悪いことを言うなよ…さ、取材すんだろ?早くしよーぜ」

「ふふ、そうだね。うん、やっぱり宮野クンはいい人。そして面白い人でもある…これは本気で狙いに行くしかないな…」

 物騒なことをつぶやく佐原にツッコミを入れようかとも思ったが、彼女は今まで視たことのないほど愉快そうに笑っていた。口元に手を当てる上品そうな笑い方と相まって、本当に令嬢の様にも見えてくる。実はお嬢様説浮上だなこれは。

 …目の前の少女に見とれていると、膝の上のエレナが俺の手の甲をつねってきた。割ときつい感じ。『ほかの女の子をじろじろ見るな』という意思表示らしい。

 やはりキノコを出すのはやめておこう。これ以上機嫌を損ねるわけにもいかない。あまり調子に乗るとベッドの上でどんな反撃をされるかわからない。自分の魅力を自覚している女子の誘惑ハニートラップほど恐ろしいものなどありはしないというのはとうに認識している。特にエレナに対して俺は弱い。非常に弱い。

「わかったって…そう怒るなエレナ。そうだ夕飯のリクエストを聞こう、な?」

「子供をあやすみたいに言わないでください!…じゃあ、デザート作ってください。和菓子でも洋菓子でもいいので、なんかおいしいやつ」

「おっけ了解。お菓子系は割と得意だしお任せあれ」

「…お菓子まで作れるの?今度私にも作って」

「な、なんでですか!なんで佐原さんまで作ってもらおうとしてるんですか!」

「いいじゃない。機会があればということで。さて、取材にうつる」

 あっという間に断るタイミングを失ってしまった。人に断られない方法とは断らせないことだ、と聞いたことはあるがここまで当たり前のようにされると確かに有用かもしれないと思い始めてしまう。

 …ことわっておくと別に作ること自体は楽しいので嫌ではないのだが、如何せん作るタイミングが無いのである。

 うちに来てもらえれば作るに吝かではないのだが、学校の立地上そこそこ離れた場所に互いの家がある。そのためそう簡単に遊びに行く!というのができない。明川たちの様に互いの家が近いならば話は別だが、俺と佐原の家では車で十数分くらいの距離がある。お菓子のためにわざわざ来てもらうのも忍びない。

「まず質問一つめ。あなた達は付き合っているの?」

「別に今のところはそういうわけでもない」

「そうですね、今のところは幼馴染という関係です!でもでも、相思相愛なので付き合っているといっても嘘ではないです!」

「そう…分かった。今の情報は公開しても問題ない?付き合っていないという発言らしいしさしたる問題は起きないと思うけど」

 個人的にはどちらでもかまわない。他の人が興味を示して聞いてくるよりはそちらのほうがいいと思うのだが、今はフリーだと知った男子が強引な手を取らないとも限らない。

 エレナは学校でも四六時中俺にべったりなので目の届かない範囲で何かされるという心配は無いと思うが、万が一ということもある。

「エレナに任せる。俺はどっちでもいい」

「じゃあ公開していただいて構いません!いざとなったら何とかしますのでお構いなく」

「…?そう、では次の質問…」




 そうしていくつかの質問に答えた。明らかに個人的興味が混じっていそうな質問もあったが、恐らく自分が読者だったら、と考えての行動だろう。

 目が割とマジだったので指摘するようなことはしなかった。この前も『新聞の作者自身が楽しめていないのに読者が楽しめるわけない』といって悩んでいたのを思い出し、その信条は今も変わらないらしいということに安堵する。

 如何なる形の創作者でも、まず自分が楽しめむということが最優先だという話を聞いたことがあるが事実その通りなのだろう。

 佐原を見ているとそれはきっと真理に違いないと思うのだ。

「…以上で質問は終了。お疲れ様。今度ジュースでも奢る」

 最後も丁寧に質問に答えてくれた人間への感謝をする。人間として基本的な事ではあるものの、テレビで映し出されるマスコミにはそのような相手への配慮が足りないような気がする。スクープを一刻も早く手にしないといけないということは重々承知の上だが、それでももう少し配慮があってしかるべきだろう。

 このような人間がこれから先の報道陣をけん引していくと世間のマスコミに対しての印象も変わると思うのだが…。

 そんなことを考えていると正面の少女から一言。



「金曜日の調理実習。期待してる」

「その手があったか…学校の調理器具で出切る限りやってみる」

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