第13話 幼馴染の料理スキルの信頼性
ひどい目に会った…といえば少し語弊があるだろうか。確かに美少女と一緒にお風呂に入るという行為自体はすごく満ち足りたものだろう。
男子の大部分が望み、夢見るシチュエーションと言い換えてもいい。女性の肌というものはそれほどまでに年頃の男子の興味と劣情を暴力的なまでにかきたてる。
恐らく気持ち悪いと思う人間もいるだろう。だがそれは別段おかしいことではないと声を大にして言いたい。
そもそも性欲とは食欲、睡眠欲と並ぶ人間の三大欲求の一つなのだ。その一つが表面に出てきたとして誰がそれを責めることができるだろうか。
仕方がないことだと割り切ってほしい。納得はしなくてもいいので理解はしてほしい。
…誰に向かって弁明しているのだろうか俺は。少しのぼせてしまって思考が少しおかしくなってしまったのかもしれない。
現在、俺は幼馴染と一緒に風呂から出て、体を拭き、衣服に身を包んで今リビングへの廊下を歩いているところだ。
正直『体拭いて!』とか言われるのではないかと内心怯えてはいたが…先ほどの姉さんに現場を見られるという事件があったからか、異性に一糸まとわぬ姿でいる時に触れられたという事実が本来持つべき恥じらいを思い起こさせたのかはわからないが、先ほどよりもしおらしくなっていた。実にありがたい。理性的な意味で。
「…えっち。でもちょっと――いやすごくうれしかった、私をそういう目で見てくれてたんだって…だからその、ありがとアヤくんっ」
前言撤回だ。しおらしくなったことで別の種類の魅力が表面化し…。別方向から理性的に訴えかけてくるようになってしまったぞ。
むしろ子供の頃から受けてきたアプローチと印象が異なるだけに…免疫がない。
この日本という国にはギャップ萌えという言葉がある。普段とは違う印象を持つ恋愛対象の姿はとても魅力的に映るのだとか。
正直あまり体感する機会は無かったが…なるほど。確かに魅力的だ。慣れているとか慣れていないとか、そういう面もあるのかもな、ギャップ萌えには。
なんというか、もう…。
「やばい…それやめろ」
「…えっと、嫌だったかな?やっぱり、今までの私の方がアヤくんは好きだったよね、ごめんね。でも今だけはこのままで…。」
「違う。むしろ逆…しおらしいのが急に来るとすごくいい…でも本気で理性溶けるからやめてくれ…」
俺の深刻そうな声音が嫌がっているように感じたのだろうか。まぁ嫌というか困っていることには変わりないのでそうとられてしまっても仕方がないとは思う。
けど俺の声音の理由を聞いた瞬間、元気がなさそうだった印象が一転、耳まで真っ赤に紅潮させた。忙しいやつだな。
短くはない廊下を二人で歩いて…。リビングに続くドアを開ける。
「おーおかえりぃ。もう少し子づくりしてても良かったのにぃ…あっ、姪っ子にしろ甥っ子にしろ生まれたらおねぇちゃんに真っ先に写真送ってねぇ!」
はっ倒してやろうか。
「私…無事に産めるか心配で」
「もう既に孕んでるみたいな言い方やめてくれませんかねぇ?」
先ほどの俺のお願いを聞いてくれたのかどうかはわからないが、このリビングに入った後からエレナは通常通りに戻っていた。そうだよ。ギャップってのはたまにあるからぐっとくるんだよ(?)。
「私とアヤくんの愛の結晶ですっ!大事に育てていきましょうね?」
ニコニコしてこのノリである。まぁ元気がよさそうで何よりだ。
先ほどの様子が嘘のようにすら思えてくる。女性はいくつもの顔を持っているといつか姉さんが言っていたがこういう事なのかね?
「そそ、ちょっと仕上げがまだだからエレナちんお手伝いしてくれないかなぁ。簡単な作業しか残ってないけどまぁはじめてだから練習ってことでどうかな?」
「あっはい!ご指導ご鞭撻のほどよろしくおねがいしますっ!…アヤくん、胃袋掴んであげるからね?」
姉さんがふと思い出したかのようにエレナに声をかける。手伝いというと料理の事だろうか。よく思い返してみれば、いい匂いがこのリビングには常に広がっているような気がする。すげえな我が家。しかしこのまま凄まじい料理を作成されては本気で困るので一応ほどほどでいいぞというお願いをしておく。
「おーあんまり頑張らなくていいぞ…?このままだと本気で惚れなおしかねない」
「ん?今惚れなおすって」
「こ、言葉の綾ってやつだ。さっさと行ってこいよ、俺の料理より上手く作れるようになるまでは認めないからな?」
焦って言葉を誤ってしまったが多少無理やりに会話を終わらせる。頼むから姉さんあんまりうまく教えないでくれ、と願いつつ椅子に腰かけるが恐らく上手に教えてくるだろう。なんてったって教えるとは少し違うにしろ分かりやすく料理に関する情報をまとめるという仕事をしているのだ。
本職の人が教えればそれはうまいだろう。たまに動画サイトで生放送とかもやってるから質疑応答にも慣れてるはずだ。
唯一の望みといえるのはエレナは俺の知る限りあまり料理をしないタイプだった。初心者という物は経験者にとって予測できない動きをすることもあるので、そこでしっかりできるかという点で完成度は大きく左右される。
俺も初めて料理を手伝った時は『本気でちょっとアヤのやってることが理解できない』とマジトーンで言われてしまったほどである。
今ではたまに褒められることもあるが、初心者はみんなそういうものなのだ。そういうものなんだよな?俺だけがおかしいとかそういうことじゃあないんだよな?
十五分後。食卓には凄まじくふわっふわのオムライスが並んでいた。たまにテレビで紹介される半熟みたいなああいうやつ。有名な洋食店くらいでしかお目にかかれないそれが今目の前にあった。色鮮やかな黄色とその下から顔を覗かせるチキンライス。シンプルな色合いではあるものの、輝かしくすら見えるそのオムライスは食欲を加速させるに十分であった。
「うっそだろオイなんだこの冗談みたいな料理は。姉さんどんな教え方したんだよ。つーかどこ手伝ったんだよエレナ」
「…?卵のところですけど…大丈夫でしたか?もしや半熟がお嫌い…昔は好まれてたので今もそうかとてっきり」
何かおかしな点があったのかと首を傾げるエレナ。そして別段誇ることもなく当たり前のように言ってのける白髪の天使を前にして困惑する姉弟。
誰だ料理初心者とか言ったのは。ガチの方ではないかこの娘は。料理に関して俺は負けていないと思ったのだが…認識が甘かったらしい。
「違う。そうじゃない。…エレナってこんなに料理するタイプだったか?俺の記憶だとそんなに料理するイメージは無かったんだけど」
「あぁ、だから驚いてたんですね…まぁ確かにこっちにいるときには練習なんてしてませんでしたけど、向こうにいた友達が『好きな子がいるって?どうしたらいいか?簡単よエレナ。それはね、胃袋を掴むことなのよ』って言われたので『そうなんだ…頑張って練習する』って言って練習しただけですけど…?」
そんな『勉強頑張ってみるわ~』みたいなノリで言い出したくせに東大合格するみたいな話聞かされても困るのだこちらとしても。俺だってある程度は努力を重ねてきた。勿論本職の姉さんには敵わないにしても、クラスの人間よりはうまく作れるようになったつもりではあったが…。俺の努力なんてそんなもんだったってことなのかね。
それだけ努力を重ねたのだろう。得意不得意はあるにしてもそう簡単にたどり着ける境地ではない。適切な指導と確かな理解力と意欲があって初めて為せるものだ。
「誰だ。こんな料理のスキルを伝授しやがったやつは。出てきなさい」
「お姉さまの動画を拝見させていただいて…」
「はい。私です」
「貴様ァ!」
とってもおいしかったです