第11話 幼馴染の有り余る積極性
「ついたよぉ…アヤ、荷物持ってぇ。いっちばん重たいやつ」
「持つには持つけどもう少し申し訳なさそうに言ってくれよ姉さん」
「重いです、重いですよアヤくん…!」
「持たんぞ。今後幼馴染が装着する下着を持つなんて真似はレベルが高すぎるからな」
場所は自宅のカースペース。少し大きめであと三人から四人が乗れそうなくらいの広さの車の後部座席に置いておいた荷物を回収する。
食料や衣服、あの騒動の後買い足した日用品などが入ったビニール袋――食料品が入っているのはマイバックだが――を抱えて車から降りる。
確かに大根なんかも入っていて重量感が結構ある。女性が持ち運ぶには少し厳しいかもしれないなぁ、と思う。まぁカースペースから徒歩数秒の位置にある玄関まで持っていくくらいなら造作も無いことだろうと思うけど。
たびたびカギを閉め忘れるおっちょこちょいな姉さんが車のカギを閉めたことを確認して俺も玄関へと向かう。
白を基調とした外観に植木鉢がいくつかあるくらいのシンプルな外装の我が家は、築十数年といったところ。齢にして俺やエレナと丁度同い年くらいだ。
話によれば姉さんが子供の頃にできたらしいので恐らくそのくらいだろう。あまり年齢について詮索すると姉さんは怖いので年齢の話はこの辺にしておく。
ともあれ、その外観は未だに小綺麗な印象を見る者に抱かせるのは、偏に姉さんが結構掃除やら庭の手入れなどをやってくれているから。姉さんが家にいるといないとで我が家の生活能力は一変する。
といっても超高水準が普通くらいに落ちるだけだが。
「なんだかこうやってお買い物してお家に入るのも久しぶりですね…ちょっぴり感慨深いというかなんというか、我が家って感じがします!」
「うちにお嫁にくるだろうしいつまでもこの家は君の家だぜぃ」
一足先に足を踏み入れていたエレナと、俺のためにドアを開けて待機してくれていた姉さん。会話がやや意味不明だったが、気を利かせてくれていたのでわざわざ気にすることはしないようにする。
「ねぇアヤくん!結婚しましょう!」
「冗談はよせ。俺は背後から刺されて死ぬ未来が見えてならない」
「いいってことですね?」
「今の発言をどう解釈したらその判断になるのか疑問に思うのは俺だけなのかな」
「アヤだけだと思うなぁ」
「アヤくんだけですよ!」
あれ。敵の方が多い。常識的な思考回路を生じしている人間ならば一切OKの要素が無いと判断することができると思うのだが。
もしかしてずれているのは俺だけなのか…冗談はよせ、という言葉は了解の要素を含んでいるというのが世の通説なのだろうか。疑問の種は絶えないが、昔からエレナはともかく姉さんはこんな感じだ。慣れているので今更過剰な反応を示したりしない。
精々、こんな姉で大丈夫なのかという当たり前すぎる疑問に苛まれるだけであとはさしたる問題は無い。
「じゃあおねえちゃんはちょっと準備始めようかなぁ。そそ、お風呂は沸かしてあるから二人とも入っちゃって大丈夫だよぉ。昔みたいに一緒に入ってくれると時間短縮されて楽だしできればそれでお願い」
「ちょっと自分が何言ってるか落ち着いて胸に手を当てて考えてみたほうがよいのでは?」
「私は最初からそのつもりでしたけど…何か問題があるのですか?」
いや待てオイ。俺がそんな状況でも手を出さないような人間に見えているのか?そこまで信頼されているということなのか?それともどうせ手は出せまいと侮られているのか?
ただ一つ確定して言えることは間違いなく何か問題が起きそうだということ。僕だって人間だ。男だ。据え膳食わぬは男の恥…というわけではないが、幼馴染とはいえ女性が風呂場に突入してくるような事態に耐えられるほど堅牢な精神ではない。
むしろ少しのことで心拍数が上昇してしまうような状況なのだ。間違いなく理性が融解してしまうことだろう。
「俺が理性失ったらどうするとか考えないの?もう少し大事にしろよ自分のこと」
「アヤくんなら大丈夫です!おっけーです!…責任はとってくださいね?」
「…明日はお赤飯の準備をしたほうがいい?もち米あったかなぁ」
「何で風呂にいるのにこんなに落ち着かねえんだろ」
家の外観と同じく白を基調としているバスルームに設置された湯船の中に体を沈めて独り言ちる。湯の温度は四十度。俺としてはあと一、二度あってもいいと思うのだが、姉さんが熱いお湯が苦手なのでこの温度設定になっている。
じゃあ湯船はいらなきゃよくね、とか思うのだが姉さん曰く『女性は湯船に入らないと死んでしまうのぉ』らしい。絶対に嘘だ。信じないぞ。
しかし気になる要因といえばやはりあのエレナの発言である。紛うことなき問題発言。学校でもし発言していたらと思うと湯船に入っているにもかかわらず悪寒がはしる。
流石にこの年だ。お互いを男女として意識もするようになるだろう。勿論世の中の全員がそうだとは言わないし、異なる考えを否定するつもりもないが俺の常識としては子どもの頃できていたスキンシップに抵抗を示すようになるお年頃だとは思っている。男子として意識されていないとなってもそれはそれで悲しいので多少は意識してください…。
「あぁだめだ。ちょっと思考がアホになってる」
湯船から出て、椅子に腰かけてシャワーの勢いを最大にして頭へ叩きつけさせる。液体が凄まじい速度で流れていく音で聴覚は水音によってのみ支配され、自然と思考回路が明晰になっていく。
しばらくそうしていた。数分くらいだろうか。あまり長い時間やると姉さんが『光熱費…!」といってご立腹になられるのであまりたくさん水を打ち付けられているわけにもいかず、その辺でシャワーを止める。
銀色に照り輝くレバーを操作するとあっという間に液体の轟音は消え去り、静かな世界が俺の耳に帰ってくる…はずだった。
「…アヤくん、背中流すよ。じっとしてて」
完璧に油断していた。思考を明晰にする効果は確かに今の行為にはある。だがいくら思考回路が明晰になったところで、聴覚から得られる情報が無ければ対応することができるはずもない。
だからこそ、今俺の後ろにいる侵入者エレナに気が付くことができなかったのだ。どんなに高性能な監視カメラでも映らなければ意味がないようなものだ。
「お、おいエレナっ!?」
「昔は結構やってたでしょ?ほら洗うけど擽ったがらないでね?」
ボディソープを手に取り円を描くように広げていくエレナ。手と俺の背中の間に微妙に空気が入るたびに、ぴちゃぴちゃと水音がするのがなんとも言えない。とても気になって仕方がない。
「アヤくん、背中おっきいね…やっぱり男の子だしこんな感じなのかな?アヤくん以外男の子の背中なんて知らないから判断するのはすこし早いような気がするけど」
そういう間にもあまりにも瑞々しい柔らかなその手は腕や足にもボディソープを塗りたくってくる。別に嫌な気持ちになるわけでは無いが、くすぐったいし、劣情も催したりと精神的に非常にきつい。
「あ、そうだ…あとで私の体も洗って?隅々まで」
風呂でも気を抜いてはいけないらしい。