萌 三
いろいろ想像しながら読んでいただければいいなと思っています。
もうすぐ降りなければならない駅に着くのだがいくら起こそうとしても葵は起きないので僕は困っていた。ほっぺを叩いても起きないし周りの人からも笑われているようだ。この状況から早く抜け出したい。頼むから起きてくれよ。
「葵起きろ! もう駅過ぎてしまったぞ」
僕は葵の肩を思い切り揺さぶりながら言った。この際、周りの目はもう気にしない。
「あー! 遅刻!……あれ?」
僕は彼女の手を掴んで一目散に駅に降りた。
僕は一息ついてから「頼むから周りの視線を集めるようなことはしないでくれよ。あと待ち合わせの時間にも早く来ないこと。いいな」
葵は、まだ状況をつかめていないようだが思い出したように「あーごめん。私寝ちゃってたね。でもそんなに怒ることないじゃない」
「こっちは大変だったんだよ。葵、全然起きないし周りの人に笑われるし」
「ごめんってば」葵は手を合わせながら言う。「もう寝ないから」
「寝てもいいけどちゃんと起きてほしいのさ」
付き合う前からだが、ずっと葵にふりまわされてる気がする。それはそれで楽しいからいいんだけど、何かとてつもないことをしないか心配だ。とはいえ大学生になって一番初めに声をかけてくれたのが葵だったのだ。まさか女の子に声をかけられるとは思っていなかったから驚いたけど葵のおかげで友達もできたし、葵には感謝している。葵は一目惚れをしたって言っていたけどそういうものなのかな。もし僕が一目惚れをしたとしても思いを伝えるどころか声をかけることもできないだろう。
電車の窓に反射して映る葵の顔はいつも見る雰囲気とは少し違うが暗く映された僕の顔は見慣れた顔でこれが本当の自分にみえた。
「えーっと、こっちであってるかな」
僕が迷っていると葵は「本当に機械音痴なんだね。私にかして」
「ごめんね。ケータイはあまり使わないから」
「こっちだよ。早くいこ」葵は先に進もうとする。
「彼氏が彼女をリードするものだと思うのだけどいいのかな」僕は葵に追いつき言う。
「私はそういうことは気にしないからいいよ」葵はニヤニヤしながら言うがどういう気持ちであるかは分からない。「私はそういう彼氏彼女の関係じゃなくてもっと縛られない自由なのがいいな。浮気をしてもいいとかそういうのじゃないよ」
「なんだかよく分からないな。でも確かに葵は自由奔放で何をするかわからないけどね」
「何それ。自由はいいことだよ。すばらしいよ」
「はいはい葵は自由で素晴らしいよ。尊敬するよ」
「もういいもん」葵は歩くのが速くなる。
僕と葵はそのまま無言で歩き続け蓮華王院に着いた。
「おみやげとかいっぱいあるよ」葵は、またいつものようにはしゃぎだす。
「何か買うの」僕は聞いてみる。
「うーん買わない。あんまり可愛くないし」
「そうだろうね。やっぱりこういうものは似合わないな」
「そうだよねー」
しばらくお土産などを見て回った僕たちは、ようやく三十三間堂に入っていった。
「うわーすごい。本当にいっぱいいるんだね」
葵は口をあけて見ている。
先に進むため観音像を見ながら歩いていると葵は急に立ち止まり「そういえば会いたい人に似た像があるんだって。健吾はいるのかな」
「これだけあれば探してたら時間がかかるよ」
「えー。別にいいじゃん。私見つけるからね」
葵はそう言ってまた戻っていった。しかしこれだけの千手観音がいれば圧巻である。この空間もまた異様な空気に包まれており観音像からは慈悲を感じるが僕はそれが嫌で早くここから出たかった。
僕の会いたい人はこの中にいるのだろうか。そもそも僕の会いたい人は誰だろう。
「葵……」
口から自然に出た言葉だった。僕は観音像を見ずに三十三間堂を出た。
話はまだまだ続きますよ☆