季節廻る国の童話 ~新たな女王が生まれた日~
あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。
女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。
そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。
冬の女王様が塔に入ったままなのです。
辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。
困った王様はお触れを出しました。
*** *** *** *** ***
冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。
*** *** *** *** ***
それを聞いた人々は目を輝かせ、我こそはと塔へ急ぎました。
しかし、そんな彼らの足もすぐに止まります。
人の背の何倍もの雪が、塔を取り囲むかのように道を遮っていたのです。
掘っても掘ってもすぐに埋まってちっとも道が出来ません。
困り果てた人々は、ただ遠くに見える塔の影を見上げてため息をつきました。
しかし、ため息をついているのは人々だけではありません。
皆の見つめる塔の上で、冬の女王様もまた深いため息をついていたのです。
「いつになったら迎えは来るのでしょう?」
冬の女王様がいる間、塔は雪に埋もれるため、下の扉が使えません。
なので冬の女王様は塔を出て違う国へ行くのに空飛ぶ馬車を使っています。
けれど、その空飛ぶ馬車が今年はいまだに来ないのです。
これでは季節を変えることができません。
今の女王様にできるのは、届く範囲の雪雲を塔の周囲に集めて被害を抑えることのみ。
しかし、それも時間稼ぎに過ぎないのは女王様にも分かっていました。
「せめて春の女王様が来てくれれば相談することもできるのに。
でも、今年から春の女王は新しくなったと北風達が歌っていたわ。
引き継ぎに時間がかかっている、とも。…遅れているのはそのせいなのかしら」
独り言を呟きながら、冬の女王様は春が来る方角を見つめますが、
見えるのはただただ白い雪だけ。
いつもなら緑の濃い針葉樹林も、今はそれ以上の雪に覆い隠されてしまっています。
「どこまでも白ばかり。もう見飽きてしまったわ…」
そうして、冬の女王様はもう一度大きなため息をつきました。
************************************
その頃、そんな森の反対側でも少女がため息をついていました。
森と海のはざまにある小さな空間を彼女がおろおろと辺りを歩き回るたびに、
その足元で小さな花がほころびます。
そして彼女の頭の上にはきらきら輝く小さな王冠。
少女は、新しい春の女王様なのです。
「ああ、どうすれば? どうしたらいいの?」
けれど少女はちっとも女王様らしくありませんでした。
どうしよう、どうしよう、とあっちにおろおろ。こっちにおろおろ。
そんな彼女が悲しげに見つめるのはすでにガラクタになってしまった空飛ぶ馬車。
しかも、それは二台ありました。
「よりにもよって冬の女王様のお迎えとぶつかってしまうなんて」
幸い怪我人はいなかったのですが、二台ともとても飛べません。
御者達が助けを呼びに行く間、彼女はここで待つことになりましたが
その心の内は申し訳なさでいっぱいでした。
交代がこうまで遅れてしまったのも、御者がいつも以上に慌てていたのも、
自分がすぐに役目を引き継げなかったから。
そんな風に考えた少女は立っているのも辛くなって座り込みました。
すぐに彼女の周りの雪は溶け、柔らかな草があちらこちらに生え始めます。
まるでこの一帯にだけ、春が一足先にやってきたようです。
やがて、ひょっこりと小さな頭が土の中から顔をのぞかせました。
物音に顔を上げた女王様へと見て、それはぴょこんと飛び起きると一礼します。
「ああ、なんて暖かいのでしょう。おはようございます。春の女王様」
「あら……あなたはカエルさんですね。ごめんなさい、まだ春じゃないのよ」
その言葉にカエルはケロケロと首をかしげました。
「そうなのですか? そう言えば女王様は塔におられるはずですよね」
「ええ。だからまだ……」
春の女王様はまた俯いてしまいます。
そんな彼女に、カエルは優しく言いました。
「女王様、何か困り事ですか?
ボクはこんなちっぽけな体ですが聞く事くらいはお手の物。
きっと一人で抱え込むよりは楽になりますよ」
女王様は悲しげに首を振ります。
「でもきっと迷惑になってしまうわ」
「迷惑だなんてとんでもない。
ボクたちが生きていけるのも季節を司る方々の尽力あってこそ。
それにね、困った時はお互い様ですよ」
そんな言葉に促され、春の女王様は馬車が壊れてしまったのを打ち明けました。
カエルはケロケロ鳴きながら馬車の周囲をとびはねます。
そして、女王様を見上げるとこう言いました。
「確かにボクの小さな体ではこれはどうしようもありませんね。
でも、他の皆さんなら修理できるかもしれませんよ。
女王様、呼んでみてはいかがでしょう?」
「まぁ、でも来てくれるかしら? 私はまだ何もしていないのよ?」
少女は春の女王を受け継いだばかりです。
だから、誰も私の事なんて知らないわ、と彼女は困ったように笑いました。
そんな彼女を励ますように、カエルはケロケロ鳴いています。
「何もしていない、だなんてとんでもない!
世界の為にあちらこちらを飛び回り、塔にこもって祈りを捧げる。
あなたはそんな道を選んでくださった。
それがどんなに大変か、自然と共に生きるボクたちは知っています」
そして、カエルは言いました。
「だからこそ、あなたはこの世に四人だけの季節の女王なのですよ」と。
その言葉に、少女はしばしうつむきました。
やがて、顔を上げた彼女は小さな王冠をきちんと被りなおすと世界に向けて呼びかけます。
小さいけれど、はっきりとしたその声。
それは風に乗り、遠く遠くの海の向こうまで響きました。
しばらくすると、彼女の周囲には森の動物たちが集まっていました。
「まあ、こんなにもたくさんの方達が来て下さるなんて」
女王様は声を弾ませます。
誰かが自分を認めてくれた事が、とてもとても嬉しくて。
そんな彼女のスカートが、一度、二度と引かれました。
「女王様、女王様、ぼくたちも忘れないでください」
「遠い海の向こうからはるばるやってきたのです」
二匹のペンギンに促され、振り返った海。
そこには、海の生き物たちも大勢集まっていました。
女王様はもう言葉も出ません。
嬉し涙を浮かべながら深々と礼をするばかりです。
そんな女王様の代わりに、カエルが事情を説明しました。
それは大変、と動物たちは皆それぞれに出来る事をし始めます。
そんな姿を見ながら、春の女王様は思いました。
(私は彼らに一体何を返せるでしょう?)
そして、彼らに恥じない女王になる事を固く誓いました。
************************************
「まだこない。このままでは……」
高い塔の上で、冬の女王様は力なく空を見上げました。
暗い色をした雲からは白い雪が今日も降り続いています。
それを弱め続けるのは冬を司る女王様にもひどくくたびれる作業です。
「少し、休みましょうか」
そう言って階段へと足を向けた冬の女王様は、
けれど、遠くで音がした気がして、ぱっと顔を上げました。
頭上の雲を引き裂くように、一台の馬車が駆け抜けます。
久方ぶりの太陽が暖かな光を投げる中、
風と雲でできた二頭の馬が本物の馬のようにいなないて
減速した馬車は静かに塔の屋上に止まりました。
「遅くなりました! 冬の女王様!」
降りてきたのは、冬の女王様が知らない少女。
しかし、冬の女王様には彼女が新しい春の女王様だと一目で分かりました。
「さぁ、お乗りください」
「いつものものとは違いますが……」
「壊れてしまって。新しく作りなおしていたのです」
「そうなの。とても素敵ですね」
馬車の立派さに冬の女王様はびっくりしました。
それは、森と海の動物たちからの贈り物。
クジラが北の海から届けてくれた氷を土台にし、
力持ちの動物たちが二台の車の使える部分で新しく作り上げたものでした。
あちらこちらの細かな装飾はキツツキや手先の器用なサルたち。
その美しさもまた大したものなのですが、冬の女王様の目を引いたのは何よりも。
「白く、ない。ああ、なんて美しいのでしょう」
その馬車は、春の花々や海のサンゴや貝殻で飾り立てられて、
とても色とりどりだったのです。
その色が、白に慣れた冬の女王様の眼にはとても眩しく映ります。
さぁ、と春が促します。
ええ、と冬が答えました。
冬の女王様が馬車の座席に腰掛けると、
春草で作ったクッションが優しくその体を支えます。
「後の事はお任せしますね。春の女王様」
「最善を尽くします、冬の女王様」
扉が閉まると、馬車は動き始めました。
暗い雪雲を引っ張りながら遠い遠い空の彼方へ。
ぐらぐら揺れる雲からは今年最後の雪が幾つも零れ落ちていきます。
春の女王様がそんな雪に微笑みかけて、この国の春を告げると、
小さな粒は地に溶けてたちまち花を咲かせました。
そうして、この国はようやく春を迎えたのです。
後日、雪溶けた塔へと使者を差し向けた王様は、
ようやくこの冬に何があったかを知る事ができ、
春の女王様を助けた動物達に褒美を与えようと言いました。
けれど動物たちは皆いらないと首を振ります。
どうしてだろうと尋ねると、カエルはケロケロ言いました。
「我々は皆、季節の女王様の忠実なる配下です。
ですから季節が滞りなく回ればそれが何よりの褒美でございます」
そして、こう付け加えました。
「それにね、女王様でなくても誰かが困っていたら
助けるのは当たり前の事でしょう?」と。
おしまい。