やはり、横川輝明は最低の解決法を選ぶ。
「次は君かい。何度も言ってるけどここは出てってもらうよ」
俺が前に出ると笠島は馬鹿にするような、そんな不快な笑みを浮かべてそう言い放つ。
俺はその物言いになにも言わず、笠島に背を向ける。
「……ああ、分かった。出て行かせてもらう」
「へえ……。君は速水くんとは違って物分りがいいみたいだね」
「なっ!」
俺の返事に非戦闘員の三人と下田先生は驚愕の声を上げる。その中、速水は悔しそうに歯ぎしりしながら俺を睨んでいた。
だが、俺の次の行動でまた別の意味で驚愕することになる。
「ただしーー」
俺は整地スキルを発動させる。それは笠島の体にでもその足元でもない。そもそも、生き物には使えないが。
そして周囲が発光し出し、昼間のように明るくなる。眩しくて思わず目を閉じてしまった。
「これは俺が作ったからな、返してもらうぞ」
「なっ!」
今度は笠島たちが驚愕した。そして見る見るうちに全員の顔が真っ青になっていく。
俺が整地スキルを発動させたのは、戦闘員が住んでいる家だ。この場にあるすべての家が、目を開けた頃には消えていた。
笠島から余裕の笑みが消える。彼の額には冷や汗が流れていた。
「いやあ、俺もこんなところうんざりしてたからな。遠慮なく出て行かせてもらうとするわ。おい、行くぞ」
藤井たちも俺の狙いに少なからず気づいたのか、自分から出て行く準備をする、フリを始める。速水と風見はほうけているが。周りに合わせて行動を始める。
「ち、ちょっと待て!」
「あ?」
笠島が慌てたように出て行こうとする俺たちを止める。その顔には焦りが見えた。
よほど家が持ってかれるのが嫌なのだろう。それもそのはず、こいつらは今まで面倒なことを俺たちに押し付けてきた。それを自分がやるのは屈辱的なのだ。
「なんだよ笠島。お前の望みどおり出てってやろうとしてるんだぞ? ……ああ、そうか。戦闘ばかりしていたお前らには拠点作る技術さえもないんだったな。ご愁傷様」
「む、無能が僕に反論するんじゃない!」
笠島が喚く。どうやら早くも化けの皮が剥がれたみたいだ。馬鹿の相手は楽でいい。それに自分のこと無能って呼ばれて従うやついるわけねえだろ。
「そんなにお前が泥臭くて地味な働きをしたくないのなら……」
俺はそこで言葉を切り、笠島の取り巻きたちを見渡す。彼らは家がなくなったという事実がショックなのか顔を青くしていた。俺はそんな彼らを指差し、ニヤリと笑う。
「なんならこいつらを使えば良い。この中で一番弱いやつら、使えない無能を選出してこきつかえば良い。これで万事解決、お前は楽できるだろ?」
俺がそう言い放つと、笠島の取り巻きたちが騒がしくなる。「お前の方が弱いだろ!」とか、「私よりこいつの方が無能よ!」とか、友達までも売っている始末。完全にクラスメイトという絆が崩壊している。
今まで散々見下してこき使ってきたやつの立場になんてなりたくない、そんな理由で崩壊してしまうような薄っぺらな絆だったってことだろう。
「か、彼らは友達だ!」
しかし、笠島はそんな薄っぺらな絆さえも守ろうとした。自分を良く見せる手駒を手放したくないのか、ただ純粋にトモダチを手放したくないのか。それはわからないが彼はそれを『友達だから』、という理由で拒む。
「おいおい、嘘は言うなよ。お前はさっき『役立たずは友達じゃない』って言ってたよな。ならこいつらでも役立たずなら何も問題ない。お前の主張は矛盾してんだよ」
笠島は先ほどの失言に気づいたのか、青くしていた顔をより一層青くさせる。
「どうせこいつらも切り捨てるつもりだったんだろ? 笠島龍太郎」
周りからはヒソヒソと小声が聞こえる。まだ一部だが、笠島を信じられなくなった奴がいるのだろう。
絶対的な信頼を持っているやつほど、それが崩れれば直すのが難しくなる。
笠島の行動に疑念を持ってくれる奴がいたらそれで良かったのだが、思った以上の収穫に思わずクックックと笑みが浮かびそうになる。
「……まあ、俺たちの立場を改善させてくれるというのなら、ここに残ってやっても良いぞ。鍛冶屋と結界師と建築士がいなかったらお前も困るだろ。それに今までの雑用だってする。その分食料は奮発させてもらうが。どうだ、悪い話ではないと思うぞ?」
人に凶悪な取引を強要させる悪魔のような存在がいるのなら、俺はそいつに少しだけ似ているのかもしれない。邪悪な笑みを浮かべ笠島に回答を迫る。
「さあ、笠島。お前はどうする?」
俺の策は、絶対に断れない条件を突きつけ、笠島の信頼を失墜させること。
鍛冶屋がいなくなれば、武器は作れない。結果、強い怪物には太刀打ちできないだろう。
結界師がいなくなれば、拠点は護れない。結果、拠点は壊滅し、なす術もなく全滅してしまうかもしれない。
建築士がいなくなれば、安息の地など手に入らない。結果、文明を求め広大な地をさまよう事になるだろう。
こんな条件、断れない、断れるはずがない。
よくもまあ、こんな汚い策を思いついたもんだ。自分ながら反吐がでるぜ。
悪魔の策にはまった哀れな男、笠島竜太郎は俺の問いに頷くしかない。今は俺の思惑通りに事が進んだ事を喜ぶべきか。
◇◆◇
全員が寝静まった頃、俺は外に出て寝転がっていた。
ここは夜空が綺麗だな。
しばらく空を眺めていると後ろからザッザッ、と足音がする。振り向くとそこには下田先生がいた。
「やあ、良い夜だな」
「……こんばんは、下田先生。俺は嫌な夜でしたよ」
「お前の敬語は聞いてて気持ち悪いからやめろ。それにタメのほうが楽で良い」
「生徒をディスるなんてそれでも教師ですか……?」
下田先生にタメ口? 無理無理、すぐ拳が飛んできそ……いつも世話になってるので出来ないよな。
下田先生はフッと笑う。そんな姿に違和感はなくとても様になっていてかっこよかった。本当に女性ですか貴女。性格がイケメンですよ。もううっかり惚れちゃいそうなレベル。
「しかしあの解決の仕方は褒められたものではない」
はあ、説教かよ。また面倒な事になってきたな。一難さってまた一難、というやつだ。
まあ、実際に俺のやり方は褒められたものではない。クラスメイトを嵌めたんだからな。教師として怒らないといけないのだろう。
「と言いたいところだが、私ではあの状況を改善することは不可能だっただろう。君には汚れ役をさせてしまった。すまない」
「いや、俺が勝手にやった事っすから」
頭をさげる先生に動揺する。俺は褒められたくてやったわけではない、すぐに頭を上げるように促した。
「……やはり君は優しいな。私とは違う……」
そう言うなり下田先生はスーツのポケットからタバコを取り出し、火をつけて口にくわえる。
意味深な発言が気になったが、ここでは聞くべきではないと、そう直感する。
「これが最後の一本か……」
「先生でもタバコ吸うんすか」
「意外か?」
「まあ、そうっすね」
見た目が良いので全くそんなイメージが湧かなかった。アイドルがトイレしないとか、そんな感じの勝手な決めつけだが下田先生はしないだろうと思っていた。
キリッとした顔立ちで規律に厳しそうな感じだからなおさら勘違いしてしまっていたのかもしれない。
「しかし上手くいかなかったら嫌われ者になってたぞ? なにせあの笠島を貶していたのだからな」
「百も承知ですよ」
「だったら何故あんなことをした?」
「……失敗しても底辺だった評価がさらに低くなるだけ。ぼっちの俺には関係ねえよ」
それに、あの時はあれしか解決方法がなかった。こうするしかなかったのだ。俺には主人公のような解決の仕方は出来ない。誰もが幸せになる解決法なんてものは存在しないのだ。だったら、嫌われてでも問題を解消するしかないだろう。
「そうか。……だがその考えはいつか身を滅ぼすぞ」
「……肝に銘じておきます」
俺の回答に満足したのか下田先生は踵を返し、家に戻っていった。俺たち非戦闘員の立場が向上したため家に住むことが出来るようになった。まあ、それもあと数週間ほどで必要なくなるけどな。
「さてと、俺も寝ますか」
俺は立ち上がって自分に与えられた家に向かう。途中、速水とすれ違う。
速水は俺を見るなり目を逸らした。
「……俺はあのやり方を認めない」
「………………」
すれ違いざまに速水がそう言ったのが、確かに聞こえた。
それだけ言って互いに違う方向へと向かい始める。
きっと速水は誰もが幸せに、そんな光を追い求めているのだろう。
だが、そんなものは所詮夢物語。それはぼっちである俺が、今まで負け続けてきた俺がよく知っている。
負けることに関してはあいつより俺の方が経験は上だ。
負け続けるのにも貶されるのにも、もう慣れた。
ならば、負け犬は負け犬らしく姑息で卑怯で最低なやり方をする。
差別をなくすにはどうすればいいでしょうか?
誰もが等しく底辺になればいい。強者も弱者もなくせば差別はなくなる。
これが……俺の答えだ。