古来より、異世界転移に能力は付き物である。
ダークウルフの襲撃が止んだ時には日が暮れて辺りが真っ暗になっていたところだった。
俺たちは教室の中で会議をすることになった。教室の蛍光灯にはどういう原理か分からないが魔力を通すと電気に変換する機能が付いていた。……いや、魔力と電気が同じ力だったからかもしれない。
取り敢えず、そこは置いておこう。
「状況の確認をするよ!」
笠島は興奮が冷めきっていないのか、テンションが高い。楽しげに言葉を弾ませながら言い放つ。
「どういう原理かは知らないけど、どうやら僕たちは異世界に来て、不思議な力に目覚めた。これはみんなも理解しているよね」
「まあな」
「う、うん……」
ゲームをしたことある男子は全員が頷く。女子も戸惑いながらも頷いていた。
俺と藤井、神崎も素直に頷く。
ここで笠島を刺激するのは得策ではない。何も言わなくても話をあわせてくれた二人に感謝だ。まあ神崎とは喋ったことないが。
「だけどさ、本当にそんなことありえるのか?」
「ありえるありえないじゃない、実際に起こっているんだよ」
「そうだけどよ……」
そう言われるとぐうの音も出ない。非現実的なことだが実際に起きているのだ。認めるしかないのだろうが、みんなが認められるわけではない。荒井を筆頭にまだほとんどの人が混乱している。
「それで、笠島くん。あれは一体どうやって出したのでしょうか?」
神崎が笠島に尋ねる。下田先生も不思議そうに頷いていた。
そうだ、これが一番重要なこと。能力を持っていても、使えなければ宝の持ち腐れなのだ。
「なんて言えばいいのかなあ。なんか、能力を使っている最強の自分を想像して念じる! って感じかな」
いや、なんだよそれ。定番って言えば定番なのだが、あまりにも簡単すぎではないか?
それに建築で最強になれるわけがないだろ……
「どうやら発動してからクールタイムがあるみたいだけど、応用の幅が大きいんだ。ほら」
そう言って、笠島は体に電気を帯びせ、鎧のようなものにする。
この場にいるほとんどの人が驚愕する。まあ、攻撃でもチートな笠島が防御まで得たからな、仕方ない。
「発想次第で強弱や応用ができる。それと、あの魔物を倒すと経験値が貰えるみたいだ。もうレベル2になったよ」
経験値まであるのか……もう完全にゲームだな。
そう思い、俺は苦笑する。
「これが能力……ですか」
神崎が何やら能力を発動させたみたいだ。だが、その顔に驚愕の色なんてものはなく、いつもの無表情。能力について冷静に解析しているのではないだろうか。
「す、すごい……いったいどういう原理なんだ?」
下田先生も戸惑いながら能力を発動させる。すると、下田先生は風を体にまとう。どうやら風を操る能力みたいだ。
「原理とかそういうの関係なしに異世界に来たからってことで良いんじゃないかな?」
そりゃねえだろ……人ってものは理解不能な現象は本能的に受け付けない。分からないってことが不安なのだ。
だから笠島みたいなやつは珍しい。こんなに簡単に順応するやつはそうそういない。
「ま、このカードに書かれていることができるんだろうさ。じゃあみんなで確認するよ!」
笠島が全員分のカードを回収し、教壇に立つ。
そして一人ずつ能力の名前を紹介し、どういうものなのか聞いていた。
「神崎くん、君の能力は解析というのは何ができるのかな?」
「その名の通り食物や植物の解析、毒が入っていないかなどを確かめることができます」
「ステータスは?」
「できません」
「そっか。なら坂田さんの方が使い勝手が良いね。下位互換ってことかな?」
笠島がためらいもなしに、『役立たず』と言い放つ。神崎はいつも通り無表情で、そこからは何を考えているのか分からない。だが、役立たずと言われて良い気はしないだろう。
「さて、次に行くよ」
そんな感じにドンドン紹介される。役に立つか役に立たないか値踏みしているようにも感じられる。とうとうや行まで行き俺の番になる。
「称号……開拓者? 能力も使えなさそうだなあ」
「おいおい、あいつ戦闘向けどころかまったく役に立たないぜ」
「あはははは」
この状況は……はっきりいってヤバイ。トップカーストの人間の言葉というのは大きい。自分たちの上の立場の言葉が自分の意見だって本気で思い込んでしまう、いわば伝染病。しかも俺が親しいやつがいないのや、笠島のカーストがトップ中のトップなのも相まってこの場にいるほぼ全員がこちらを馬鹿にするような、蔑むような視線を見せている。
「じゃあ次、藤井さん」
次は藤井の番となった。
俺の中では蔑むような視線をしなかったので評価がうなぎ上りだ。少なくとも俺にとって都合が悪いやつよりは評価がある。
「えっと、転移? テレポートのことかな?」
「お、割と使える能力みたいだね」
転移、まあ所謂いわゆるテレポートというやつだろう。人や物を運べる能力だ、と思う。
これで日本に帰れるのだろうか? いや、こういうのは効果がある範囲とか、異世界にはいけないとかいう設定があったりする。
……完全にゲーム的思考だな。
「日本に帰られるのでしょうか?」
「試してみる」
神埼の疑問に藤井が不安そうな顔をしながらも答える。
「なら、私を使いなさい!」
ドドン! という効果音がつきそうなくらいに荒井が自己主張する。そして、相手の返事も聞かずに藤井の前に立つ。
……お前は本当に自分勝手な奴だな。
「えい!!」
藤井は気合を入れて能力を使う。すると、荒井はなんの脈絡もなく突然消えた。ゲームでよくある光に包まれて、なんてものもなかった。
「成功した、ということでいいのでしょうか……?」
神埼が顎に手を添えながらつぶやく。確かにそうだ、本当に日本に言ってしまったのなら確認の仕様がない。そう思っていたそのときだった。
「きゃぁぁぁぁぁああああ!」
「リュウ! 空から荒井が!」
「あはは、この世界には空飛ぶ島でもあるのかな」
空から荒井が降ってきた。そして荒井は誰にも助けられることなくそのまま教室の外の地面に落ちる。転送後の高さが割りと低かったのか幸い荒井に怪我という怪我はなかった。
そのとき心の中でひそかにザマぁと思ったことは伏せておく。
「失敗だね」
笠島がいかにも残念そうに肩をすくめるが、顔だけは嬉々とした笑顔だ。俺からしたら隠すつもりがないのだろうか、と疑問に思ってしまうがまわりは気づいていないみたいだ。神埼と藤井は気づいているっぽいが。……もうなんでもありだな、神埼。
「ごめん、無理だった。行った事がある場所じゃないとダメみたい」
「能力を使える様になってから行った事のある場所って事かな?」
「多分……」
そんなに期待はしていなかったが、日本に帰ることは難しいみたいだ。
RPGなんかの移動魔法とか、そういうタイプなのだろうか。まあ今のままじゃ帰れないことが分かった、それだけで十分か。
「まあ、どっちにしても横川くんのよりは使えるみたいだね」
まあ、確かに建築とかよりは使えるだろうさ、少なくとも戦闘では。俺を蔑むような言い方にムッとくるが反論できない。
いや、反論はできることにはできる。建築はこういう状況で重宝されるべきだ。一体誰が住める家を作るのか、と。もちろんそれは建築スキルを持っている俺だろう。
いつまでも教室で箱詰めみたいな状況は誰だって嫌だと思う。というか嫌だ。
しかしカースト最底辺な俺がそんなこと言ったって聞き入れてもらえないのが容易に想像できる。
なら、俺が今するべきことは反論することではなく、これで何ができるか模索することだろう。
「どっちにしても帰れないなら意味ないじゃない!」
荒井は荒井でずっとわめいている。お前はいつまで発狂しているつもりなんだよ。
見てるこっちが頭痛くなるぞ。
「ま、横川くんは能力通り、建築士にでも任命してあげるから。魔物相手じゃ足手まといだろうし」
完全に戦力外通知だ。働かなくて済むならそれで良いけど。まあ、そんな笠島の言葉を無視し、能力の説明を注意深く見る。
すると、興味深いことが載っていた。
『建築や整地などの技術を使える。手作業でも行えるが魔力を使うと瞬時に作業を終えることが可能』
強いのか強くないのかよく分からない。瞬時に作れるということは便利だが……何か応用の仕方があるのだろうか? 落とし穴作ったりはできそうだが。
結局その後も能力の確認がだらだら続き、活動の方針は決まらなかった。
あったとすれば、笠島とその他大勢が俺を含めた弱いと思われる能力者を劣っているとか、そんな感じで貶しているだけだった。