こうして、彼ら彼女らはチカラに狂いだす。
二話目です。
「分かった! これはゲームなんだよ!」
一人の男が高々と嬉しそうに宣言する。顔を喚起の色に染めながらそう言ったのは笠島竜太郎、オタクで通っているがイケメンでクラス内では人気だった一人だ。
まあ信じがたいがこれはゲームなんだと思う。じゃないとステータスとか色々な不可解なことが説明できない。それくらいなら俺でなくても大抵のやつならわかるだろう。
「ゲームっつてもなぁ……」
だが、だからと言ってすぐに信じられるわけではない。表面上理解してても、頭で否定してしまう。
そんなラノベじみた事なんて現実に起こるはずがない。今の今まで平凡な暮らしをしてきたので、受け入れられないのだ。
期待に胸を膨らませている笠島とその仲間、あと一部のオタクは放っておき、俺たちは周りを見渡す。
周りは木、木、木で道どころか獣道さえも見当たらない。この近くにはゲームの敵キャラ、魔物どころか動物も住んでいないのかもしれない。
「よりによって迷いやすい森の中ですか……食料が尽きないうちに人里を探したほうが良さそうです」
と神崎がつぶやく。やはり学年主席なだけあって判断力がすざましい。感動でこちらを全く気にもとめていない笠島たちは別としてここにいる全員が納得する。さすがと言うべきだろうか。
「じゃあまず辺りの調査をする。状況を把握しないと迂闊な行動はできない。私が森の方を少し確認してくる。みんなは安全だと思えるこの辺りを調べて居てくれ」
「はい」
とまあ、まばらな返事が起こり、生徒達は戸惑いながらもとりあえず辺りを調べる事になった。
とはいっても……近所の野球場くらいの大きさの広場のようなものがあるだけで、一クラスの人数が調べて回れば直ぐに終わってしまう。
結果、教室以外には井戸以外になにもなかった。
「なんでこんなことになっちゃったんだろうね……」
「俺には分かんねえよ。つうかどんだけ考えても誰も分からねえだろうさ」
いつの間にか俺のすぐ横で座っていた藤井がつぶやく。その顔は不安からか、いつものような笑顔は消え失せどこか怯えているような気がした。
「多分、一番可能性が高いのはおそらく教室で起こったアレだろう」
「そうだね、私もそう思うよ……だけど、そんなことがあり得るのかな?」
「頭ごなしに否定するのは誰だってできんだろ。だが、今はそうすべきじゃないと思う。実際起こっている以上、認めるしかねえ」
かくいう俺もまだ少しこの現状を受け入れられていない。
しかし、こうなった以上無理やりでも信じ込むしかないのだ。RPGは基本的に戦いばかりの危ない世界だ。信じることをせずにいたらもしもの場合命を落としてしまうだろう。
ならば、一人でも信じるものがいなければどうなるだろうか、きっと全滅する。
「まあいきなり異世界転移したなんて信じられねえよな。あの馬鹿ども以外は」
そう言い、俺は横目で笠島たちを見る。よほど興奮しているのか、自分の能力を見せ合ったりして騒いでいる。よほど、緊張感がないみたいだ。緊張しすぎるのは実力を出すことができないからダメだと聞いたことはあるが、アレでは危機感が無さ過ぎて危うく見えてしまう。
「くすっ……」
何かおかしいことでもあったのか藤井は少しだけ笑顔を見せた。別にどこかの主人公のように気を和らげようなんてことした覚えはない。だけど結果的にいい方向へ行ったので良しとしよう。
「しっかし、ホントになんもねえなぁ……」
「そうだね……」
もう一度俺はぐるん、と周りを見渡してみる。クラスメイトはほぼ全員疲れたのか腰をかけている。
荒井は……まあうん。教室の壁を理不尽に蹴りつけていた。なんというか落ち着きのないやつだ。ヒステリックをどうにかすれば結構綺麗な部類なのにもったいない。まあ好みじゃないが。
そう思っていると、下田先生の声が辺りに響き渡る。
「うわあああァァァ!」
「……悲鳴?」
森の方から下田先生が全力疾走でこちらに来る。何かから逃げているようだ。
下田先生の後ろには犬というにはあまりにも大きすぎる。大体人の体長の三倍くらいはありそうな真っ黒な犬が三匹、追いかけて来ていた。人くらいは簡単に飲み込んでしまいそうな大きさだ。
「なんだよ、アレ……」
「犬?」
この世界に来て初めて非現実的な生物を目の当たりにし、クラスメイトたちは絶句する。その中笠島たちだけはニタニタと笑みを浮かべていた。
怪物に襲われる人間、まるでゲームのチュートリアルのような現状、俺たちは動けないでいた。
「……ははは、あはははははははは! これだよこれ! 僕が望んでいたのはこういうものなんだ!」
そんな中、笠島が狂ったように笑い出す。そして両手をいっぱいに広げて空を見上げる。晴天だったはずの空が雲に覆われ辺りが薄暗くなる。
なんだこれは!?
「死ね」
たった一言、そう呟いた。
それだけで空から稲妻が走る。黒い犬が磁石のような働きをしているのかは不明だが、寸分違わず直撃する。目がくらむような光、遅れてやってくる轟音。
「「「ギャァァァァぁあああ!?」」」
「な!?」
「いいねいいね! 最高だよこれ! 最強、絶対無二のチカラを僕は手に入れたんだ! あっははははは!!!」
黒い犬は炎をまとい苦しそうにもがき……やがて動かなくなった。
たった一撃、それだけで目の前の怪物は息絶えた事実に驚愕し、恐怖する。
下田先生は幸い直撃を免れ、見た目以上に威力がなかったおかげか生き残ることはできた。しかし、人を殺しそうになった生徒を怒る元気もないみたいだ。
「……なんですか、今のは……? いったい何を……?」
「なに言ってるのかな神崎くん、能力に決まってるじゃないか」
「あまりにも、非科学的です……」
「まあいいじゃないか異世界だからってことで。僕はそれで満足だよ! アハハハハハ」
「……狂ってますね」
灰になった怪物の死骸をすくい笠島は笑う。神崎も笠島の異常性を理解したのか距離を取っている。
やはり神崎はすごい。いつでも冷静に判断できる。
あいつの異常性を理解したのは見たところ少ない。
吊り橋効果というやつか、女勢も笠島に熱を帯びた視線を送っているし、男の方も浮かれているのか全く気づいていない。
……嫌な予感がする。
このままでは俺もクラスメイトも危ない、と感じてしまう。話しかけたこともかけられたこともほとんどないやつらだが、それでもクラスメイト。死んでいい気分なんてするはずがない。
「俺も能力の練習するか!」
「俺も」
「私も」
「僕もしておこうかな」
「あたしもするよ!」
そんな声が次々と上がる。
彼ら彼女らの顔はいたって普通な笑顔だが、どこか狂気が含まれているような気がした。
強い力は人を狂わせるとはよく言ったものだ。神崎や藤井は嫌悪感をわずかに顔に出す。
まだクラスの一部だが徐々にクラスが狂い始めている、そう思うと吐き気がしてきた。
「それじゃあ改めて状況を整理しようか。あと、自分の能力と称号も教えてね、大事なことだから」
確かにこの状況で物事を整理するのは大切だ。だが、こんなやつに任せて大丈夫なのだろうか?
得体の知れない恐怖感が湧き出てくる。
「……なら、まずお前のを教えろよ」
この恐怖感を誤魔化すように、考えることをやめ話を変える。それに、こいつのステータスもまだ教えてもらっていない。要注意人物として警戒しておくにはまずこいつのことを知っておくべきだろう。
「ああごめんごめん、忘れてたよ。僕の称号は《雷使い》、能力は雷属性の弱魔法と強魔法、大魔法、極大魔法だよ。さっき使ったのは強魔法だね」
……まだ上があるのか、俺どころかこの場の全員でかかっても勝てそうにないな。
この先どうなるのだろうか。
「グルァァァ!!!」
「ん? また来たのかな、まあまだまだ試したいことあったし良かったよ」
こんな感じに笠島は巨大な黒い犬、ダークウルフを倒していった。
不安は拭えないが、取り敢えず今のことだけ考えるか。
ストック少ないんですよね。なくなったら三日に一回くらいになるかもしれません。